半神の願い scene-19
「白羊宮は無難に私だな。ムウと私では外見が違いすぎる」
「お待ちください。シオン、貴方が白羊宮についたとして誰が教皇の役をやるのですか」
久々に黄金聖衣を着る気満々だったシオンはムウの指摘に呻いた。
そう、肝心の教皇が居ないのだ。
「こうなれば、ハーデスにセージ様も探してもらうしかないかのぉ・・・」
和解しているとはいえ、あまり頼りたくない上にコキュートスで眠っている所を態々起こして連れてくるのも申し訳ない気がしてならない。
「サガ、13年も教皇をしておったのだ。お前なら出来るな?」
「わ、私ですか?しかし、シオン様の前の教皇を私は知らないのですが」
「仕草や話し方さえ解れば、お前にとって成り代わりはお手の物であろう。なに、此処にはセージ様の直弟子だったマニゴルドも居る。お前にならば容易い事よ」
「いえ・・・その・・・」
自分が殺して成り代わった相手からまさかこの様な事を言われる日が来るとは、流石のサガも思ってはいなかった。
「か、畏まりました・・・」
微笑みすら浮かべている無言の圧力に屈してしまったのも仕方のない事だろう。
「さて、教皇の問題も片付いた。これで文句はあるまいな」
「貴方は鬼ですか・・・」
シオンの言動に当代達だけではなく、経緯を理解していない先代達までもがサガに対し憐れみを感じずにはいられなかった。
「なんか・・・シオンの奴、すれてねぇか?」
「・・・そうだな」
ハスガードの返答に「だよなぁ」と相打ちを打つと共に243年という月日の長さをマニゴルドは実感した。
「さて、これで白羊宮は私で問題が無くなった。金牛宮は」
「ハスガード殿に頼む事にした。オレは星矢が回復してからでも構わないからな」
その他にもハスガードが隻眼である事も、アルデバランが譲った要因の一端であった。
両目が無事な時にも先の天馬星座の聖闘士と出会っているとハスガードは語ったが、より印象に残ってしまっている容姿が、星矢の記憶の中にも残っているのではないかと。
「そうか。次、双児宮は3名もいるか・・・」
「俺だ。先ほどの男は戻ってきていない上に、天馬星座はデフテロスが双子座の黄金聖闘士である事どころか名前も知らないからな」
「なぬ?あやつは確かデフテロスにも師事しておったじゃろ?」
「アスプロスの言うとおりだ。アレは俺の事をカノン島の鬼としてしか知らん。だが、だからと言って何故、貴様なんだ」
「俺は双子座の黄金聖闘士として天馬星座と会っているからな。それも童虎とシオンという土産付きだ。かなりの印象を残していると思うが?」
言外に「あの時お前たちを助けてやったのは俺だ」と圧力をかけられる童虎とシオン。
「・・・カノンが戻ってから再考は必要だが、一先ずはアスプロスと言う事にしておこう。次の巨蟹宮はもう会ってしまったと言う事でマニゴルド、同じ理由で磨羯宮はエルシド、獅子宮は年齢により必然的にレグルス、処女宮は・・・まぁ2人とも不在なので後に回すとして天秤宮は童虎しかおらんから揉めようもない」
次は、と話を進めようとして「シオン!」と先代側から声を掛けられ視線を向ける。
「オレとアルバフィカはパスな!」
「別に構わないが・・・良いのか?」
「良いも何も私とカルディアは会ったことが無いからな。天馬星座に」
「・・・一度もか?」
「一度もだ」
「オレは顔や性格や行動パターンは知っているが向こうはオレを知らないって感じだな」
それは世に言うストーカーでは無いだろうか・・・等という考えは当時のアテナに天馬星座の様子を伝える為に行っていたとのカルディアの言でやや払拭された。
「ならば天蝎宮はミロ、双魚宮はアフロディーテに任せよう」
「シオン、面識と言う点では私もデフテロスを紹介した程度だ。今生の水瓶座に任せる事にする」
「そうか。残すは人馬宮だが・・・」
ある意味、この2人はどちらも天馬星座に対する思い入れが最も強いと言えるだろう。
『どうするつもりじゃ?どちらも譲らんと思うが』
『・・・こうなればレグルスと同じ手を使うしかあるまい』
聖衣に魂を宿し己の意思を伝えると共に星矢のピンチを幾度となく救ってきた男と文字通り己の体と命を張って聖闘士としての在り方をテンマに伝えた男。
そしてどちらも
己の意を曲げる事をしない、現状では最も厄介な男である。
「アイオロス。私としては生身での触れ合いがあったシジフォスに任せたいと考えている」
「教皇!ですが、私とて好きで聖衣を通してのみの
」
「話は最後まで聞け。だが、懸念材料がある為、一つだけ条件を付けさせてもらう」
「懸念材料?シオン、私にはその様なものは思い当たらないが?」
言い難い。
シオンは自分の事は棚に上げて、何故聖闘士には笑顔で重圧を与える者が多いのかと考えていた。
この243年という年月の間、プレッシャーを与える事はあっても受ける事は無かった為に余計に重く感じられる。
「幸い人馬宮は第9の宮。星矢が上ってくるまでにシジフォスが【テンマ】ではなく自然とした口調で【星矢】と呼べる様になっていればシジフォスに任せ、出来なければアイオロスに任せる事とする。あくまでも星矢の記憶の混乱による苦痛を齎させない為の処置ゆえ、納得いただけますな?」
「・・・仕方がない。彼に苦痛を味わわせたくは無いからな。この役目を簡単に譲るつもりは無いが、君には私達の聖戦に関して詳しい話をしておこう」
シジフォスがアイオロスに右手を差し出すと、アイオロスはその手を握り返した。
「そちらにとって不利な条件だと思うが、その時には星矢の中に存在する貴方と変わらぬ振る舞いをすると約束しよう」
『何とか無事に収まったようじゃの』
『童虎・・・よく見ろ。あれは握手と呼べる代物か?』
表情からも声音からも険悪な雰囲気は一切感じとらせない2人の射手座の聖闘士。
しかし通常の握手ならばありえない微かな、それこそ注視しなければ解らない程の振動がお互いを牽制している事をはっきりと伝えていた。