半神の願い scene-06
ギリシャ・聖域
懐かしい。
聖域の風を受け、星矢は思った。
ここからハーデス城へと向かったのはたった半年前の事だというのに、何年も経ってしまったかの様な奇妙な感覚。
思い出に残る場所がどうなってしまっているのか、自分の足で駆け出したくても衰えた身体がそれを許さなかった。
聖闘士でありながら、車椅子を使っている現状。
病ではないのでリハビリをすれば回復するのだが、昨日の今日では微々たるもの。
自分で歩こうとすると童虎や兄弟達に止められる始末。
(・・・無理しなきゃリハビリにならないじゃんか・・・)
と心で呟くも、それだけ人を心配させていたという事でもあるので強気に出る事は出来なかった。
(けど )
星矢は今まで、聖域をこんなにゆっくりと落ち着いた気持ちで見たことは無かった気がした。
ここでの記憶は修行と戦いに彩られている。
(魔鈴さんも童虎も厳しかったからなぁ)
聖域の何処を探しても、思い出の無い場所は無いと言える。
「ん?ワシの顔になにかついとるか?」
思いながら見上げると、童虎と視線があった。
「いや、童虎も魔鈴さんも修行の時は容赦がなかったな、と思ってさ」
それでも厳しさの中に優しさが確かに存在していた事を、星矢は幼いながらに感じ取っていた。
だからどんなに辛い修行でも耐える事が出来た。
『老師と修行というと』
紫龍が星矢には聞こえぬ様、小宇宙を介して兄弟達に話しかける。
『うん、やっぱり一晩じゃ変化なしって事だね』
『一度、どの辺りの記憶がどうなっているのか整理した方が良いんじゃないか?』
『必要だろうが、今は星矢の話す内容を留めるにしておけ。ただの記憶障害ではなさろうだからな』
一輝の言葉に3人が頷く。
『でも、兄さん』
『何だ?』
『邪武達の事くらいは確認しておいた方が良いと思うんだけど・・・』
彼等は今、聖域周辺の警戒任務に当たっている筈である。
此処に居る以上、会ってしまう可能性は低くは無かった。
『あいつ等も兄弟だ。俺達を覚えているなら問題ないだろう』
『そうだよね。けど・・・』
瞬も大丈夫だと信じたいが、あれだけ因縁のある黄金聖闘士が忘れられているのだ。
兄弟と言っても邪武達が星矢と共に過ごした時間は、瞬達に比べて遥かに少ないだけに覚えているという確信を持つ事が出来なかった。
「ねぇ星矢。邪武達も今、こっちにいるんだよ」
「邪武が?」
名前に反応した事に胸を撫で下ろした瞬は、星矢が怪訝な顔をしている事に気付かなかった。
そして胸を撫で下ろすのは早かったのだと早々に気づかされる事になる。
「聖域にいるって、あいつも聖闘士になれたって事か?」
ピシッ、と周囲の空気が凍り付いた音が、星矢以外の耳には聞こえた。
「へぇ・・・なぁ、あいつ何座の聖闘士になったんだよ」
「一角獣星座って言ってたよ」
瞬の言葉に星矢が厭きれた様な顔をする。
「瞬・・・冗談きついぜ?一角獣星座の聖闘士は耶人だろ」
耶人って誰だ?
口には出さないが青銅の4人は同じ事を考えていた。
この場で唯一知っていそうな童虎に紫龍が視線を向けると、しまった、と思っているのが見て取れた。
『老師、耶人なる人物は邪武と似ているのでしょうか?』
『・・・邪武とやらを知らんのでなんとも言えん』
童虎の脳裏には他にも居場所を聞かれたら答えられない者が数名思い浮かんでいた。
「耶人って星矢の友達?」
「あれ、瞬はハーデスの所に乗り込む時に会わなかったのか?」
「え、あ、うん。ほら、僕たちは別ルートで行ったから」
「そう・・・だったな。あの船にお前たち乗ってなかったしな」
『老師、船とは』
『細かい事は後にせい!(うぅむ・・・ハクレイ様やユズリハはジャミールに戻った事に・・・じゃがセージ様をどうするかの・・・)』
だが悩むのも面倒になってしまい結局「面倒な事はシオンに任せよう」という結論に達したとの時。
「元気そうでなりよりだな」
掛けられた声の主を確認すると、星矢の目から自然と涙が零れた。