〜言の葉の部屋〜

光陰の迷い人 第01話



「オレは期日に間に合わなかった書類を隠すなと何度も言っている筈なんだがな」
 教皇の執務室、ではなくシオンが寝起きに使っている教皇の私室。
 普段は足を踏み入れないこの部屋に居る理由はただ一つ。
「間に合わなかったのではない。忘れていただけだ」
「忘れ・・・アンタな、自分が此処の最高責任者だという自覚は無いのか?」
 視線を動かさないどころかオレを騙そうともしていない以上『忘れた』と言うのは事実だろう。
 何せ自室に持ち帰ってまで処理をしようとしたんだ。
 その点は認めてやらんでもないが、期日に間に合わないなら間に合わないと素直に言えばこんな事にはならなかったんだがな。
「お前が私の仕事量を増やすからだろう」
「増やしてはいない。元に戻しただけだ」
「元にだと?行き成り1.5倍に増えれば私でなくとも処理は追いつかんに決まっている!」
「1.5倍と言えど教皇の仕事としては7割未満だろうが」
 最初は簡単な仕事だけを引き受けてやっていたんだが、いつの間にか重要案件までオレに回してくる始末。
 その上、仕事量の確認をしてみれば何故かオレが半数以上の処理を行っていた。
 ・・・中々それに気付けなかったオレにも責はあるのかも知れないが、コイツが楽になればなるほど、比例してオレは忙しくなる。
 その上、オレにはコイツと違って面倒を見なければならない子供達もいる。
「残りも全てアンタに戻してもオレは一向に構わないんだが?こっちは大勢の育児で疲れているんだ。余計な仕事を増やすな」
「むっ・・・」
 全く。
 出来ない量を渡している訳じゃないんだがな。
 オレが此処に来る前はコイツが全て処理していた筈なんだ。
 それとも・・・その頃も誰かに押し付けていたのか?
「し・・・失礼します!」
 シオンに反省を促していれば、部屋の扉がノックされると共に兵士らしき男の声が聞こえてきた。
 その声に緊張感が走っている事からも、一時シオンへの説教を中断し、中に入る様に促せばその顔は蒼褪めている。
 特に何かが起こっている気配は無いんだが・・・
「なんだ?」
「お、お取込み中申し訳ございません!双児宮に異変が!」
「双児宮に?」
「宮一帯を光が覆い囲んでいる状態です。一部の方々の言によりますと、風鳥星座様が宮内で聖域の結界に処理を施した時に似ていると・・・」
 兵士の言葉にシオンがオレに視線を向けて来るが、オレは今日は何もしていない。
 双児宮へのクロスの力の補充はまだ先だしな。
 確認の為に窓から十二宮を見下ろせば、微かにだが目に見える程度の光で包まれていた。
「特に強い力は感じられないんだが」
「ふむ、お前が言うなら害は無いのだろうが・・・様子見を頼んでも良いか」
「解っている。アンタはアイツ等に動くなと指示を出しておいてくれ。何が起こっているのかはオレも行ってみなければ解らないからな」
 オレが念話で伝えても良いんだが流石に移動をし、状況を確認しながらサガの質問攻めに答えるのは勘弁願いたい。
 部屋にシオンを残して様子を確認していた窓から身を投げ出し、先ずは火時計を目指す。
 其処から双児宮の様子を再び探ってみれば・・・何故だ?
 念の為、住処の方も確認してみれば・・・これは有り得ないだろう・・・いや、可能性は確かに0では無いが。
 住処と双児宮。
 そのどちらからも同じコスモが発せられている。
 再び跳躍し双児宮の入口へと降り立てば、数名の兵士たちが屯していた。
 どうやら、宮を包み込んでいる光に邪魔をされて中に入る事すら出来ないでいたらしい。
 拒絶するような力は感じられないんだが・・・どちらかと言えば守護の力が働いている。
「風鳥星座様!」
 オレの行動を止めようとするモノ達にその場から動かない様にと指示を出し、徐に光に向かって腕を伸ばせば何の抵抗もなく双児宮の柱へと触れる事が出来た。
 その様子に中に入れずにいたモノ達は唖然としている。
「まぁ・・・此処はオレに任せろ。教皇からも一任されている」
 どうにもこうにも面倒な予感がしてならない。
 宮内の何処に居るのかとコスモを追えば、ここ何年も使っては居ない居住スペースからコスモと共に人の気配が感じられた。
 扉をノックすれば、気配の持ち主が警戒心を向けてくる。
 それはそうだろう。
 オレの予想が当たっているとすれば、知っている場所でありながらも知らない場所に来てしまった事になるのだから。
「・・・・・・サガ、居るんだろう?」
 オレの知っているサガなのか。
 それとも全く別のサガなのか。
「サガ?」
 再び呼びかければ、警戒心が強くなった。
 オレの声を知らないと言う事か。
 ならば、この次元のサガでは無く別の次元のサガだと言う事になる。
 次元の穴に落ちたのか。
 それとも異次元を操る力が暴走したのか。
「警戒するなと言っても無駄だろうが、オレはお前に害を加える意思は無い」
 混乱しきっていないところはサガらしいと言うべきか。
 疑心を向けながらも、オレの言葉を聞き逃すまいとしている様子が手に取る様に解る。
「可能ならば、警戒心を和らげて欲しいんだがな」
「・・・貴様は誰だ」
 返ってきた声はサガにしては暗い声だった。
 どちらかと言えば、始めて会った時のカノンに似ている。
「オレは風鳥星座のシン。このサンクチュアリで腰掛けだがシルバーセイントをやっている」
「シン・・・だと!?」
 聞き覚えが・・・いや、オレに会った事があるのか?
 途端に扉の向こうにいるサガから強い後悔の念と共に憎悪が向けられてくる。
「オレは貴様に憎まれるような事をしたか?」
「っ・・・いや、済まない。同じ名の人物に心当たりがあっただけだ」
 言葉と共に扉が開く。
 オレの姿を見たサガからは先程の負の念は消えていた。
 見た目からすると、今のサガよりは若干年上か?
「貴様は私を知っているのか?」
「あぁ。もう13年近く共に過ごしている」
「共に?」
「詳しい説明は教皇を交えて行いたいんだ・・・が・・・」
 教皇と聞いたサガの中に再び先程と同じ負の念が生じていた。
 が、今度はそれが教皇へと向けられている。
「シオンに何か恨みでもあるのか?ならば」
「シオン様だと!?」
 ん?
 また負の感情が消えたが・・・
「貴様は此処の私と13年共に過ごしたと言ったな!」
「あぁ」
「今の私の歳は!」
「あと数か月で20になるが?」
「20・・・だと・・・」
 信じられない、と言った顔をしているがこのサガにはシオンとの間に何かがあったと見るべきか。
「・・・シオンに会いたくないならば、話は別の場所でする事も可能だがどうする」
「一介の白銀聖闘士にその様な勝手な判断は出来ないだろう」
「それがオレは出来るんだよ、これがな。何せ、このサンクチュアリで唯一教皇に文句や説教を言える立場に居るからな」
 少し悩んだ様子を見せたが、サガは教皇宮に上がる事を選んだ。
 とは言え、余り人目に晒すのは良くないだろう。
 何をすると文句を口にするサガを無視して担ぎ上げ、火時計へと跳躍する。
 シオンはまだ私室にいるか。
 ならばと私室へ向けて跳躍すれば・・・まぁ・・・大の男を1人担いだ状態であの窓から入るのは無理だったよな・・・うん・・・
「・・・・・・・・・・・・お前は教皇の間だけでは飽き足らず、私の部屋にまで風穴を開けるか」
「不可抗力だ。ちゃんと元に戻してやるから安心しろ」
 今回はアンタに対する嫌味でやった訳じゃないからな。
 呆然とするサガを下ろし、真っ先に壁の修繕を行う。
 修繕と言っても昔カノンにさせたような手作業では無く、力を使ってその壁の時間だけをオレが破壊する前に戻し、その先の時間を今と繋げただけの事だが。
「さて、何から話そうか」
 空いている椅子に座る様にオレが促せば、壁を直している間に場を離れていたシオンが人数分のグラスを持ってきていた。
 そんなシオンの行動にサガは目を丸くしている。
 ・・・まぁ、この次元のサガでない以上、教皇がこんな行動をするとは思いもしないか。
「取り敢えず、現状として此処がお前の居たサンクチュアリでは無い事は解っているな?」
「・・・あぁ。シオン様が存命している以上、間違いない」
「ふむ、となるとそちらの私は既に死んでいると言う事か」
 シオンの言葉にサガの身が固くなる。
 このまま聞き流すべきか、否か。
 それをシオンに確認しようとした時、意を決したようにサガの口が開いた。
「私が・・・シオン様を弑しました」
「「お前が?」」
 オレとシオンが驚いたのも仕方のない事だろう。
 次元が違えどサガである事に変わりはない。
 此方に居るサガの様子を見る限り、とてもでは無いがシオンを殺すなどと言った行動をする理由も見当たらない。
 尤も、オレと同じ様に強硬手段に出てシオンに仕事をさせるくらいの事はしそうだが。
「私が15の時に、教皇位を私かアイオロスに継がせると言う話が持ち上がり・・・教皇シオン様はアイオロスを選ばれた。私の心の底にある悪を感じ取られた教皇シオン様の判断は正しかったと言うのに、私はそれを受け入れられなかった。そして・・・シオン様を弑し、私がシオン様に成り代わりました」
 似たような話にオレは覚えがあった。
 確か下の6人との顔合わせの時に、シオンが教皇の座を譲るやら何やらの話をしてオレが蹴り飛ばしたんだったか。
「良かったなぁ、シオン。オレに蹴り飛ばされてなければ死んでいたかも知れないらしいぞ」
「・・・私にとっては貴様の蹴りを受けずに済むようになったのだろうがな」
「そうだな。代わりにサーシャや瞬とも会えなかっただろうな」
 己が殺されたという話を聞いたと言うのにのんびりとしているオレとシオンの様子を訝しげに見つめている。
 何故自分を拘束しないのか、とでも言いたげだな。
「後悔の念が渦巻いているヤツを如何こうしようとは思わないさ。それにお前の話はお前の次元での出来事であり、此処とは関係が無いからな」
「コヤツの言う通りよ。お前が殺したのは私では無く、お前の世界のシオンに過ぎん。それに、此処では同じ事は起こらぬであろうからな」
「・・・それは」
 断言しているシオンを心配する、か。
 確かに、自分が犯した事だけに安心できるだけの材料が今のコイツには無いな。
「次期教皇候補はドウコなんだよ。此処ではな」
「故に、サガもアイオロスも目指しているのは教皇補佐であり教皇では無い」
「次期教皇が・・・老師?」
 どうにも、このサガの居たサンクチュアリと此処とでは差があり過ぎる様だな。
 それにしても先程からどうも違和感を覚えると思ったんだが・・・何故、このサガはオレがコイツの感情を感じ取っている事に対して疑問を懐かないんだ?
 此処でオレが面倒を見ている子供達ならば当たり前の事ではあるし、人間の中にもアステリオンの様に人の意識を読み取ってしまったり、シオンの様にクロスに染みついた過去のセイントの記憶を読み取ってしまうモノも居るが。
 それを知る為にも、コイツが教皇に成り代わった後から此処に来る時までに何があったのかを確認する必要があるな。

 まぁ・・・聞いた所で、コイツに帰れるのかと問われれば、その可能性は0に近いとしか言えないんだがな。




星座の部屋へ戻る 第02話 →