〜言の葉の部屋〜

ボツの領域 青銅Ver.01



 目の前には幾つかの建物があった。
 厳かな雰囲気を漂わせるそれは正しく神殿と呼ばれる建造物。
 その建物を何故、オレが眺めているかと言うと・・・そこへ繋がる足場が無いんだな、これが。
 前は勿論、右を見ても、左を見ても、後ろを見ても。
 結構高い建造物の屋根に当たる場所にオレは居た。
 下を見下ろすと、広場の様になっている場所で騒いでいるモノ達が居るが会話までは聞こえてこない。
 最近・・・封印を1つ増やしたばかりで聴覚がガクンと落ちたのが原因なんだが・・・外すと聞こえ過ぎて煩わしいので外すつもりもない。
「どうするかな・・・」
 こんな場所に長居する趣味は無い上に、下にいるヤツ等からは【怒り】の感情が伝わってくる。
 オレに向けられている訳では無いんだが、かなり強い感情だ。
 目の前の神殿からも人の気配は伝わってくるが、オレに気付いている様子は窺えない。
 意識は全て、広場に居るモノ達へと向けられている。
「先ずはアイツ等に話を聞いてみるか・・・」
 目標を定め一直線に飛び降りると、一番下にある神殿へと続く階段を上ろうとしていた少年達の目の前に着地した。
 彼らの来た方向    少年達の背後に当たる場所には胸から黄金の矢羽の様なモノを生やした少女の姿がある。
 生気を感じられるのでまだ生きてはいる様だが・・・子供相手に酷い事をするヤツも居たモノだ。
「何者だ!?」
 問いかけてきた長髪の少年を筆頭に、全員警戒心むき出しだが・・・この少年達があの少女の連れだとすれば、激しく警戒されるのも仕方の無い事だろう。
「邪魔をしてすまないな。此処が何処だか聞きたかったんだが・・・」
「此処が何処かだと?ふざけるのも大概にしろ」
「僕達は先を急いでいるので、邪魔をしないで貰えませんか」
 金色の髪の少年と少女の様な風貌の少年は警戒心が敵意に変わりかけている。
 ふざけているつもりは無いんだがな・・・まぁ、殺意だけは向けられない様にしないとな。
「邪魔をするつもりは無い。先を急いでいるならば、移動しながらでも此処に関して教えて貰えると助かるんだが」
 このまま足止めをしていては感情を逆なでするだけだと判断し、少年達が先に進める様に道を譲れば短髪黒髪の少年が走りながら話を聞かせてくれた。
 此処はサンクチュアリと呼ばれる神の領域で、彼らはセイントと呼ばれる存在だと言う事。
 オレの様に何も知らずに迷い込む存在も時折いるらしいが、こんな奥地まで入ってくるモノは殆ど居ないと言う事。
 そして少年達はあの少女と共に此処へ来たが、不意を突かれて少女があの状態になってしまった事。
「オレ達は今からあの十二宮を突破して一番上にいる教皇を此処まで引き摺り出さなきゃならないんだ。沙織さんを助けるにはそれしか方法が無いんだ・・・」
「一番上、か」
 先程の場所   下から見ると火時計である事が解ったが・・・オレならば、あそこを使えば教皇を直ぐにでも連れてくることは可能だろう。
「教皇とやらを連れてくれば良いんだな?」
「そうだよ!けど、十二宮は黄金聖闘士っていう強いヤツ等が守っているんだ。そいつらを12時間以内に倒して   
 少年の説明の途中で、最初の神殿が間近に迫って来ていた。
 神殿の前には1人の青年の姿。
 黄金の鎧を身に纏っているが・・・彼が少年達の言うゴールドセイントと言うモノなのだろうか。
 どうやら少年達と青年は顔見知りらしく、オレの存在を警戒しながらも青年は少年達と話を始めた。
 何でも少年達の身に付けている鎧   クロスと言う様だが、それは目に見えないダメージを負っており、その修復に時間を貰いたいと言う事だった。
「セイヤと呼ばれていたな。今の内のオレが教皇とやらを連れて来てやる」
「何言ってんだよ!あんた1人で聖衣も無いってのに如何するつもりなんだ!」
「まぁ見ていろ。此処の一番上の神殿に居るんだったな」
 セイヤが頷いたのを確認し、火時計へと跳び上がれば背後から驚きの声が聞こえてくる。
 此処は昇ってはならない場所だったのだろうか・・・
 とは言え、既に一度天辺に足を付けてしまっている身としては今更の事なので、少年達の声を無視してそのまま一番上の神殿らしき場所を目指して再び跳躍する。
 女神の像が立っているが・・・此処には人の気配は無いな・・・
 気配を探れば1つ下の神殿に人の存在が確認出来る。
 どうやら一番上の神殿は此処では無く、真下の神殿の事だった様だ。
 階段を下り、通路を抜け、扉代わりの様に張られた幕を除けると、椅子の背が視界に入ってきた。
 誰かが座っている様だが、こちらを気にする様子も無い。
「すまないが、教皇とはアンタの事か?」
 声を掛ければピクリとその方が動いた。
 どうやら気にしていなかったのではなく、気付いていなかったらしい。
「何処から来た」
「この上の女神の像の有る場所から、だな。下で倒れている少女を助ける為に教皇とやらの力が必要だと少年達から聞いた。アンタが教皇で助ける事が出来るなら、一緒に来て貰いたい」
 返事が直ぐに無かったのでコイツは教皇では無かったのかと考えていれば、目の前の人物からは意外な言葉が返ってきた。
「私では助ける事は出来ない。貴様の見た女神像の盾。それこそがアテナを救う唯一の手段だ」
 ・・・此処に来るだけ無駄だったと言う事か・・・
 それにセイヤは少女をサオリと呼んでいた筈だが。
「それで、その盾を如何使えば助けられる」
「盾の放つ光をアテナに向ければ良い」
「そうか」
 ならばさっさと済ませてしまおうと踵を返して女神の像へ戻ろうとすれば、教皇らしき人物から発せられる気配が徐々に変質する。
「待て!そう易々と取りに行かせると   
 待てと言われて待つ馬鹿が何処に居る。
 気配が変質した時点で面倒事になると思っていたオレは既に今いた神殿を抜けて女神の像へと繋がる階段迄来てしまっているんだ。
 此処から教皇らしき人物の居る場所まで戻る気は更々無い。
 下りる時は気にならなかったが上るとなると気力が削がれた為、女神の像まで一気に跳躍する。
 ・・・この巨大な石の盾を如何しろと言うんだ・・・
「この盾の光を浴びせろと言っていたが、如何見ても石像なんだがな」
 オレにこの盾の存在を伝えた時、騙そうとする気持ちが感じ取れなかった以上、嘘では無い筈なんだが・・・と思いながら盾に手を触れれば、石で出来ていた筈のそれが人でも持てる大きさの盾へと変化する。
 確か、教皇らしき人物は少女の話をしたオレにアテナを救うと言っていたな。
 まさかアテナとはあの神族のアテナの事か?
 神には関わりあいたくないんだが・・・取り敢えずは盾の光とやらを浴びせてみるか。
 少女のいる広場へと盾を向ければ、陽の光を浴びて眩い光を放ち始める。
 教皇らしき人物の言っていた事が本当ならば、これであの少女は助かる筈だ。
 念の為、盾を手にしたまま再び火時計を使い少年達の所へ戻れば、オレが1人で戻った事に落胆を見せていた。
「教皇を連れて来るんじゃなかったのかよ」
「いや、教皇らしきヤツから話を聞いたんだが、この盾の光を浴びせればあの少女は助かるそうだ。取り敢えず浴びせては見たんだが   
 そこまで話したオレの目に、少年達の背後にある階段を上がってきた少女の姿が映った。
「星矢、紫龍、氷河、瞬。心配を掛けてすみません。牡羊座のムウ。私はこのまま教皇の元へ行きたいのですが、共に来て貰えますね」
「御心のままに」
 大の大人が傅くか。
 これは本当に神族のアテナなのだろうな。
「そちらの方は?」
「あ、いや、実はさ・・・オレ達も会ったばかりで知らないヤツなんだけど・・・」
 セイヤはしどろもどろになりならがも、オレが盾を使って命を助けたのだとアテナに説明をしていた。
「お礼が遅くなり、申し訳ありません」
「いや、オレとしては事情を知ってしまったから手を貸したに過ぎん。此処の事を教えて貰った礼としてな」
 何より、こんな子供が少女を救うために戦おうとしていたのだから見過ごせる訳がない。
「貴方は聖域の関係者ではないのですね」
「ちょっとした事情があってな。気付いたらあの火時計の上にいた。所謂・・・迷子だ。それにしてもアンタがアテナだとするならば、何故、あんな状態になっていたんだ?セイヤ達は不意を突かれたと言っていたが」
「お恥ずかしい話ですが・・・謀反人が居る為、私はアテナとして此処にいる聖闘士達に認識されていないのです」
 少女をアテナだと認識しているのは連れの少年達のみな上に、少年達はセイントと呼ばれる闘士の中でも一番下のブロンズセイントと言う位に当たるらしい。
 謀反人は赤ん坊であるアテナを殺害しようとし失敗。
 その後のアテナは助け出してくれた人物が人に預け、今まで1人の少女として育てられてきたのだと。
「この後、教皇の所へ行くつもりらしいが」
「はい。私をアテナとして認めて貰えない以上は戦いも避けられないでしょう」
 戦いは避けられない、か。
「まぁ、今はそこに居るムウとやらも付いて行くのだからセイヤ達は戦わなくて済むな」
「いえ、私達黄金聖闘士は黄金聖闘士同士での戦いを固く禁じられています」
 ・・・自分達の使えるアテナの助けになる場合でもそれは守らなくてはならないのか?
「本来ならば聖闘士同士の戦いも禁じられているのですが、今回ばかりはそうは言っていられません」
「ならば、セイヤ達のような子供を戦わせずにアンタが命令でもなんでもしてムウを戦わせるべきだろう」
「待てよ!オレ達だってアテナの聖闘士だぜ!」
「馬鹿を言うな。大人が居ると言うのに子供が戦って良い訳がない」
「先程から子供子供と・・・」
 長い黒髪の少年   シリュウが不機嫌を顕わにするが、おかしい事はおかしいと言わせてもらう。
「聞いた話ではお前達は13.・4なのだろう?ならば立派な子供だ。そこに居るムウが戦わないと言うならば、仕方が無い。オレが引き受けてやるからお前達は戦うな。セイント同士の戦いも禁じられているのなら尚更、な」
 こんな子供を戦わせられるか。
 さっきもコイツ等が戦わなくて良いようにとオレが行ってやったんだ。
 此処で別れて死にでもされたら後味が悪すぎる。
「貴様が引き受けるだと?聖闘士でも無いのにどう戦うつもりだ」
「ヒョウガだったな。ならばセイントであるお前達はオレと同じ事が出来るのか?」
 火時計を顎で指しながら言えば、ヒョウガは簡単に口を閉ざした。
 さっきの反応からオレの行動が普通ではないと言うのは解っていたからな。
「オレがゴールドセイントに手も足も出なかった時は、お前達に任すさ」
 そんな事は無いに等しいが。

 十二宮と言う場所は火時計から見て解っていた事だが、異様に階段が多い。
 少女の足には辛かろうとオレはアテナを抱えて先程までいた宮   白羊宮から次の宮である金牛宮へと繋がる階段を跳躍ひとつで済ませ、セイヤ達とムウが上がってくるのを金牛宮の前で待っていた。
「何故、アイツ等はご丁寧に階段を一段ずつ登ってくるんだ?」
「この階段はそういう仕組みになっているのです。貴方こそ、何故この様な事が出来るのですか?」
「何故と言われてもな。多少負荷は掛かるが跳べない程では   
「この様な場所で背を向けて談話するとは、関心しませんな」
 オレとアテナが振り返れば黄金の鎧を纏った巨漢が居た。
「アンタの気配には気付いて居たさ。だが、敵意が無かったんでな。害は無いと判断した」
「敵意か。確かにアテナの小宇宙を感じた今、オレに敵意は無いな」
 豪快な笑い声だが、妙に清々しい。
 裏表の無いタイプの人間だな、コイツは。
「全部の宮がアンタの様なヤツなら良いんだがな」
 そう言うと、清々しい笑顔は消え苦い顔をされてしまった。
「さて・・・ならば、コイツはアンタに任せて、オレは先に露払いでもしておくかな」
「待て。黄金聖闘士相手に聖衣も無しで1人で向かうのは   
 金牛宮に居た男の声が遠ざかる。
 待てという言葉は先に進んでしまったモノに言っても意味が無いと思うんだが、解っていても言いたくなるモノなのだろうか。
 ・・・流石に跳躍の途中で止まれるモノは居ないと思うんだがな・・・
 取り敢えずそのまま階段も跳躍し、次の宮へと向かう。
 確か双児宮、だったか。
 外でも感じられなかったが中はやはり無人であり、すんなりと通る事が出来た為、次の宮へと足を進める。
 背後を確認すればセイヤ達も金牛宮に居た男と共に上がってきている様子だった。
「此処が四番目の宮・・・巨蟹宮か・・・」
 中から死の匂いが漂ってきている宮の中へと足を踏み入れれば、其処には無数の死者の顔があった。
 この宮に居るゴールドセイントは随分と趣味が悪いな。
 歩くにしても足元の顔が気になってしまう為、封じていた力の一部を開放し死者の魂を全て解き放つ。
 これで輪廻の輪に戻る事が出来るだろう。
「テメェ!今・・・何をしやがった」
「死者の魂をこの世に留め置くのは、余りいい趣味とは言えないな」
「不審者に趣味をとやかく言われる筋合いなねぇな」
 抗議の声を向けてきたゴールドセイントからは敵愾心が伝わってくる。
 ・・・それ程までに大切な魂だったのだろうか。
「理由を聞かずに解放したのは悪かった。だが・・・すまないな。アンタの敵愾心を無視する事は出来そうもない」
 これ以上、敵愾心が強くなれば殺意に変わってしまう可能性もある。
「ハッ!聖衣もねぇヤツが何を言ってやがる。喰らえ!積   
 待てと言われて待つヤツも居ないだろうが、喰らえと言われて黙って素直に喰らうヤツも居ないだろう。
 言われたと同時に背後へと回り込み背中を左足で蹴りつければ・・・面白い様に飛んで行ったな・・・
 手加減はしたつもりなんだが、加減を誤ったか?
「殺気が無かった分、大丈夫だとは思うが・・・」
 生死が気になり来た道を戻ってみれば、双児宮との中間辺りに先程の男が落ちていた。
 下から上がってこようとしていたセイヤ達も何事かとオレを見上げている。
 仕方なしに階段を下り、男の様子を確認すれば意識は無いが生きてはいた。
「何したんだ?」
「後ろから蹴りを喰らわせただけだ」
「蹴り・・・ね・・・火時計まで跳躍出来る脚力で・・・蹴り・・・か・・・」
 顔が引きつっているぞ、セイヤ。
「手加減はしている。証拠に生きているだろうが」
 だが、このまま放置するわけにもいかず、シュンの鎖で拘束した上でオレが運ぶことになった。
 邪魔な荷物が増えたな。
「まぁ次の宮はアイオリアだから大丈夫だって」
「知り合いなのか?」
「あぁ。それに沙織さんがアテナだって事も知ってるぜ」
 そのセイヤの期待は第五の宮である獅子宮で儚くも砕け散る事になる。
 ムウと金牛宮の男   アルデバランの驚き様からも、何か異変が起きているのは間違いないだろう。
「・・・ゲンロウマオウケンとは何だ?」
 オレの言葉にムウが反応した。
 何故、それを知っているのかと。
「レオが始終を語ってくれている。何でも教皇の所でアテナへの謁見を求めた時にバルゴの主と揉め、その最中にゲンロウマオウケンを教皇から受けたと言う事だ」
「幻朧魔皇拳は相手の精神を支配し、洗脳する技です」
「精神支配か・・・」
 それならば、何とかなるな。
 今のレオの主   この宮のゴールドセイントであるアイオリアは此処を通ろうとするモノに対して敵意を顕わにしている。
「一つ訊きたい事があるんだが、良いか?」
 近付きながら語りかけるが、敵意はまだオレには向けられてこない。
 言動に表して初めて敵だと認識しているのか。
「お前の兄は何の為に死んだ?」
 レオに教えて貰った言葉を向ければ、アイオリアは頭を抱えて呻き始めた。
 兄に対して何かトラウマでもあるのだろうか。
「すまないな」
 動けなくなったアイオリアに対して、巨蟹宮の魂を解き放った時と同じ力を打ち込む。
 これで余計なモノは弾き出される筈なんだが。
「随分と酷な事を」
 ムウから非難の目を向けられる。
「オレはレオの言葉をそのまま伝えたに過ぎない」
「先程から気になっていたのですが、レオの言葉とは?」
「そのままだ。アリエス、タウラス、キャンサー、レオ、それにペガサスとドラゴン、キグナス、アンドロメダ。此処に居るクロスと呼ばれるモノ全てに意志があり、言葉を持っている。お前達は気付いていないのか?」
 言えば全員が首を捻る始末。
 ・・・サオリ・・・アテナであるアンタまで首を捻るのか・・・
 だからコイツ等は必死にオレに語りかけて来ていたと言うわけか。
「お前達に聞こえなくとも、オレには聞こえると言う事だ。お前達の知らぬ事を知っているのではなく、主であるお前達と共に過ごした時間をコイツ等も覚えているんだよ」
「すっげぇ!じゃあオレの聖衣はオレの事どう思ってんのか聞いてくれよ」
 疑いの眼差しを向けてくるゴールドセイントと違い、セイヤは素直な感情を向けてくる。
「無理はしないで欲しいそうだ。折角の主を再び失いたくは無いと言っている」
「再び?」
「そうだ。大切にしてやる事だな。ただの防具としてではなく、意思ある一つの存在として接してやれ」
 そこまで高望みはしないとペガサスは言っているが。
 クロスについての話をしている内にアイオリアが目を覚まし、洗脳が解けている事を確認した後、次の宮へと向かう事にする。
 それにしても教皇は自分の部下に当たるモノまでも洗脳するのか。
 1つの身体に相反する2つの気配を宿している事と言い、厄介な事になっている気がしてならない。
 続く処女宮では守護するセイントの目を開かせるな、とアイオリアは言っていた。
 その上、一筋縄ではいかない相手だとも。
「私の見た教皇は善だ」
「オレが見た教皇らしき男は善と悪の両面を持っていたがな」
「君が見た、だと?フッ・・・戯言で私を惑わせると思うな」
「アテナの命を助ける方法を語った時は確かに善の心が強かった。同時に深い後悔の念も懐いていた。だが・・・女神の像へと向かうオレを止めようと声を掛けてきた時に感じられたのは悪意だけだった」
「・・・教皇に会った証拠はあるのかね?」
「今、此処への階段を上っているセイヤ達がオレが女神の像から外した盾を持っている」
 多少はオレの言葉に興味を持ってくれたらしい。
 盾の存在は教皇に会った証拠にはならずとも、オレが女神の像まで行った証拠にはなるだろうからな。
「君の話が嘘か真か。青銅の小僧共が持つと言う盾を見て判断してやろう。私をたばかった場合は相応の罰を受けて貰う事になるがな」
「易々と罰を受ける気は無いが、戦う事になるならばそれもまた仕方ないだろうさ」
 結局、セイヤが持っていた盾から神聖を感じられたとかでオレの話が嘘ではないと判断してくれた様だった。
 が、教皇に対する考えは自分の目で判断したいとの事で、何故か教皇宮まで付いてくると言う。
 宮を過ぎる毎に人数が増えているんだが・・・気にしたら負けだろうな。
 次の天秤宮はこれもまた無人。
 クロスが入っていると言う箱が通路の中央に置かれていたが、何の為にあんな場所に放置されているのだろうか。
 8番目の天蝎宮。
 此処のゴールドセイントはアルデバランと似た気質でアテナから感じられるコスモとやらが一般のモノとは違うと感じ取り、戦う事も揉める事も無く通る事が出来た。
 気質が同じ故に同行する事にはなったがな。
 9番目の人馬宮も無人・・・十二宮と言うからには12の宮があるのだろうが、此処までで3つも無人で良いのか?
 疑問に思っていればこの宮は、今は亡きアイオリアの兄が守護を務めていたと言う事だった。
 そして10番目の磨羯宮にいたゴールドセイントは・・・13年前にアイオリアの兄を半殺しにしたのだと語った。
 肉親を失ったモノを差し置いてオレだけがこの話を聞く訳にはいかないと判断し、後続の到着を待ったんだが、アイオリアは憎しみの籠った目で睨み付け今にも戦いを初めてしまいそうなところをムウによって窘められている。
 アテナの目の前で禁を破ってはならないと。
 その上、驚いた事にこのカプリコーンの主であるシュラは教皇の正体を知っていながらも協力しているのだと言う。
 全ては地上の平和の為に、と。
 カプリコーンはそんな主を見捨てられず、己の使命を主を思う気持との間で揺れていた。
「話は分かったが・・・力がすべてだと言うならばオレがお前に勝てばお前はオレに従うと言う事で良いんだな?」
「聖衣も無い者が戯言を」
「まぁ、それは戦おうとする度に言われる事なんだが・・・キャンサーの主の二の舞になりたくなければ上手く受け身を取ってくれ」
 怪我は大した事無い筈なんだが、未だに意識が戻らないからな・・・荷物が増えるのだけは勘弁願いたい。
 言い終わるや否やの内にオレはシュラに接近し、その胴を蹴り上げた。
「グアッ!」
 ・・・声が出たのだから生きてはいるだろうな・・・見事に宮の外にある岩壁へ身体が減り込んでいるが・・・
「き・・・貴様・・・何を・・・」
 無事だったか。
「何をと言われてもな・・・ただの蹴りだ」
 戦意を喪失してくれればと思ったが、まだ戦うつもりでいる。
 殺気が無い所を見ると、自分が叶わない事は解っているが一矢報いてやろうと言うところだろうが、オレを攻撃しようと持ち上げられた右腕は振るわれる事無く、オレの足によって圧し折られる。
 カプリコーンも己の主にアテナに対する態度を改めて欲しい様で、シュラが右手だけでなく左手からも鋭い攻撃を繰り出せるのだとオレに伝えてくる。
 再び構えられる前に左腕も圧し折り、先に動きを封じさせて貰った。
「諦めろ。何をしようがお前がオレに傷を負わせる事は不可能だ。それにオレは此処で殺しはしたくなくてな」
 殺せ、とシュラはオレに訴えてくる。
 オレを殺そうとしてくれれば直ぐにでも殺してやれるんだが、殺せでは無理だ。
 それにカプリコーンは主を助けて欲しいと願っている。
 その想いはシュラの想いよりも遥かに強い。
 磨羯宮から出てきたアテナはシュラの様子に顔を顰めたが、オレに何かを問うような事はしなかった。
 怪我人であるシュラをそのまま放置する訳にもいかず、アルデバランが担いで上がる事になった。
 11番目の宝瓶宮はキグナスの主であるヒョウガの師匠が護っていた。
 警戒されてはいたがその情報をアクエリアスが教えてくれたので、ヒョウガがアテナと共に此処に向かっている事を告げると宮の入り口で一行を待つことになってしまった。
 アテナのコスモを感じてはいたらしく迎えたアテナに頭を垂れた後、師と戦わずにすみ安堵したのかヒョウガが男泣きをはじめ、アクエリアスの主であるカミュまでもが男泣きをした姿を何故かセイント達は微笑ましげに見つめていた。
 ・・・これを暑苦しいと思ってはいけないのだろうな・・・
 教皇の宮まであと1つとなった12番目の双魚宮。
 足を踏み入れた途端に薔薇の花が飛んできたが・・・普通の薔薇じゃないな。
 余計な何かが混ざっている感じがする。
 取り敢えず本来の薔薇には無いそれを力で取り除くと、同じ薔薇が次々とオレ目掛けて飛んでくる。
 それら全てを叩き落とせば、双魚宮の中から中性的な容姿の男が出てきた。
「誰が来たのかと思えば、小宇宙の欠片も感じられない雑魚か」
 ・・・そう思ってくれた方がオレは戦いやすくて良いんだが、此処のヤツ等の判断基準はコスモやクロスしか無いのか?
「此処まで来た事は褒めてやろう。だが、この先には   
「長い講釈を黙って聞くような趣味はオレには無い」
 戦いの場で悠長に話をする意図が解らん。
 心理的な何かを狙っているのかも知れないが、此処の事も良く解っていないオレには全くの無意味だ。
 相手が油断している内に倒す。
 それが   戦いというモノだろうに。
 オレに蹴り上げられて天井にぶつかり、落ちてきたピスケスの主が目を覚ます前に双魚宮へと入ってきたシュンの鎖のもう一方を使って拘束する。
 それにしても、ゴールドセイントとやらは全般的に弱くないか?
「次が目的地の教皇宮になる訳だが・・・1つ言っておく。あの悪意の塊が殺気を放ってきたら、命は諦めてくれ」
 これを伝え為にオレは今、面倒だが双魚宮から教皇宮へと繋がる階段を歩いていた。
「・・・何故、とお聞きしても宜しいですか?」
「オレの性質としか言えん。悪意や敵意程度ならば問題ないんだが、殺意にだけは反射的に動いてしまってな。自分でも抑えようがない」
 今まで戦ったキャンサー、カプリコーン、そしてピスケスの主の命があったのも、殺意が無かったからに過ぎない。
「簡単に殺すと言いますが、私の予想が正しければあの教皇はこの聖域で最強の男です。そう易々と殺される筈がありません」
 ムウはそう言うが・・・この3人を思い返すとな・・・
「向こうがオレを侮ってくれればその隙に片づけるさ。そうだな・・・もし、教皇を殺されたくなければ、その時はお前達で防いでみろ。同じゴールドセイント同士で戦う事は出来なくとも、オレ相手ならば可能だろう?」
 とは言え、反射的に相手を殺す時のオレを止められたヤツなんざ、今までお目にかかった事も無いんだが。
「何でそんな事言うんだよ・・・あんた、悪い奴じゃないんだろう?」
 悪い奴じゃない、か。
「セイヤにはそう見えているのかも知れないが、オレは自分が善だとか悪だとか考えた事は無い。オレを悪と見るも、善と見るもお前達の好きにしたらいいさ。出来れば、悪と判断した場合でも敵意や害意は向けないでくれると助かるがな。ここまで付き合った以上、オレはお前達を敵としては見たくない」
 悪と判断した場合に負の感情を懐くな、と言うのが難しいのは解っている。
 このサンクチュアリと言う場所の性質上、外に出るには一帯を囲む結界を破壊する必要性がありそうなんだが・・・此処を出る時にも無用な争いは避けたい。
 可能ならば友好的に此処から出してくれることを願っている。
 教皇宮に足を踏み入れ、オレが教皇らしき男と会った場所   教皇の間とやらに居たのは黄金の鎧であるゴールドクロスを纏った黒髪の男だった。
「アンタだな?オレが盾を取りに行った時に後ろから声を掛けてきたのは」
「貴様・・・いつの間に此処を通り抜けた」
「通り抜けちゃいないさ。上から下へ飛び降りただけの話だ」
 男の言葉から察するに今の今まで突如消えたオレを探していたのだろう。
「出来ればもう1人のアンタと話をしたいんだがな」
「アレに何の用だ」
「礼を言いたいだけだ。もう1人のアンタが盾の事を教えてくれなければ、オレはアンタを下まで運ぶところだった。そうなっていたら、アテナはアンタに殺されていただろうからな」
 目の前の男からは強い殺気が放たれている。
 尤もその殺気が向かっているのはオレでは無く、背後にいるアテナにだが。
 しかし・・・妙だな。
 コイツを見た瞬間にゴールドセイント達の間に緊張が走っていた。
 教皇は善だと言っていたシャカまでもが、だ。
 ゴールドセイント達はコイツの事を知っているのか?
「アレも余計な事を。戦いの役に立たぬ非力なアテナなど殺してしまえば良かったというのにな」
「まぁ・・・確かに非力なモノは戦いの場には邪魔なだけだな。しかし、非力ならば非力なりに象徴として飾っておけば良かっただろう。その方が殺すよりも有益な使い方だと思うがな」
 正直に思った事を言ってしまったんだが・・・目の前の男からはその手があったかと同意が返り、背後のセイント達からは何を馬鹿な事をと批判が上がって来ている。
「神など元々象徴的な意味合いが強いだろうに、何を憤る必要がある」
「アンタはどっちの味方なんだよ!」
「オレはただお前達の様な子供が戦うと言う状況を見過ごせなかっただけだ。警戒する程の力量でもないが、話し合いで解決出来るならばそっちの方が良いだろうが」
「警戒する程ではない、だと?」
 セイヤ相手で気を抜いてしまったか。
 どうやらオレは余計な一言を言ってしまったらしい。
「気を悪くしたならすまなかったな。だが、文句はオレの攻撃を躱せたら聞いてやる」
 セイントとやらは己の力量に関してはかなりプライドが高いんだな。
 たった一言でこれ程の敵意を向けてくるとは。
 一歩で相手の懐に飛び込み、鳩尾に一撃を喰らわす。
 呻き声が聞こえる間も無く、男の姿は通路の彼方へと消えて行った。
「・・・また、遣り過ぎたか?」
「つうかさ、なんで友好的に話してると思ったら次の瞬間に蹴りかかってんだよ」
「アレが敵意を向けてきたからだ。殺意になる前にやらなければ殺してしまうだろう」
「ってことは、まだ教皇は生きてるって事か?」
「アイツも此処での最強に当たる男ならば、あの程度で死ぬはずがない」
 現に通路の奥からはまだ生きているモノの気配が感じられる。
 手応え的にも良くて肋骨骨折、悪くても複雑骨折か肺に骨が刺さった程度だろう。
「あの程度・・・ね・・・」
 呆れた目でセイヤ達はオレを見るが、これでもかなり手を抜いているんだ。
 奥に行った気配が動く様子が無いので、全員揃って通路へと足を踏み入れる。
 通路を抜けた先、女神の像へと続く階段の所に男の姿はあった。
 姿があったにはあったんだが、顔の作りは同じでも髪の色も違えば受ける印象も全く違う。
「双子座のサガ、ですね」
 ムウの呟きにゴールドセイント達が頷く。
 やはり知り合いだったのか。
 変わり様が気になり、意識を失っている男の内を探れば闇の塊のようなモノがある。
「何をするつもりですか?」
「いや、コイツの中にいる余計なモノを弾き出してやろうかと思ったんだが、手を出さない方が良いか?」
 シュラで遣り過ぎたのか。
 アテナからオレの一挙一動に対して猜疑心が向けられてくる。
「余計なものですか?」
「何と言うか・・・負の念が凝り固まった様なモノだ。先程の悪意の発生源かと思うんだが、除かない方が良いか?」
 再び問えば除いても良いとの返事が返ってきたので、力を使って意識の無い男の身体から弾き飛ばす。
 単体ではその姿を保つ事が出来ない存在だったのだろう。
 可視化されたそれはその場に居るモノ達の目の前で霧散し、消えて行った。
「今のが・・・」
「コイツの中に巣くってたヤツだ。で、アンタの目的も達成された訳だが」
 さて、これからどう交渉するか。
 オレは平和的に此処から出たい。
 結界を破壊せずに済むならば良いんだがな。





星座の部屋へ戻る