偽りの教皇 01
「ここは・・・何処だ?」
降り立った場所には巨大な女神像が立っていた。
女神の見つめる先には階段があり、其処を下ると神殿の様な建物が見える。
中から人の気配はするが・・・迷っていても仕方がないだろう。
何せ、此処から一番近い人の居る場所はこの神殿しか無い。
階段を下り、神殿内に入り、気配のする場所へと向かう。
広間の様な場所に出ると目の前には椅子の背があり、どうやら人が座っている様子だった。
「すまないが・・・」
声を掛ければピクリと肩が揺れる。
オレの存在に気付いていなかったのだろう。
振り向いた男の顔は驚きに満ちていた。
「貴様、何処から入ってきた」
「女神像の所から、だな。此処が何処だか知りたいんだが教えて貰えるか?」
「女神像からだと?」
黒髪の男の顔は兜に覆われ判別が付きにくい。
が、男からは負の感情が溢れており正直な話、居心地が悪くてならない。
「悪気があって侵入した訳では無い。オレも気付いたら其処に居たんだ」
信じはしない、か。
攻撃的な感情を向けられるとオレも攻撃的になってしまうんだが・・・
「衛兵!アテナを狙う侵入者だ!何をしている!黄金聖闘士にも召集を掛けろ!」
まぁ・・・こうなるだろうとは思っていたけどな。
男以外に誰も居なかった広間に続々と兵士の恰好をしたモノ達が集まってくる。
どいつもこいつも攻撃的な感情を露わにしているが・・・何故、この大人たちに混ざって3人の子供が居るのだろうか。
侵入者と言われても実感が無かったのだろうが、オレの姿を確認した途端に兵士達からは殺意が満ち溢れ
次の瞬間には広間には赤い液体が広がっていた。
「・・・最初に言っておけば良かったんだろうが・・・殺意を向けてくる相手は殺してしまう性質なんだ。悪いな」
広間に残っているのは黒髪の男とオレと3人の子供達のみ。
侵入者を確認して直ぐに殺意を放つってのはどういった了見なんだか。
子供達は何が起こったのか解らずに目を見開くのみ。
「・・・蟹座、山羊座、魚座、何をしている。貴様達の役目は何だ!」
子供達が男の声に反応を見せるが、闘争心は感じ取れない。
恐怖。
ただそれだけがオレと男に向けられていた。
「フン・・・黄金聖闘士と言えどやはり子供か」
「や、やれます!」
男の呟きに1人の子供が返事をすると、他の2人も覚悟を決めていた。
まだ10歳前後の子供だろうに
死の覚悟を。
「何故、お前が向かってこない?この子供達はオレと自分の力量を弁え、オレを殺せない事を悟っている」
「侵入者を防ぐのがその子供等の役目。勤め上げる事が出来ねば存在する価値が無い」
・・・そうか。
こんな子供に、そんな重荷を背負わせているのか。
「子供は存在するだけで価値がある。そんな役目は大人が負えば良い。それとも・・・オレが女神像側から来た事はそんなにアンタに都合が悪いのか?あれだけの兵を向け、更には子供を戦わせようとする程に。あの誰も居ない場所に何の意味がある?」
やはり女神像が重要な様だな。
男から発せられる感情が高まっている。
同時に子供達はオレの言葉に戸惑いを見せていた。
「そこまで知っているか・・・ならば貴様は私が直々に相手をしてやろう!」
言った筈なんだがな。
殺意をオレに向けてきたら殺してしまう、と。
「き・・・貴様・・・」
「「「教皇様!」」」
深々と己の右胸を貫くオレの腕を黒髪の男の手が強く掴む。
この状況で即死していないとは、驚きだな。
殺意を向けてきた相手はいつもオレが気付いた時には死んでいたと言うのに。
楽にしてやろうと腕を引き抜こうとすれば、死に際とは思えない力で押し止められる。
その行動に男の顔へと視線を移せば、黒かった髪が今は深い青へと変わっていた。
確かに、腕を抜こうとする時までは黒髪だった筈なんだが・・・
「・・・た・・・頼みがある・・・」
「アンタを殺すオレにか?」
「は・・・半年前に教皇を殺し・・・アテナを護ろうとした男を・・・ぎ・・・逆賊として追わせた罪は・・・私だけのものだ・・・そ、そこの子供達には罪は無い・・・あ・・・アテナが戻られるまで・・・子供達を・・・」
「面倒事は好かないんだが・・・何故、オレに頼む」
意志の強いヤツだ。
普通の人間ならばとっくにあの世へと旅立っているだろうに。
オレの腕を引き抜かせまいとしたのは少しでも長くこの世に留まる為にも出血を抑えたかったと言う事か。
「こ、子供を戦わせようとした、もう1人の私に・・・怒りを露わにした・・・も、もう1人の私を倒した強さもある・・・」
「・・・アンタの名は?」
「サガ・・・双子座の・・・黄金聖闘士にして・・・真の逆賊だ」
「約束しよう。サガ、アンタの願いを引き受けると」
「す・・・すまない・・・」
「もう休め。オレは約束を違えるような事はしない。アンタが護りたかった此処も、此処に暮らす子供達も、アテナとやらが戻る日まで護ってやるさ。面倒な事この上ないがな」
もう・・・声を出すのも辛い筈なんだがな。
最後にと残された言葉をオレがアイツ等に伝えなければならないのか。
まったく・・・引き受けるとは言ったが最後の言葉くらい直接言ってやれば良いものを。
愚痴を言った所で男の口から返答が来るわけが無いのだが。
「お前達の名はデスマスクとシュラ、アフロディーテに間違いないな?」
「そ、そうだけど・・・」
「コイツの
サガの遺言だ。『お前達には知らずの内に罪を背負わせてしまい申し訳なかった。特にシュラには辛い思いもさせた。全ての罪は私にある。お前達は何も知らずに私の、偽りの教皇の命に従ったに過ぎない。気に病む事無く、この先もサンクチュアリとアテナを頼む』とな。」
コイツ等はきっと、アンタの口から聞きたかったそ思うぞ、サガ。
アンタはオレにその言葉を伝える前に子供達を傍に呼べと言うべきだったんだ。
この子供達は黒髪のアンタを恐れていたが・・・サガであるアンタの事は慕っている様だからな。
子供達に考える時間を与える為にも、オレはサガの遺体を横たえ、先ずは兵士達の遺体の処理にあたった。
とは言え、此処で変に隠しても後々面倒な事になりそうなので辺りに散った血液だけを力で霧散させ、遺体を並べたに過ぎない。
「さて・・・オレはアテナとやらが戻るまでの間とは言え、コイツからお前達を任されてしまった訳だが・・・オレは何をすれば良い?ハッキリ言えば、此処の事すら解らないんだがな」
「そ、そんな事オレ達に聞くなよ!」
「アイオロスの汚名を雪ぐ」
随分と思い詰めた表情をしているが・・・後で理由を聞く必要がありそうだな。
「取り敢えず・・・教皇様が居ないのって問題だよね・・・」
「・・・教皇様ってさ何時も顔見えないよな・・・」
確かに、顔の見えにくい兜を被っていたな。
「アンタ、女神像から来たって言ってたよな?そこに誰も居なかったってホントか?」
「あぁ。誰の気配も無かった」
「・・・あのさ、此処って教皇がアテナが居ない時は一番偉いんだよ」
「だろうな」
こんな部屋を使っているのだからそれなりの地位はあるだろうと予想は付く。
「アンタさ・・・教皇やってくんね?オレ達じゃ絶対に無理だし、教皇が居なくなったってなったら聖域中が混乱すると思うからさ」
・・・何を言っているんだ、この子供は。
表情に出ていたのだろう。
子供
デスマスクは慌てて説明を付け加え始めた。
「だ、だってさ、本当の教皇様は・・・サガが殺しちまった訳だし・・・サガはアンタが殺しちまったし・・・聖域にいる黄金聖闘士はオレ達とオレ達より小さいガキどもばかりなんだよ。アンタならサガと体格も近いし、聖域を護るってサガと約束したんだろ?なら・・・」
「お前達がそれで良いなら構わんが・・・オレは此処の事は知らない上に、嘘が吐けないんだ。今回のこの惨状に関しても根掘り葉掘り聞かれた場合、言葉に詰まる可能性がある」
誰が犯人なのか、と聞かれればオレだとしか答えられない。
そんな答えを返せる筈もないこの状況では沈黙で答えるしかなくなるだろう。
「?嘘が吐けない?まぁ良いや。大丈夫、大丈夫。オレそういうの得意だからさ。やばそうな時はオレ達がフォローするし、聖域に関しても教えてやるよ」
「それは心強いな。だが・・・」
何故、この子供達は自分の感情を押し隠してまで此処の為にと考える事が出来るのだろうか。
「・・・それは明日からで良い。サガとは親しかったんだろう?今は役目などは忘れて泣きたければ泣いてやれ。子供が感情を殺すのは見ているオレの方が辛くなる。感情を剥き出しに出来るのは子供の特権なんだがな?」
何故、殺したのかと罵れば良い。
相手が子供ならば殺意以外は耐えられる。
「・・・そのサガから聖域を頼むと言われた。ならば、泣いている暇は無い」
3人とも・・・震える拳が泣きたいと言っているんだがな・・・
「そうか。好きにすれば良い」
翌日、オレは3人の子供達と共にサンクチュアリに布令を出した。
逆賊とされていたアイオロスは、アテナを狙う者達からアテナを救う為にサンクチュアリから連れ出し、あえて汚名を着たのだと。
昨夜、その者達の襲撃があり身を隠して内偵を行っていたサガ及び駆けつけた兵士達が命を落としたと。
そして・・・最後までシュラは反対していたが、アイオロスが出奔した晩、シュラがアイオロスを討伐したのはアイオロスに襲撃者達の目が行かぬようにする為の手段だったのだと。
勿論、オレの口からではなくデスマスク達がやってくれた事なんだが、誰もが疑う事無く布令は受け入れられ、オレは偽りの教皇として過ごす事になった。