半神の願い scene-21
己の記憶には無い光景が目の前に広がる。
幻にしては生々しい、しかし現実にしては儚い光景。
そんな光景を彼は確かに知っていた。
対峙する相手も。
幻の中の己が繰り出すその技も。
記憶には無いと言うのに確かに覚えている。
伝わってくるその思いも。
「
っ!」
幻とも現実とも判断出来ない光景は己と思われる男の死によって幕を閉じた。
周囲を見回せば心配そうに己を見つめている見知った者達の姿が目に映る。
だが、それ等の存在が尚更、幻と現実の境目を曖昧にさせた。
己だった男が戦った者の姿。
最後に意志を託した者の姿。
そして・・・己自身が戦った者達の姿。
「一輝、無理はするな」
「この程度、問題ない。確認したいんだが、前の聖戦で輝火という名の冥闘士は確かに存在したんだな?」
「遥か昔の事じゃよ。今のお主には一切関係無い。お主が過去の何を見ようが、気にする事は何も無いんじゃ」
最後に想いを託した相手
童虎に向けていた視線を、一輝はハスガードへと移した。
「戦いの中で傷を負うのは当たり前の事だ。何より、あの輝火の魂が冥闘士としてではなく人として転生していた事を俺は嬉しく思うぞ」
その視線が失われた右目を見ている事に気付いたハスガードは笑顔を見せ、無遠慮に頭を撫でる。
ハスガードの手を振り払おうとした一輝だったが、その手に触発されたかのように脳裏には敵である輝火を戦いの最中に気に掛けるハスガードの姿が浮かび上がってくる。
「そう言ってもらえると助かる。老師、オレが見たものは星矢を混乱させている記憶と同じ時代のものだと判断して良いんだな?」
「そうなるのぉ・・・」
冥闘士としての記憶など楽しいものではないだろうにと言う童虎の心配を余所に、一輝は何かを考え込んでいた。
相手の過去に作用する幻魔拳。
己の技を応用して星矢の記憶と前の天馬星座
テンマの記憶の間に線を引くことは出来ないかと。
相手にダメージを与えすぎない程度に技を掛ける事は可能だった。
だが、今回は僅かなダメージも許されない上に星矢の過去とテンマの記憶を確実に仕分けなければならない。
「どうかしたのか?」
「いや、幻魔拳の応用で星矢の記憶を何とか出来ないものかと考えていたんだが・・・やはり、一度混ざってしまったものを戻すとなると試しようの無い状況ではリスクが高くなる。星矢が前世の記憶を思い出している時に一つずつその記憶を隔離していく事は可能だと思うが、それでは時間が掛かりすぎるだろう?」
「そうだな・・・その上、前世の記憶が途切れ途切れになった場合の星矢に対する影響も考えれば一度で済ませたい。今の所、黄金聖闘士に関する大部分の記憶は前世のものだ。私達の所業を考えれば仕方の無い事だが・・・部分的に封じ、それを補う為に十二宮での出来事を思い出したりすれば、明らかな矛盾が生じる。それこそ、過去と現在が混ざり更なる混乱を招きかねない」
記憶と言う不可視のものに手を出す事がどれだけ困難であるか。
人の過去に作用し、その精神から破壊する力を持とうとも。
人の今に作用し、その思考を支配する事が出来ようとも。
過去と今に振り回されている者を救う事すら出来ずにいる無力さを思い知らされる。
「混ざる・・・か」
「何か思い当たる事でもあるのか、アスプロス」
「フン・・・下らん男を思い出したまでよ。俺とお前の運命を歪めた男の
」
そこまで口にしてからアスプロスは男の全て思い出した。
神にすら忘れ去られ、復讐に駆られた男の存在を。
忘れられる筈がないというのに、今この時まで思い出せもしなかった男の存在を。
人の肉体の時間すら戻す事が出来る男の正体を。
あの時、数珠の色は変わっていた。
ならば男の魂もまた、数珠に封じられていた筈である。
「・・・探す価値はあるか」
思い出せば出すほど、あの男の好きな事態だと思えてならない。
笑いながら楽しんでいるその姿が、アスプロスの脳裏には蘇っていた。