偽りの教皇 02
「・・・12年か」
「正確に言えば、12年半だけどな」
半年程度ならば態々訂正する必要は無いと思うが。
それにしても・・・長かった。
「これでやっと私も【オレ】に戻れる」
「アンタ本気で辞める気かよ」
「元々、アテナが戻られるまでの約束だ。それにお前達も子供ではなくなったのだろう?」
良い教皇であれ、と周囲の想いが伝わってくる度に周りの感情に左右されるオレは、オレでは無く教皇として振る舞う事が当たり前になっていた。
所在不明となったアテナらしき少女が見つかったのはほんの数か月前。
日本で行われたセイントを見世物にしたイベント。
それを開催した少女から人とは違うコスモが僅かながら感じられた為に、ゴールドセイントの弟子を様子見として送り込んだところ・・・射手座のゴールドクロスの存在が確認され、彼女がアテナである可能性が高まった。
今、その少女は見世物に参加したブロンズセイント達と共に此処を目指している。
「それにしても嘘の吐けない私がよくも12年以上もサンクチュアリ中を騙せたものだ」
「自分で言うなって。ま、それだけオレ様達が優秀だったって事だろ?」
コイツ等に嘘を吐かせるのも時機に終わる。
あれからも、オレが教皇である事を知っているのはこの3人に限られていた。
オレは他のサンクチュアリにいる5人のゴールドセイントにも話した方が良いのではと言ったんだが、共犯者は少ない方が良いと押し切られてしまった。
コイツ等に嘘を吐かせる代わりに、オレはコイツ等から殺人と言う罪を取り上げた。
内々に自分が処理していたそれらの任務をコイツ等に見つけられた時には3人揃って怒り狂っていたが、オレはそれだけは譲らなかった。
子供に殺しはさせられない、と。
それが原因なのかは解らないが、コイツ等は必死に成長していった。
精神的に育っていく様子は傍から見ていても頑張っている様が伝わってきていたが・・・オレの子供の基準が年齢だと知った時の顔程、面白いモノは無かったな。
「何を笑っている?」
「いや、何故か昔の事を思い出してな。さて・・・アテナが到着された様だ」
サンクチュアリには馴染みの無い、ジェット機のエンジン音が聞こえてくる。
十二宮の直ぐ傍にある闘技場へ着陸するよう伝えてあるので今から下りれば十分に間に合うだろう。
「・・・私が偽物だと知れば、他のモノ達も黙ってはいまいな」
「知った事ではないさ。貴方は間違った事は何もしていない。例え偽りでも教皇としての仕事は確かだったと私達は知っている」
双魚宮を抜け、宝瓶宮へと差し掛かった所でオレと3人は会話を止めた。
宝瓶宮の守護者
アクエリアスのカミュが合流する。
宮を下りるごとに増えてゆくゴールドセイント達。
主の死した人馬宮と双児宮。
主が不在の天秤宮と白羊宮。
その4名を除いた8名のゴールドセイントを従え、オレは白羊宮の入り口でアテナが階段を上ってくるのを待っていた。
神を嫌っているオレが自然と頭を垂れる事が出来るのは教皇としての振る舞いだからだろう。
「・・・顔を御上げなさい・・・サガ」
この少女はアテナに違いない。
そうでなければサガの名が此処で出てくる訳が無いのだ。
唐突に口にされた名を聞き、5名のゴールドセイントに驚愕と戸惑いが広がる。
さて・・・どうするか。
後ろの3人から説明は任せろという想いが伝わってきているんだが・・・コイツ等に任せるのもな・・・
「アテナ・・・双子座のサガは12年前に命を落としております。その遺体は我ら黄金聖闘士が確認致しました」
言葉を発したシュラ以外の7人のゴールドセイント全てが頷くと、アテナのオレに向ける視線が険しいものになった。
ならばお前は何者なのか、と。
「・・・教皇、顔をお見せなさい」
アテナに言われたからには、兜を外すしかないか・・・
「〜〜〜〜〜っ!あんた!」
兜を外したオレの顔を指さして第一声を上げたのはブロンズセイントのセイヤだった。
「久しぶりだな、セイヤ。元気そうでなによりだ」
後ろから「あの小僧に顔バレしてんのかよ」という声が舌打ちと共に聞こえてくる。
オレとて素顔で出歩きたい時はあるのだから仕方ないだろう。
デスマスク等3人以外のゴールドセイント達もまた驚きに目を見開いていた。
「シン!あんたが教皇だったのか!?」
「人を指さすなと教えた筈だが・・・そう言えば、姉には会えたのか?」
「え、あ、いやそれはまだなんだけど・・・って今はそれどころじゃないだろ!」
「そうか?お前に会うのも最後になるだろうから聞いておきたかったんだがな」
最後と聞いたデスマスク達が息を飲むのが解った。
コイツ等は本気でオレに教皇を続けさせるつもりだったのか・・・
「全てをお話し下さいますね?」
「先ず、オレはセイントですら無い。成り行きでアンタが此処に来るまでの間、教皇の代わりをしていたに過ぎないからな。アンタに此処を渡せば、オレの役目は終わりだ」
「アテナ!お聞き下さい!シンはサガとの約束を果たしたに過ぎません。死の間際まで聖域の安寧を願っていたサガの遺志を汲み、聖域に混乱を齎せまいとしただけなのです!」
庇ってくれるのは嬉しいが・・・サガが前教皇を殺した事をこのアテナは知っているだろうからな・・・サガの遺志、なんてのは逆効果だ。
「ディーテ、弁解は必要無い。サンクチュアリ中を欺いてきたのは事実だ。それにそのサガとて
」
「アンタはサガを助けただけだ!」
「・・・それは事実ではないだろう」
サガの事を伝えなければ全てを話した事にはならない。
「オレ達にとってはそれが事実だ。サガの死に顔は穏やかだった。それだけを事実として何が悪い?」
「お前達以外のゴールドセイントにも全てを知る権利がある。そしてオレには話さなければならない義務がある。13年前の真相を聞かされたモノとしての、な。それに・・・お前達をそろそろサガに返してやらなければならないだろう?」
「オレ達をサガに返すだと?」
コイツ等の驚く顔を見るのは久しぶりだな。
やはり黙っていたのは正解だったようだ。
「場所を移そう。既にサガの傷は癒えているからな」
途中、双児宮で足を止め、双子座のゴールドクロスを持ち出すオレをゴールドセイント達は怪訝な顔で見ていた。
「実はな、オレの力でサガの傷を回復させようと試みたんだが肝心の魂が離れてしまっていた。そのまま冥界に下られると面倒なので今もジェミニに預かって貰っている。魂が無ければ傷を治した所で唯の器に過ぎないからな」
まぁ・・・何の事だかさっぱり解らないだろう。
オレとて何度もやった事がある訳ではない。
それも自分が殺した相手にこの力を使うのは初めての事だ。
何せ・・・オレの攻撃で即死しなかった相手は初めてだったからな・・・
教皇宮にたどり着き、教皇の私室に設けた隠し扉を開けさらに先へと進めば、闇しかない空間に光が見え始める。
「あれは・・・」
声を出したのが誰だか解らないが、目にしたモノを信じられなかったのだろう。
光の中心には水晶に包まれたサガの身体が浮いているという人間にとっては信じられない光景だからな。
「サガの遺体を埋めた事にしてオレが此処に引き取ったんだ。この水晶はオレの力の結晶体とでも言えば良いのか・・・簡単に言えば破損個所を修復する機能を持っている。無機物、有機物に関わらず使える力なんだが・・・欠点として修復対象の全体を覆う必要性がある為、生きているモノに使うと呼吸が出来ずに肉体は生きていても機能が停止状態となり生物としては死を迎える事になるが・・・サガの場合は魂の抜け殻だったのでこの力が使えた」
オレが手を翳せば水晶は浮遊力を無くし、サガの身体ごと地へと横たわる。
クロスの箱からジェミニを出し、その中のサガの魂を身体へと導くと水晶に亀裂が入り始めた。
「この様な力を持つのは・・・貴方も神族だからですか?」
「神族?アンタ等と一緒にするな。オレは神って存在が嫌いなんだよ。昔っからな」
女神を前にして言う事では無いのだろうが、言いたいので言わせて貰う。
ともすれば・・・
「アテナに対してその態度は何だ!」
内側から無理矢理水晶を砕き、蘇ったばかりの男の第一声がコレだ。
コイツに蘇る様に説得し、納得して貰ってからというもの・・・双児宮に行けば色々と説教されたな・・・オレ。
「相変わらずアテナ第一主義だな、アンタは。で、体の具合はどうだ?ジェミニの中で人格も統合出来た筈だが」
「そちらに関しては問題無い。アレの気配すら感じられないからな」
「人格統合?」
説明はコイツ自身に任せたいんだが、そうもいかない、か。
オレは簡単に、ミロにでも解る様に説明してやる事にした。
13年前の事件はサガの闇の人格が原因であった事。
それを育んだのはサンクチュアリの闇の部分である事。
当時のサガにはその人格を抑えるだけの力が無かった事。
サガ本人はそれを悔いて死にたがっていたが、オレが甦る様に説得した事。
【人】が光と闇を併せ持っている事から人格を完全に分離させ闇だけを消滅させる事が出来ず、統合と言う形を取った事。
サガ本人は心からアテナのセイントでありたいと願っている事。
「と、経緯としてはこんな感じなんだが・・・」
「解りました。では、貴方の布令でサガを死亡としたのは秘密裏に私の護衛としてつかせる為としておきましょう。サガもそれで宜しいですね?」
「御心のままに」
「それで貴方への処遇ですが
」
「あぁ、直ぐにでも出て行くから安心しろ。何しろ、此処には迷い込んだだけだからな」
「いえ、このまま教皇を続けて下さい」
・・・何を言っているんだ・・・この女は・・・
「私が戻った途端に教皇が不在となれば私が追い出したみたいにみえますでしょう?」
「ならばサガに遣らせろ」
「あら、それでは双子座が不在になってしまいますし、サガが表を歩けませんわ」
憎らしいくらい良い笑顔をしているが・・・サガを表に出したければ、オレに教皇を遣れと言う事か?
・・・だからオレは神が嫌いなんだ・・・