半神の願い scene-17
「やはり簡単に抜けて行くか」
一行が通り過ぎるとカノンの表情も口調も変わっていた。
視線の先には巨蟹宮へと続く階段を上って行く先の黄金聖闘士達の姿。
抜けれぬ者が1人でもいたならば童虎やアイオリアに何と言われようとも、誰一人此処から先へは進ませないつもりでいたのだが。
「サガ達の言う通り、杞憂に終わったみたいだな」
カノンとて彼等を敵としたかった訳ではない。
それでも、アテナの知らぬ間に蘇った者達を全く警戒せずにもいられなかった。
試すようなこの行為に対し黄金聖闘士にも反対はされたのだが、サガやシュラ
冥闘士として蘇った事のある者達だけは違った。
ハーデスと言えど、その心まで操る事は不可能。
万が一にも昔の己のように悪に染まった聖闘士が居ないとも限らない、とカノンの行動を後押ししてくれていた。
そんな者は1人たりとも居ないだろうと解っていながらも。
「さて、オレも上に戻ると
」
双児宮へと足を踏み入れようとした時、カノンは己に向けられている小宇宙に気付いた。
敵意は感じられないが、他の者に気付かれぬ様に極めて抑えられた小宇宙。
「この小宇宙は・・・」
そんな僅かな小宇宙であってもカノンにはそれが誰のものであるかはっきりと解った。
忘れたくても忘れられない、忘れてはならない者の小宇宙。
小宇宙を辿り位置を確認すると、カノンは踵を返し十二宮の階段を下る。
正規の道は使わずに獣道を通り、最短距離で向かったその先には小宇宙の持ち主以外の複数の小宇宙が存在していた。
己の視界にその姿が入った所でピタリとその足を止める。
彼等の
星矢達の前に姿を現してしまって良いものか、カノンには判断がつかなかった。
アイオリアが教皇からの使いに選ばれたのも先の黄金聖闘士とアイオリアに5歳もの年齢差があったからに過ぎない。
顔立ちが似ていたとしても、年齢が違えば受ける印象も違ってくる。
ならば星矢の負担にもならないだろう、と判断しての人選だった。
だがカノンは違う。
先程、十二宮で相見えた双子の冥闘士の顔立ちは受ける印象の違いこそあれ、サガとカノンに似通っていた。
教皇シオンから聞いた話では先の双子座の黄金聖闘士が星矢の前世で相対した時間は戦いの中での極僅かな時間に限られていたという。
その上、カノンは双子座の聖闘士以外にも海皇の海将軍という一面も以前は持っていた。
そんな自分ならば会っても問題が無いかも知れない、と思いつつも僅かな不安が拭えない。
カノンは悩んだ末に、今は星矢の負担になる可能性は排除すべきだと結論付け、当初の目的の人物へ指向性を持たせた小宇宙を放った。
『クリシュナ。此処へ来た用件は何だ』
『やっと現れたか。海龍のカノン、ポセイドン様がお呼びだ』
『オレは既に海龍どころか海闘士ですらない。神を欺いた罰を受けよ、と言うことなら断れんがな』
罰せられて当然だ、とカノンは思っていた。
己の野望の為にポセイドンの名を利用し、数多の海闘士達を犠牲にしてしまった。
目の前にいるクリシュナを含む海将軍達をも。
三界による同盟が結ばれた為に聖戦において死した闘士達には再び生が与えられはしたが、だからと言って消える罪ではない。
まして、闘士以外の
地上に齎した大雨により命を失った者達は誰一人蘇ってはいないのだ。
己の命で償える罪ではないが、神が罰を与えると言うならば命すら捨てる覚悟は出来ていた。
『海龍の鱗衣は未だお前を主と定めている』
『馬鹿な・・・オレはポセイドンを欺いたばかりか、今は聖闘士としてアテナに忠誠を誓った身だ。そんなオレを鱗衣が主と認める訳が無いだろう』
『お前がどう思おうとも、事実は変わらない。ポセイドン様もお前に対する処罰を口にした事すらない。今ある事実は、復旧がままならない北大西洋の柱を治す事が出来るのはお前しかしないと言う事だ』
この半年もの間。
他の海将軍達の力で復旧出来ないかと試行錯誤を繰り返していたがのだが、柱には目に見える変化は何も起こらなかった。
海皇ポセイドンの力は海の安寧の為にも全ての柱に等しく注がれなければならない。
復旧の為にと北大西洋の柱に余計に力を注ぐ事は出来ず、世界の海を支える結界は未だ不安定な状態のままだった。
『解った。オレで出来る事ならば何でもしよう。だが・・・すまないが今少し時間が欲しい』
『気に掛かるのはこの天馬星座の聖闘士か。龍星座の紫龍から掻い摘んだ説明は受けたが』
『星矢の為にと冥王が余計な者達まで復活させたが為に少々厄介な事になっていてな。今より教皇の間で今後の対策について話し合うところよ』
このタイミングで海界まで絡んで欲しくない、と言うのがカノンの正直な気持ちだった。
『そうか・・・』
『・・・やはり、急いだ方が良いのだろうな』
クリシュナの様子から海界の結界は深刻な状態なのだろうかと考えたカノンだったが、クリシュナの口から発せられたのはカノンの杞憂とは全く別の事だった。
『いや、お前の事は問題ないだろう。ただポセイドン様が・・・な」
『何かあったのか?』
『天馬星座は自分の子であるペガサスの生まれ変わりの為、海界に連れて帰れと仰っている』
『星矢を海界にだと?そんな事を此処の聖闘士達が許すわけが無い。下手をすれば同盟に罅が入る事になりかねんぞ』
『それくらい理解している。ましてこの様な状態で連れては行けないだろう』
どうすれば双方丸く治める事が出来るのか。
あの我が儘な2人の神が納得する結果を齎せるのか。
カノンとクリシュナは揃って頭を悩ませるのだった。