半神の願い scene-14
声の主が姿を現すと、星矢の顔色が眼に見えて青褪める。
「意外と元気そうじゃないか。なら今日はスターヒルの絶壁を手だけで登ってみるかい?何、私でも登れたんだ。多少、筋肉が衰えたからって登れないもんじゃないよ」
今の星矢にそれは無理です。
と、その場の誰もが思ったが魔鈴の気配がそれを口に出す事を留まらせていた。
何かを言おうものなら、全てが倍になって返ってきそうな気がしてならない。
「無理無理無理無理!絶対に無理だって!!」
首を千切れん程に左右に振る星矢の姿が憐れでならない。
「そうかい?私はハーデスと戦うよりは断然楽だと思うけどねぇ」
「せめてもう少し身体が動くようになってからにしてくれよ・・・」
「仕方ないね。なら」
「なぁ、魔鈴。星矢達も今日聖域に着いたばかりだ。今日くらいはゆっくりさせてやっても良いんじゃないか?」
アイオリアが助け舟を出すが、仮面越しでも解る程に鋭く睨まれる。
「アイオリア。星矢を甘やかすんじゃないって何度言ったら解るんだい?筋肉なんてものはね、使わなけりゃ衰える一方だってアンタだって解ってるだろ?動けるようになったんなら少しでも早く鍛錬を始めるべきなんだよ」
「それは解るがのぅ・・・今は精々、聖域の外周を20周程度にしてやらんか?」
魔鈴の言葉に答えた声はアイオリアではなく、魔鈴の背後から聞こえた。
「童虎!」
助け舟なのかそうではないのか判断に困る内容ではあったが、星矢にとっては前者であった事が星矢の声音からも解った。
「つい話し込んでしもうたワシも悪いが、動くなとあれ程言ったじゃろう。星矢、お主も走る程度ならなんとかなろう?」
星矢は少し考えると首を縦に振った。
時間を区切られてしまったら無理だが、時間をかければ何とかなるかも知れないと考えたのだ。
「紫龍、お主らは星矢が無理をせんよう、付いて行ってやるがよい。お主らが無理だと判断したらその場で中止して連れて返ってくるのじゃぞ」
最も、童虎は今の星矢には1周すら難しいと解っている。
それでも周回数が少なければ魔鈴から抗議が来る事は目に見えているので、無理を承知で20周と言う課題を課したのだった。
「童虎様がそうおっしゃるのでしたら。いいかい、星矢。手を抜くんじゃないよ!」
「解ってるよ。あ、でも先に教皇の所に」
「教皇様」
「うっ・・・教皇様の所に行かないとならないんだろ?」
「それなら緊急の事案が入ったとかでお前は後回しになったよ。だからグズグズしていないでさっさと行きな!」
「解ったよ!紫龍、氷河、瞬、行こうぜ」
「では老師。失礼致します」
「うむ」
自分の足で行こうとする星矢を車椅子に押しとどめつつ聖域の境界へと向かう青銅聖闘士たちを見送り、その姿が見えなくなると木陰に姿を隠していた者達が童虎らの許に集まってきた。
「老師、この方々が?」
「そうじゃ。先に紹介しておくかの。こやつが」
「おばさん、テ・・・天馬星座に冷たいんじゃないか?」
童虎の言葉を遮ったのはレグルスだった。
その言葉に周囲の温度が一瞬にして下がったのは気のせいではないだろう。
「デジェル。こんな所で凍気だすなよ」
「カルディア・・・少しは場の空気と言うものを読め」
凍気を操る黄金聖闘士からしても、此処まで薄ら寒い不気味な冷気を感じた覚えは無い。
「・・・誰が、おばさん、だって?」
「おばさんって言ったら此処には1人しか居ないだろ」
こんな時、仮面と言うものは邪魔以外の何物でもなかった。
表情も読めず、フォローしようにも顔が解らない以上それ以外で年齢を判断しなければならない。
しかし聖闘士は男女関わらず外見と年齢が一致しない者も少なくないので、顔以外で判断するのは難しい。
沈黙が訪れる中、口を開いたのは魔鈴だった。
「童虎様」
「な、なんじゃ」
「この見た目の割りには精神年齢が低く言葉の使い方を知らない初対面の人間に対する礼儀のなっていない子供はどなたですか?」
表情が見えずとも皆が確信した。
きっと仮面の下は笑顔なのだろうと。
それも
とてつもない怒気を秘めた。
(初対面の礼儀云々は星矢にも言えると思うが・・・)
それが星矢らしいと言えばそうなのだが、師の発言としては矛盾していないだろうかとアイオリアが考えていると魔鈴の視線が自分に向いている事に気付く。
「アイオリア、目は口ほどにものを言う、って知っているかい?」
「す、すまん・・・」
「星矢のアレは初対面の印象が悪かったからさ。白銀聖闘士、黄金聖闘士の殆どが敵に回ってたんだからね。敵に対して礼儀正しくしろってのが無理ってもんだろ?教皇様に対してもあの子との初対面は聖闘士と冥闘士の関係だったんだ。その上アテナ様に関しちゃ幼少時のトラウマってもんだろうよ。中々直るもんじゃない。そこの子供と一緒にするんじゃないよ」
「た、確かにな・・・」
今生の星矢に関しては冥王との戦いしかハーデスから知らされていない先の黄金聖闘士達には解らない話ではあったが、アイオリアの反応から相当なことがあったのだろうとは思えた。
そしてこのまま魔鈴の標的がレグルスからアイオリアへと逸れたままでいて欲しい、というこの場にいる大半の者の願いは叶う事が無かった。
「誰が子供だよ!おば」
本人の余計な一言によって。
珍しく慌てたシジフォスがレグルスの口を押さえるも、僅かに間に合わなかったのだった。
「・・・また言ったね。いいかい、私はまだ17だよ!」