半神の願い scene-15
「・・・嘘だろ・・・」
声に出してからマニゴルドは慌てて自分の口を押さえた。
「嘘だと思われるのでしたら、教皇様にでも誰にでも確認して下さって結構ですが?」
その場の視線がアイオリアに注がれる。
「間違いなく。魔鈴は17です」
「え・・・じゃあオレと2つしか・・・」
レグルスは恐る恐る視線を魔鈴へと向けた。
仮面の下の素顔など見えなくても、醸し出される雰囲気だけで解る事がある。
「レグルスも先程の貴女と天馬星座の会話から今生の天馬星座の師だと思った次第。誤った認識を持ってしまい申し訳ない」
シジフォスの謝罪に、多少ではあるが魔鈴の小宇宙が和らいだと感じたのも束の間。
「天馬星座の姉弟子に当たる方に対するレグルスの暴言に関しては、我々の方でも十分に注意すると約束しよう」
「・・・姉弟子・・・?」
ピクリ、と魔鈴の方が動くのを童虎は見逃さなかった。
「シ、シジフォス!魔鈴は正真正銘、星矢の師じゃ!」
「・・・童虎。彼女は17なのだろう?流石にそれは無理がある」
「無理・・・?」
童虎はシジフォスがレグルスと叔父甥の関係であった事を思い出し、頭が痛くなった。
似なくて良いところが似てしまっている。
「魔鈴、落ち着け。オレが説明するから、な?」
アイオリアの言葉を聞き、心を落ち着かせるかのように魔鈴は溜め息を一つ吐いた。
「そうだね。これ以上ここで平静を保てる自信がないよ。アイオリア、しっかり説明しておくんだよ。私は先に教皇様のところへ報告に戻る」
聞き方によっては命令するかの様な魔鈴の言葉をアイオリアは慣れているのか全く気にせず、その後ろ姿を見送った。
「名乗らず失礼しました。私は獅子座のアイオリア。先程の聖闘士は鷲星座の魔鈴と申しまして、天馬星座の星矢を7年前より導いている師でもあります」
「おいおい、じゃあ何か?あの姉ちゃんは10かそこらで弟子を持ったってのか?!」
「黄金聖闘士でもないというのに幾らなんでも早すぎだろう」
「今は聖衣を授かる前でも弟子が持てるものなのか?」
マニゴルド、アルデバラン、デジェルらが矢継ぎ早にアイオリアに向けて質問を飛ばしてくるが、アイオリアはこれが正常な反応であることを承知している。
アイオリアとて魔鈴が弟子を持ったと知った時は驚いたのだ。
「魔鈴は女聖闘士屈指の実力者でな。その歳には既に鷲星座の白銀聖闘士だったんじゃよ」
アイオリアと童虎の説明を受け、シジフォスは自分の言葉と魔鈴の反応を思い返していた。
シジフォスは魔鈴の年齢を聞き【天馬星座の師匠と間違えた事】を謝罪してしまったのだ。
しかし、魔鈴はそのシジフォスの勘違いしたままの謝罪を【天馬星座の師匠ならば年齢が高いと思った事】に対するものだと受け取っていた。その為に一旦は小宇宙が和らいだのである。
そんな魔鈴に対して続けた己の言葉がどれだけ彼女のプライドを傷つけた事か。
シジフォスが元とは言え黄金聖闘士でさえなければ、怒りをぶつける事も出来ただろう。
だが魔鈴はアイオリアとレグルス以外に向けて乱暴な言葉を吐く事は無かった。
「以前の聖域がどの様な所だったのかは私には分かりませんが、魔鈴も星矢も東洋人と言うだけで蔑視されてきました。だからこそ、彼女は周囲から見れば非道とも取られかねない鍛錬を星矢に命じ、星矢が心無い者達に負けぬようにと育ててきたのです。星矢も当初は反抗していましたが、幼いながらに魔鈴の心情を理解したのでしょう。文句を言いつつも途中で挫ける事も無く魔鈴の指導について来ていました」
先程の2人の遣り取りも、一種のコミュニケーションの様なものだとアイオリアは先の黄金聖闘士達に伝えた。
魔鈴の過酷な鍛錬に星矢が文句を言い、時にはアイオリアが口を出して呆れた魔鈴が鍛錬の程度を若干ながらも落とす。
それは星矢の修行時代に幾度となく繰り返されていた。
「星矢には魔鈴と同い年の生き別れの姉がおったんじゃよ。魔鈴にも生き別れの弟がおってのぉ・・・ハーデスとの戦いの折には星矢の為にと誰にも、それこそアテナにすら見つける事が出来んかった星矢の姉を1人で見つけてきよった。この聖域で一番星矢を気にかけ、大切に思っているのは間違いなく魔鈴であろうな」
今現在、星矢の事をどれ程多くの人間が気に掛けていたとしても。
たとえ星矢の実の姉である星華が相手であったとしても。
魔鈴の星矢に対する思いと、星矢の為にと費やした時間に勝てる者はいないと童虎は思っていた。
「シジフォス・・・」
「なんだ?」
「オレ、ちゃんと謝りたい。けど・・・」
何をどう謝れば自分の今の気持ちが正しく相手に届くのかが、レグルスには解らなかった。
事情を知らない他人が口を出す事ではなかった上に、女性に対してとても失礼な事をしてしまったという認識はレグルスの中に生まれている。
しかし今までに経験の無い事なので、下手に謝って感情を逆撫でしてしまわないかが、心配だった。
「そうだな、オレも謝らなければならん」
謝る時は共に行こう、とシジフォスが頭を撫でるとレグルスは安心したかのように息を吐いた。