〜言の葉の部屋〜

偽りの教皇 16



「・・・一言で言えば・・・サガがそれを強く望んでいたからだ。尤も、本人も自覚してはいないがな」
 今まで、オレが殺した相手は自分が死ぬ事すら認識していない事が殆どだった。
 そうでないモノも此処ではじめに殺した兵達や先程のマリーナ達の様に殺される事への絶望を懐くのみで、オレに対しては畏怖の念しか向けて来ない。
 だが、サガは違った。
 オレに胸を貫かれながらも意識を保ち、言葉を放った。
 デスマスク達の、そしてサンクチュアリの全てのモノ達の為に。
 そして魂が身体から離れる時にオレはそれを感じ取ってしまった。
「強い後悔と生への渇望。死を意識した大抵のモノが死ぬ間際に持つ思いだろうが、アイツはそれをオレに向けてきた。まだ遣り残した事があるのだ、と」
「・・・何を勝手な事を・・・」
「そうだな。アイツに殺されたアンタの師もそう思っただろうし、アイオロス、お前も死を実感した時はまだ生きたいと思っただろう?」
「あぁ、出来れば自分がアテナを護りたかった。あの老人に任せるのではなく、オレ自身が生きて護りたいと思っていた」
 アイオロスのその時の想いもかなり強いモノだったのだろうな。
 でなければ、自身の魂を射手座のゴールドクロスに引き留めるなど出来やしない。
「・・・そしてオレはその時、既にサガと約束してしまっていたんだよ。『アンタの願いを引き受ける』ってな」
 そこまで言ってデスマスク達はオレが何故、何年も掛けてサガを説得したのかが解った様だった。
「約束した以上、オレはそれを果たす。例え・・・本人がそう望んだのだと自覚していなくても、な」
 双子座のゴールドクロスに魂を宿して自我を戻してからというもの、その最後の望みを自覚していないサガは「死んで罪を償う」のだと言ってきかなかった。
 それが本当の願いでは無いのだと知ってしまっているオレにはそのまま死なせてやる事は出来ず、面倒だと思いながらも生き返る様に説得する羽目になったんだが。
「でしたら、今回サガの望みに反したのは?」
「サガとの約束の期限がアテナに此処を返すまで、だったからだ」
「・・・では、貴方の行動は」
「自分以外の感情に流され、己のした約束に縛られているだけの事だ。今日の事もな」
 アテナに言った言葉に偽りは無い。
 【オレを必要としてくれたコイツ等】と【オレを慕ってくれるモノ達】を護る為なら、オレは惜しみなく力を使うだろう。
 だが・・・仮に遠巻きにこちらを見ているゴールドセイント達からオレを慕う気持ちが無くなり、オレを嫌悪し排除しようとしたなら・・・オレもまたアイツ等を嫌悪し排除しようとするだろう。
「それだけじゃねぇだろ・・・」
 ため息交じりの声の主に目を向ければ・・・何だ、その仕方ない奴だという目は。
「シュラ、ついでだ。あっちの馬鹿共も呼んで来い」
「親切に教えてやるつもりか?」
「じゃねぇと、またコイツ抱え込むぞ」
「なら、そこに隠れているアテナと海皇にも折角だから出て来てもらうか」
 アフロディーテの言葉に「あら?」とワザとらしい声を出しながら、木陰からアテナとポセイドンが姿を現す。
 居るのは解っていた事だが、一体デスマスクは何を話すつもりなんだ。
 教皇宮にゴールドセイントの下5人を呼びに行ったシュラがジェネラルまでをも引きつれて戻ってくると、もう一度溜め息を吐いた後にデスマスクは余計な事を話し始めた。
「あのな、お前等はコイツが何でサガの所に行ってやらないのかって思ってんだろうけどよ。コイツにとってこの距離が限界なんだ」
「限界だと?」
「弟である海龍を殺された事でサガの中にはこの人に対する憎しみが生れている」
「お前達も教皇が人の感情に左右されると聞かされただろう。これ以上近付けば・・・サガの憎しみに引き摺られてしまう」
 実は、その通りなんだな・・・これが。
 人の感情というモノは近付けば近付くほどに強くなる。
 オレがサガの憎しみに呑みこまれずに抑えていられる距離が丁度この教皇宮から双児宮の距離だった。
 それも、サガからオレへと向けられている憎悪をアイツはまだ子供なのだと思う事とオレの変化を知って苦しんでいるサガ自身の想いで何とか耐えている状態だ。
「他人の感情に流されてるだけだ、なんて言ってるけどよ。本当にそうなら、こんなに悩んだりしねぇだろ?コイツはこれまでに何度も、今みてぇに大事な所じゃ他人の感情に引き摺られない様に距離を取って踏ん張って来たんだよ」
「デス・・・オレの事は   
「いいからアンタは黙ってろ」
「君たち、特にアイオリアとミロは幼い頃に鍛錬の後や任務後の報告の時、教皇に傷の手当てをして貰っていただろう?」
「あぁ」
「ガキの頃は小宇宙の扱いがオレもアイオリアも苦手だったからな」
「・・・ディーテ」
「黙ってろとデスマスクに言われただろう?良いか、この人はムウの様な他人の傷を癒す術など持っていない」
「教皇はお前達の傷を全て己に移していた」
 シュラの言葉に覚えのあるモノ   ゴールドセイントの下5人は目を見開いていた。
 任務で追うような傷は極小さなモノばかりだったが、普段の鍛錬で負う傷は時にはかなり大きなモノだった。
 小さな子供がそれに耐える姿が余りにも痛ましく、つい手を出してしまったんだが・・・今、それをばらす必要性があるのか?
「コイツはサガの事を聖域の被害者だって言ってだけどな、オレ達から言わせりゃ・・・コイツこそが一番の被害者なんだよ」
「とはいえ、本人には全くその自覚が無い」
「尤も・・・この人を被害者にしてしまったのも私達なのだけれどね」
 オレが被害者、か。
 何処を如何考えたら、そんな結論になるのか。
「オレは加害者にはなれても被害者にはなれん」
「・・・だからアンタは馬鹿なんだよ。今、此処にいるヤツ等の中でアンタだけが本来ならこんな面倒に係わらなくても済んだんだ。いい加減に   
「お前達はオレの言葉や成す事で心を痛めてきた。オレが良かれと思ってやった事が結果的にお前達を傷つけている。だから、オレが加害者なんだ」
 何も、傷は目に見えるモノだけじゃない。
「人で無し、とはよく言ったモノだな・・・お前達がオレの行動で傷付いても、それがオレを思っての事だと解ると嬉しくなる。そう思う度に・・・オレはやはり人とは違うのだと思い知らされる。人を傷つけるだけの存在でしかないのだと」
 目に見える傷は幾らでも引き受ける事が出来るが   目に見えない心の傷は引き受けてやる事が出来ない。
 一生、残る事に成ろうとも。
 だからオレは、コイツ等がオレ以外の事で傷付かない様にとやれる事はやってきた。
 その結果・・・コイツ等を傷つける事もあるのだと知らずに。
「今こうして告げる一言一言もお前達を苦しめている。そう解っていても嘘が付けないオレには自分の思っている事すら誤魔化す術がない」
 出来る限り苦しめなくて済む様にと思っていても、代わりとなる言葉が見つからなければ、思ったままを伝えるか、沈黙しか術がない。
「オレ達は傷付いてなんていねぇよ」
「確かに痛みはある。貴方が哀しい言葉を紡ぐ度に、私達が此処に縛り付けたりしなければ良かったのだと過去を振り返ってしまう。それでも私達は貴方に傷つけられたと思った事は無い」
「教皇・・・貴方は俺達を特別だと言ってくれたが、俺達にとっても貴方は特別な存在だ。貴方だけが   俺達を年相応の、黄金聖闘士ではなくただの子供として扱ってくれた」
「最初は不思議だったんだよな。任務なんて出来て当たり前、聖闘士の頂点なんだから何でも出来て当たり前だったってのに・・・アンタは事ある毎に良くできた、無理をさせたって頭撫でてきやがってさ」
「貴方にとっては些細な行動だったのかも知れない。それでも私達3人はそれが嬉しかった。黄金聖闘士の候補生として聖域に連れて来られた日から・・・いや、それ以前からも縁の無かった【愛情】とはこういうものなのかと。初めて貴方に頭を撫でられた日は嬉しくて中々寝る事が出来なかった事を私は昨日の事の様に覚えている」
 些細な行動、か。
 そんな訳がない。
 いつもならばオレを見る度に強い罪悪感に蝕まれるお前達の心が、頭を撫でてやった程度の事で喜びに満ちた。
 たった一時であったとしても、お前達の心を軽くしてやれるのだと解ったからこそ、何かにつけてやっていたんだからな。
「ミロ。テメェも覚えがあんだろ?」
「・・・オレ?」
「初めて任務を終えて戻った日の事を覚えているか?」
「当たり前だ!訳も解らずデスマスクに階段から蹴り落とされたんだからな!」
 シュラの求めていた答えとは違ったが為に、呆れた溜め息が3人の口から同時に零れる。
 ・・・オレは良く覚えている。
 当時、他のセイントに比べて体格の小さかったミロが簡単だが初めての任務を終えて誇らしげに帰ってきた時の事を。
 余りにも「オレは頑張った!」という顔をしていたのでつい、デスマスク達に遣っていた様にしてしまった。
「ありゃ、テメェが悪いんだ」
「何だと?」
「教皇様に褒められて頭を撫でて貰ったのだと、普段は近寄りもしない私達にそれはもう嬉しそうに報告してきたのだよ。君は」
「あの頃の俺達は自分達だけの特権だと思っていたからな」
「んで、ムショーに腹が立って蹴り飛ばしたって訳だ。まさかそっちを覚えてて肝心な事は忘れてたとはなぁ・・・」
 そう、ミロを帰した後にコイツ等の不満がこの教皇宮と双魚宮の距離があったにも関わらず伝わってきた。
 それでオレはミロに余計な事をしてしまったのだと気付かされたんだったな。
「まぁ、ミロは置いておいてだな。何が言いてえかってぇと・・・コイツはサガと約束しちまっただけだってのに、オレ達やお前等の事をちゃんと見てくれてたって事だ」
「貴方は先程、自分を人で無しだと言った。だが、私達が貴方を心配する気持ちを嬉しいと思ってしまった事が人で無しなのだとしたら・・・私達の方が人で無しだ」
「教皇を続ける限り・・・此処に居る限り、俺達の代わりに傷を負うのだろうと解っていながらも、アテナが貴方を教皇にと引き留めた時に嬉しく思ってしまった。結果が・・・その右腕だ」
 シュラの言葉に一斉に向けられた視線は、迂闊もにムウに治療を施された時のまま晒していた右腕に集まっていた。
 同時に伝わってくる罪悪感。
 オレは・・・お前達にそんな思いをさせたくて、腕をちぎった訳じゃないんだがな。
「アンタは本当に自分の事に無頓着過ぎんだよ。聖域の被害者なのも、今一番身体だけじゃ無くて心まで傷付いてんのも、コイツ等でもオレ等でもサガでもなくアンタだろ?こんな時くらい、オレ等を頼れってんだ。サガの事はオレ達とコイツ等に任せて、アンタは傷を治す事に集中してりゃいんだよ」
 オレが被害者だとまだいうのか。
 それに・・・オレが傷付いている、だと?
「クッ・・・ハハハハハっ!そうか、オレは傷付いていたのか」
 人を傷つけていると言う自覚はあったが、流石に自分が傷付いているのだと考えた事も無かったな。
「そうか・・・そうだったのか・・・」
 あんな話の流れで笑っているオレを信じられないモノを見る目。
 だが、デスマスク達だけは違った。

 仕方のない奴だ、とまるでオレの気持ちが解っているかの様な表情をしていた。




← 15 Back 星座の部屋へ戻る Next 17 →