偽りの教皇 13
「・・・まさかリュムナデスを蘇らせてしまうとはな・・・」
「これでアンタの結界の維持には問題がないだろう?」
損傷の少ないリュムナデスの遺骸の修復は短時間で終わり、デスマスクも黄泉平坂で無事にリュムナデスの魂を見つけて帰って来た。
戻った時に「リュムナデスの外見ぐらい教えておけや、コラァ!」と怒られはしたが・・・聞かずに行ったのはアイツだと言うのにな・・・
「さて・・・教皇として交渉を再開したいのは山々なんだが・・・」
オレの視線の先では未だにサガとシードラゴンが睨み合いを続けている。
そして視線を少しずらせば、デスマスク等4人が戦闘を行っていた場所の崩れた岩などを懸命に退かしている姿があった。
「何をさせている?」
「オレの右腕と教皇のローブと兜をあの辺りに放って置いたんだが、アイツ等の戦闘で何処に行ったか解らなくなってな。流石に【オレ】の状態でアンタと停戦交渉をする訳にはいかないだろう?」
「我は気にせぬが、確かに今の其方と教皇は全くの別人よな」
「別人って訳じゃないんだが・・・嘘を吐けないオレが12年以上もの間、周りを欺いた弊害だろうな。教皇としての正しい姿勢を持った状態を作り出さなければ、オレも遣って行けなかったって事だ。この上、更に人を騙すと伝承されているリュムナデスの化身なんざ纏ったとしたら・・・オレ自身、どうなるか解らなくてな。だからリュムナデスを蘇らせる事にした」
「アヤツは其方ではなく、目の前の兄が教皇に成りすましていると思っていた様だがな」
面白い玩具を見つけた子供の様な視線をポセイドンはシードラゴンへと向けている。
コイツは・・・全部知っていた上で、勝手にさせていたと言う事か。
「神を謀ろうと考える人間の愚かさは、見ていて愉快なものよ」
「それをアイツに教えてやれ。アンタみたいなのが居るからオレは神が嫌いなんだ・・・」
「神が嫌い、か。神を前に口に出来るとはな」
「いくら神の感情が解り難いとはいえ、今のアンタからは欠片も敵意が感じられないからな。友好的な内に言いたい事は言わせて貰うさ」
「其方、教皇なぞは辞めて海底神殿に来る気は起らぬか?」
「教皇を辞める気は無い。オレはアイツ等を護ると約束しているからな。アンタは何でオレを引き抜こうとするんだ」
「其方の様な力を持つ者を、神が放って置く訳が無いであろう。我が愚兄ですら死者を冥闘士ではなく、再び人として蘇生させるは困難だと聞く。それを安易に遣って退ける其方の力は我でも抑えられぬだろうからな。なればこそ、自陣に引き入れねば安心出来ぬ」
安心できない、か。
オレは神が嫌いだとはっきり言ってやっただろうに。
嫌いなヤツと進んで関わり合うような趣味は持ち合わせていないんだが・・・
「アンタがアイツ等に
サンクチュアリに手を出さないならアンタ達相手に使うような事はしないと約束する事は出来るがな」
「約束だと?」
「あぁ。約束と言う名の縛りだ。オレは嘘が吐けないと言っただろう?破れば嘘を吐いた事になる。今の自分の状況を鑑みれば・・・破った場合は精神や思考に異常をきたす可能性が高いな」
「正気を失うか」
「さぁな。先頃、不可抗力で破った時に一種の情緒不安定な状態になり、言わなくても良い事を口走ってしまった事からの予測に過ぎないんで何とも言えん」
・・・あの時、何であんな事まで口走ったのか。
後になって考えても原因はそれしか思いつかない。
誰にも必要とされなかった、なんて弱音をアイツ等に聞かせるつもりなんざ無かったってのにな。
アイツ等もあの時の事を問い返すような事はしてこないが・・・二度と聞かせて溜まるか。
「真実ならば、海界に対する脅威は無くなるという事だな」
「証に何か渡すか?」
「いらぬわ。その腕とて詫びでは無く海龍の真意を探る為であろう。其方は一度も詫びだとは申しておらぬ」
「思わぬ所で役には立ったがな。一瞬触れただけで右腕が襤褸切れの様になったあの鉾を腕が繋がっている状態で掴んでいたら何処まで破壊されていたか」
「右半身は無くなっていたであろうよ」
「だろうな。ならば、腕の一本でも差し出せと言ったシードラゴンに礼をしないとならない、か」
交渉を再開する以上、いつまでもアイツ等2人に睨み合いをさせている訳にはいかない。
ゴールドセイントの筆頭とジェネラルの筆頭。
それも肉親だと言うのだからな。
「そろそろヘッドパーツで隠した顔を晒して、話し合いでもしたらどうだ?ポセイドンはアンタの企みを全て知っている。これ以上、睨み合いを続けても戦いが再開される可能性は低いんだが?」
オレの言葉には一瞥するだけで直ぐに視線をサガに戻す、か。
随分恨まれているな・・・サガ。
「相手の予測は付いているんだろう?」
「私の・・・双子の弟だ」
「通りでコスモまでそっくりな訳か。険悪な理由に心当たりは?」
「・・・私の責任だ」
こいつが何かオレに隠している事があるのは解っていた事だが。
「お前は溜め込むと碌な事にはならないと解っているだろう」
言って良いのか、黙って自分だけでけりを付けようか。
そんな事を悩むなと頭を撫でてやれば、やっと話す決心がついだ様だ。
本当に手の掛かる末っ子だよ、お前は。
「弟は・・・カノンは・・・13年前、この場所で行方知れずになった。私が・・・此処の牢に閉じ込め・・・そのまま・・・」
「行方知れず、か。閉じ込めたのも別の意図があったからだろう」
サガの言葉にシードラゴンから暗い声が返ってくる。
ポセイドンに開戦を促していた時とは違う、重く暗い、闇の感情に染められた声。
こんな声を人が発する事が出来るとはな。
「葬ろうとしたのだろう?この牢に入れられ何日も生きられる者は稀だ。それを解っていて貴様はオレを此処に閉じ込めた。己の悪を暴かれたくない、その一心でな」
「カノンの言う通りだ・・・私は怖かった・・・カノンに自分の中の悪を指摘さるのが・・・だからカノンを遠ざけたかった!死ぬと解っていても・・・此処に入れずにはいられなかった・・・」
コイツはサガの中の闇に気付いていたのか。
そしてそれをサガ自身に認めさせようとして
失敗した。
「あの頃のお前なら、そうするだろうな。だが、今は後ろめたい事でもハッキリと言葉に出来ただろう?何せ・・・あの頃のお前はオレが殺したんだからな」
言えばサガは顔を上げ、シードラゴンの
カノンの感情がオレに向けられてきた。
やはりそうか。
ポセイドンの言葉を聞いた時から、「カノンはサガが教皇だと思っていた」と聞いた時からもしやとは思っていたんだが。
「聞こえなかったか?カノン・・・お前の知っているサガは12年程前にオレに殺された」
「・・・っ・・・戯言を!」
「オレが死者を蘇らせる事が出来るのを見ていなかったのか?お前の兄が教皇の座を得て半年たった頃だったか・・・あの夜、あそこに居る3人のゴールドセイントの目の前でオレがサガを殺して教皇の座に付いた。残念だったな、カノン。お前が復讐したかった、お前が殺したかったサガはこの世に存在しない。お前も薄々気づいているのだろう?今、此処に存在するのは己の中の悪を認め、それと一体化し、お前を真っ直ぐ見つめる事の出来るサガだけだ。己の中の悪を認めぬ、お前の存在を否定し、お前を見ようとしなかったサガはこの世の何処にも
」
「黙れ!」
「カノン!!」
こういう所も兄弟、だな。
都合の悪い事を言われた途端に
殺意を向けてくる。
「お前とアイツは本当にそっくりだよ・・・カノン」
「グッ・・・」
「あの日のサガも今のお前と同じ様にオレに胸を貫かれて死んだ。オレの忠告を無視して、殺意を向けてきた。お前も一度、魂の状態で心を休めながら周りを見てみろ。お前が望むなら、再び生を与えてやる」
「ふざ・・・けるなっ!」
「ふざけてはいないさ。お前が
13年前のお前が本当にサガに伝えたかったのは何だったのか。それを思い出せ。お前はサガが憎くて悪を指摘した訳では無いだろう?悪を指摘したお前をサガが此処に閉じ込めた事が悲しかったのだろう?今、此処にいるサガは己の中の闇を認め、一つとなったサガだ。だからお前も・・・想いの根源を、己の中の光を認めろ。この13年の間、心の底に押し込めてきたお前の中にある善の心を、な」
オレが腕を引き抜き崩れ落ちるカノンの身体を、慌てて駆け寄ってきたサガが支えた。
「シン・・・カノンの事は私に任せると言っただろう!」
・・・あぁ、そうだったな。
確かにオレはお前に任せると言った。
「悪かったな、サガ・・・ポセイドン殿、シードラゴンが再び生を得る日まで私が役目を代行するゆえ、この場はお見逃し願えるか?」
オレの口から出る言葉にアイオロスやデスマスク達・・・そしてサガまでもが不思議なモノを見る目でオレを見つめている。
「其方も無事ではないようだな」
「【私】と【オレ】の境界が若干緩くなった様だが、吐いた嘘の代価にすれば安いものよ」
「任せた者がどうにも出来ぬ場を他の者が対処するのは当然の事だろうに・・・其方は人の子の一言でそれすらも嘘と認識してしまったのだな」
「人の子の・・・一言だと?」
この神は余計な事を言ってくれる。
「ポセイドン殿、それ以上は
」
「貴様の一言よ。自分に任せると言ったであろう、とこの者に詰め寄ったではないか」
「私・・・の?」
「気にするな、サガ。オレも知らなかった事だ」
本当はオレが嘘を吐いたと認識していないだけで他にもあるのかも知れないがな・・・
「お前に任せきれなかったオレが悪い。それにな、どうにもお前達と話している時は普段通りの様だ。状況としては、教皇の立場で話す必要があるとオレが思った時に兜抜きでスイッチが入る様になった、と言う感じだろう。うん、前の状況より便利になったと思えないか?」
「そりゃ・・・ありがてぇかも?」
・・・何故此処でデスマスクが有難がるんだ?
他の3人を見ればアイオロスとアフロディーテは苦笑いをし、シュラは視線を逸らす始末。
「いや、うん。アンタの腕と兜とローブを見つけはしたんだよ」
「あったのか。なら
」
「ありはしたんだけどな・・・聖衣でもない兜とローブはおしゃかになってたんだよな、これが」
「・・・腕はどうなった」
「多分これ?」
疑問形で言うな・・・と思ったが、疑問形になるのも仕方が無い程、原型を止めていなかった。
ポセイドンの鉾に触れた後はもう少しマシだったんだがな。
ローブと兜に関してはセイントの攻撃に耐えられるとは思っていなかったが・・・ローブはまだしも兜に予備があったか・・・?
「腕は・・・まぁ、時間はかかるが何とかなるだろう」
自分の右腕だったモノとカノンを力で包み込む。
これでこっちは大丈夫だが、捕まえておいたカノンの魂を何処に入れておくかだな。
「ポセイドン殿、カノンが戻るまでシードラゴンのスケイルをサンクチュアリでお預りしても宜しいか?」
「条件次第だな」
・・・まだ何か望むのか、この神は。
「我が軍の筆頭を預けるのだ。聖域の連中がおかしな事をせぬ様、海将軍の聖域への立ち入り及び行動の自由を保障してもらおう」
「・・・流石にそれは私の一存で答える事は出来かねる。アテナとの場を設ける故、そちらにて交渉願えまいか」
サガとカノンの為にもオレとしては受け入れても構わない条件なんだが勝手にこれを了承した場合、あの女神が眉根を寄せそうだからな。
「そうか。ならば此方はあの小娘への条件としよう」
此方は・・・か。
・・・嫌な予感がするんだがな・・・