〜言の葉の部屋〜

偽りの教皇 08



「あの・・・少し宜しいですか?」
「何でしょうか?」
「貴方の話を聞く限りですと・・・貴方は神族より上位の存在なのではないのですか?」
「そう言われましても、私には何を持って上位と位置づけられるのかが解りませぬゆえ、何ともお答え出来ませんな」
 目を覚ましてから2週間経ち、やっとオレはムウから仕事へ復帰する許可を得る事が出来た。
 あの日から1ヶ月が過ぎている為、早々に仕事を片付けたかったんだが教皇として先ず初めにオレは性悪女神とセイント達に自分の事を話す事にした。
 オレはデスマスク達だけでも良いかと思っていたんだが、アイツ等に「また謹慎処分にされたくない」と言われ、性悪女神とオレが教皇である事を知るセイント達全てに話す事になった。
「何が上で何が下なのか。それは私が決めたのでは無く、生まれ出た【意思を持った存在】達が決めた事。私自身にはそのような上下の感覚は備わっておりませぬ。尤も、様々な種族を経験する内に子供は守らねばならぬ存在だと言う感覚は生まれましたが・・・それもまた、保護を求める子供等の感覚に強く引っ張られただけのやも知れませぬゆえ・・・あの頃の私が私の意思で行ったとはっきりと言えるのは、何もこの世に存在しなかった時の気持ちだけでしょうな」
 【人】が増え始めた世界からはそれまで存在していた数多の【人】以外の種族が減ってゆき、繰り返しだが繰り返しでは無い状況が段々と繰り返されるだけの状況へと変わっていったのをオレは思い出していた。
「【人】の増えた世の中で私の力を知った【人】達は、私を忌み嫌いながらも私の力だけを求めました。私自身では無く、その力だけを欲したモノ達は私の器が死に面した時、力が失われる事を惜しむと同時に私が居なくなる事に安堵を抱いてもおりました。幾度もその様な事が繰り返されるうちに・・・私自身は誰にも何にも必要とされてないのだと考えるようになり・・・一つ所に留まらず、自由気ままに次元の断層を渡り歩く日々を過ごすようになったのです」
 そう、何もする事の無い暇な日々。
 誰からも必要とされない日々。
 そうなった時に初めて   今まで自分が懐いていた感情が本当に自分のモノなのかが疑わしくなった。
 周囲の感情に左右される事は早い内に自分でも理解していた。
 初めて殺意を向けられ、意識もせずに相手を殺してしまっていたその時から。
 だがそれでも、厭きない、楽しい日々だと感じていたのは自分の心だと思っていた。
 それが・・・解らなくなっていた。
「ですが此処へ来て、あの子等は私の力では無く私の存在を必要としてくれました。教皇の振りが出来る大人が欲しかったのだとしても・・・私が力を振う事を望むのでは無く、私が其処に居る事だけを」
 サガには申し訳ないが・・・オレはサガから子供等を託された時、コイツもまたオレの力だけを必要としているのだと感じていた。
 たった一言   もう1人のサガを殺した強さがあると口にした瞬間に。
 だがデスマスク達は違った。
 オレの力を恐れながら、オレの存在を必要とした。
 オレの存在を恐れながら、オレの力を必要とした今までのモノ達とは逆の想い。
「それを私は嬉しく・・・そう、子供達は後悔を懐いていると言うのに私は嬉しいと感じていたのです」
 本来ならば子供達の後悔の念に引き摺られてしまう筈だと言うのに。
「アテナ。私は私に自身の感情を齎し、私を必要としてくれたあの子等を、そして此処にいる私を慕ってくれている子等を護る為でしたら、力を惜しむ事無く使いましょう。何卒・・・聖戦の折には私を真っ先に敵陣へと向かわせて頂きたい。子を護るは親の役目。必ずや私一人で片を付けてまいりますゆえ・・・お約束いただけますかな?」
「・・・神を相手に一人で戦うと言われるのですね」
「然様。封じた力を解けば、なんら問題はありませぬ。尤も、戦う前に交渉はしてみるつもりでおります。他の神々に目を付けられるような面倒は避けたいですからな」
 オレだけが目を付けられるならば構わないが、此処に居るコイツ等を守る為となればコイツ等までもが目を付けられかねない。
 極力、神の目に留まらない様に力のセーブはするつもりだが・・・交渉で大人しくしてくれるならそれに越した事は無い。
「何を言っても・・・無駄ですか?」
「そうですな。何せこれは私が       オレが自分で決めた事だ。これだけは誰の感情にも左右させるつもりは無い。例えその感情の持ち主がコイツ等でも、な。性悪女神はそこで大人しく座ってろ。相手がアンタの父親だったとしても、オレは必ずコイツ等もアンタも此処も護ってやると約束する」
『そんな事をゆうて、ワシと対峙した時の様になったらどうするつもりじゃ』
 絶妙な所で茶々を入れて来るな、アンタは。
「アンタ程、想いの強い相手は居ないだろ?それに、あの時はアンタの護りたいモノとオレの護りたいモノが同じだったからだ。だからオレはそれを護る為にはオレが死ぬ必要があると想ったに過ぎない。条件が悪かっただけの話しなんだよ」
 それに敵として対峙する相手の死ねと言う感情には殺意が纏わりつく。
 必然的に・・・死ぬのは相手の方なんだとドウコなら解る筈なんだがな。
『ならば、二度と自害はせぬと?』
「・・・そうだな・・・此処に居るヤツ等にそう願われたらするかも知れないが、それ以外では無いだろうさ」
『ふむ・・・せぬとは言えぬか。難儀な性格じゃのぉ、お主は』
「それだけコイツ等の想いに依存してるって事だ。あぁ・・・アンタに死ねと思われても同じ事をするかも知れないな」
『む・・・それは勘弁願いたい。ワシも二度とそやつ等から説教は聞きたくないでな』
「アンタには悪いが・・・オレがアンタの心配していた通りマセイとかに選ばれたら遠慮なくコイツ等の為に死ねと願ってくれ。ハーデスの手先になるくらいなら、死んで次の器に宿った方が遥かにマシだ」
『いや、お主なら例え魔星に選ばれようとも、そやつ等の不利になるような事はするまい』
「オレもそう思ってはいる。万が一の場合の話だ」
 性悪女神とドウコを相手にしているオレに、後ろにいる口を挟めないヤツ等から様々な不満の念が飛んできている事に気付きつつ、オレは自分の意志をコイツ等に聞かせるのを止めなかった。
 後は性悪女神の一言を待つだけだ。
「・・・解りました」
「アテナ!?」
「ですが、条件を付けます。交渉の場には必ず黄金聖闘士を2名以上付き添わせる事。命を交渉の材料にしない事」
 その程度は仕方が無いな。
 交渉が決裂したとしてもアイツ等だけを逃がす術は幾らでもあるしな。
「その2点に関しては問題ない」
「それと   二度と私を性悪女神と呼ばないように」
 待て待て、それは条件にするような事じゃないだろう。
「・・・アンタ・・・気にしてたのか?」
「当たり前です!アンタ呼ばわりはまだ許せます。ですが、どうして会って2ヶ月にも満たないのに性悪性悪と言われなければならないのですか!」
「オレに教皇を続けさせるためにサガを盾にしたからに決まっているだろう。自業自得だ」
「〜〜〜〜〜〜星矢!貴方からも言ってやって下さい!」
「え、ちょ、オレ!?」
「瞬でも紫龍でも氷河でも一輝でもサガでもアイオロスでも誰でも構いません!」
 反論出来なくなったって所か。
 こういう所は【人】としての年相応で良いとは思うんだが、如何せん・・・神だと思うとな・・・
「あまり我儘を言って周りを困らせるな。性悪女神に加えて我儘女神と呼ぶぞ?それに取り敢えず女神と呼んでやっているだろう」
「・・・?取り敢えずとは如何いう意味だ?」
「どういう意味も何もサガ、オレが神を嫌っている事は話しただろう?本来なら性悪小娘、我儘小娘と言いたい所を女神にしてやっている。それに教皇として振る舞っている時はアテナと呼んでいるのだから問題は無いだろう」
 素面でアンタをアテナと呼ぶ気はオレには一切ない。
「でしたら!」
 何時もなら教皇   つまりオレが座っている椅子から立ち上がり足音が聞こえそうな勢いでオレの所まで来たと思えば・・・オレが脇に置いていた兜を持ち上げ、突き付けてきた。
「私の前ではずっと教皇でありなさい!」
 ・・・神の感情はオレには伝わり難かったんだが・・・
「なんだ、アンタも女の子だったんだな」
 子供達に良くやってやるように手の平で頭を軽く叩けば、顔を伏せる。
 うん、アイツ等が照れた時の反応と同じだな、これは。
「〜〜〜〜〜当たり前です!これでもお爺様が亡くなるまでは自分がアテナだなんて知らなかったのですから!」
「悪かったな。神の感情は人よりもオレに伝わり難いんだと教えておけば良かった。だがな、人に何かを頼む時に他の事象を盾に取るのは脅迫だろう?オレも人の事は言えんが、第一印象と言うのは結構大切なんだと覚えておけ」
 オレの言葉に何故かセイヤ達ブロンズ10兄弟が約1名を除いて頷いているんだが・・・今度詳しく話を聞いてみるか。
「教皇の時のオレはアンタをアテナとしてみる事が出来るが、素面のオレには出来ない。だが・・・13歳の人の子としてなら見てやれる。子供扱いされて良いなら、の話しだが」
 尤も、後ろには23になっても子供扱いをされている3人がいる上に、最年長のサガやアイオロスも精神的な面を考えてしまい子供扱いする事が多々あるから13歳なら子供扱いされても全く問題無いと思うんだがな。
「・・・13歳の・・・」
「あぁ。どうにもおかしいと思った事はあるんだが・・・アンタはまだアテナとしての使命に目覚めたばかりだろう?ドウコの役目を覚えて無かったのも、アテナとしての記憶が不完全だからだと推測しているんだが?」
 降臨した神が、赤ん坊の状態から育つのなら。
 それがサンクチュアリで育てられればアテナとしての使命を周囲から教えられ、おのずとアテナとして育ってゆくのだろうが・・・掻い摘んだ事情しか知らぬ一般人に預けられればそれも無理だろう。
 普通の少女として育てられ本人が言ったようにある日突然、お前はアテナだ、等と言われても・・・な。
 そんな状態でサンクチュアリに来たと思えば、見知らぬオレから性悪呼ばわり・・・確かに13歳の少女にはキツイ、か。
「アンタがアテナとして扱って欲しいと言うなら、望み通りオレはアンタの前では教皇として過ごすが・・・どうする?」
「〜〜〜〜〜知りません!」
 人間の少女としてみれば・・・結構感情が伝わってくるモノだな。
 まぁ・・・今の表情はオレじゃなくても丸わかりだと思うが。
 仕方ない。
 神ではなく娘が一人増えたと思う事にするか。




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