偽りの教皇 07
「貴様は何をやっている!」
死んだと思ったんだがなぁ・・・本気で。
中々器が死なない所か、流れ出た筈の血液が自分の意志以外で増やされ何事かと重くなっていた瞼を無理矢理開けば・・・早々にサガに怒鳴られた。
「何故だ!何故老師に真実を告げなかった!貴様は偽りは延べられないと言っていただろう!」
「嘘は吐いてないだろう?オレが教皇を殺したのは真実だ」
オレの声は届いているのか?
死にかけた器がこれ程までに声を出しにくいとは思わなかった。
サガの死に際の意志の強さは凄いモノだったんだな。
「老師が言っている教皇は私が
」
「違う。アレはお前ではなくサンクチュアリの闇が原因だ。お前もサンクチュアリの被害者に過ぎない。だから・・・訂正するのが面倒だった」
『面倒がらずに教えてくれた方がマシじゃったわい』
まだ水鏡が繋がっているのか?
『お主が自害などしよるから、ワシは小僧共に責められっぱなしじゃ。どうしてくれる』
「アンタがそれだけ、サンクチュアリと、アテナと、セイント達を大切にしているんだと説明しておいてやるよ。面倒がらずに、な」
ドウコから向けらえていた感情は、嘘の様に消えていた。
オレが意識を閉ざしている間に、誰かが13年前の真実を告げたのだろう。
ドウコからサガへと何とも言えない不安定な感情が向けられているのが解る。
『お主は・・・人なのじゃな?』
「・・・いや、自分が何なのかは解らない。オレが意識を持った時は闇しかなかった・・・」
『闇・・・冥界とは違うのか?』
「違うな。あれは冥界の様な騒々しい場所ではない。オレは・・・本当に自分が何なのか解らない。知っているヤツが居るなら教えて欲しいくらだ」
『何とも怪奇な存在じゃのぉ・・・』
「此処では亡霊扱いもされているからな。尤も、200年以上生きている人間を見るのはオレもアンタが初めてだ」
先程までの何かを含んだ様な笑いとは違う、ドウコ本来の笑顔が其処にはあった。
オレに対する蟠りが消えたのだろうが・・・そんなに簡単にオレを信じて良いのか?と言いたくなる。
「そこまで話せるなら、もう大丈夫ですね」
ドウコの笑みを見ていると、聞きなれない声がオレに語りかけてきた。
「・・・アンタは?」
「ジャミールの・・・いえ、牡羊座のムウと申します。星矢達と共に教皇の間へ入った途端に凄まじいものを見せられてしまいました」
「それは・・・すまなかったな。手当もアンタが?」
「えぇ。私はこういった小宇宙の使い方が得意ですので」
重くなった腕を動かし首筋に触れてみれば、オレが切り裂いた筈の個所は綺麗に塞がれていた。
こういったコスモの使い方が出来るヤツがサンクチュアリに増えてくれれば、怪我人の手当ても楽になるんだがな。
「・・・此処でセイントにそのコスモの使い方を教えてやってくれないか?そうすれば戦いが起きても生き残れる可能性が高くなる」
『ふむ、それは良い案じゃな。ムウよ、やってみてはどうじゃ?』
「老師・・・貴方は彼を認めると?」
『小僧共の話を聞く限りではそやつは巻き込まれたに過ぎんからのぉ・・・何より、教皇の座に就くように頼んだのが聖域を混乱させぬ様にと考えたデスマスク達だと言うのじゃから、何も知らぬ状態から良くやってくれたとしか言いようが無いわい』
アイツ等そこまで話したのか・・・
性悪女神を迎え入れる時にも、それだけは今後も誰にも言うなと言い聞かせた筈なんだがな・・・
「別に・・・大した事はしていない。本当に頑張っていたのはデス達だ。アイツ等の目の前でサガを殺したってのに、憎しみすら向けなかった・・・だから叱らないでやってくれ」
「・・・叱るって・・・オレらはもうガキじゃねぇんだけどな」
「何だ・・・戻っていたのか。オレから見ればドウコすら子供だ」
オレが意識を持ってからの時間を考えれば、誰もかれもが赤ん坊以下だ。
神であるアテナが産まれた神代より更に前から存在していたんだからな。
「ジジィが子供って・・・アンタ、何歳なんだよ」
「さぁな・・・元々時間の概念は余り無かったが・・・この器になってからは・・・」
「器?どういう意味だ」
そうだった。
コイツ等にもオレの事は何も話して無かったんだったな。
「その件は今度・・・お前達には教えてやる。確か・・・28年経った頃に此処に来たから・・・普通に数えれば40年は使っている事になるのか・・・」
「その外見で40は詐欺だな」
「此処に来てから・・・器に流れる時間が遅くなっているだけだ・・・」
それ自体は良くある事で、100年と言う年月が器にとっては1年足らずだった事もある。
その逆に、急速に器が衰えた事もあったな。
此処が器の時間がゆっくり流れる場所で良かったと今は思える。
「なに笑ってんだよ」
「いや・・・今のお前達を見て安心しただけだ・・・」
お前達の泣き顔を見れる日が来るとは思っていなかったからな。
あの日からずっと心配だった。
自分の感情を内に留めてしまうその様が。
何も知らないオレを支えようと。
年下のゴールドセイント達に不安を与えない様にと。
夜中に魘され、僅かな気配で目を覚ましてしまう。
そんなお前達をオレは気配を気取られない場所
火時計の上から見守るしかなかった。
サガが死んだ時も涙を我慢したコイツ等が、オレの器が死にかけただけで泣いた事を嬉しいと思ってしまっても良いだろう?
「罪悪感からだとしても・・・嬉しいものだな・・・」
「罪悪感?何言ってんだよ」
「お前達はいつも・・・オレを巻き込んだことを悔いていた・・・」
「「「!!」」」
「憎みもせずに・・・後悔しながらも・・・オレがただ此処に居る事を望んでくれた・・・」
そう、たったそれだけの事がオレは嬉しかった。
たったそれだけで、コイツ等が少しでも過ごしやすい場所にしてやりたいと思えた。
例え、教皇を演じる為の大人が必要だったのだとしても。
「永い間・・・誰にも必要とされなかったオレを・・・必要としてくれた・・・」
この状態で話していると体力を持っていかれるな。
・・・あぁ、確か疲れるというのはこういう状態を言うんだったか。
「悪い・・・少し・・・寝かせてくれ・・・」
「っ!おい!!」
「大丈夫だ・・・死にはしない・・・ただ・・・話すのに疲れただけだ・・・」
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「普通、少し寝かせてくれって言って2週間も寝てるヤツは居ねぇよなぁ?」
「全くだ。貴方が目覚め無い為に私達が質問攻めにあったのだから反省して欲しいものだな」
「毎日毎日諄い。オレとて2週間も寝る事になるとは思わなかったと何度言わせる」
「言い訳は無用だ。それにまた抜け出して仕事を持ち込んだな?」
寝ていた2週間分を早く処理したいだけなんだが、早々にシュラに見つかり書類を取り上げられた。
自分でも信じられない事にあの日から2週間もオレは意識を失っていた。
そう、意識体であるオレが意識を失っていたという事実にオレ自身が驚きを隠せなかった。
「しかし・・・まさかお前達3人が謹慎処分とはな。あの性悪女神が・・・」
「だよな。12年以上前の事だってのによ。今日になって全部話さなかった罰だとか抜かしやがった。アンタが黙ってろなんて言うからだぞ?」
「話さないのがベストだと思っていたんだ。態々、お前達の罪を増やす必要もないだろう」
それにあの性悪は、先日此処に来た時に「サガもアイオロスも生き返るなんてデスマスク達が貴方を教皇にした判断はよかったと思いますわ♪」等と言っていたんだがな。
あの態度の後に謹慎処分だと?
何を企んでいるだ、あの女は。
「取り合えず、貴方もムウの許可が下りるまでは仕事を禁じられている事だ。私達の暇潰しに付き合って貰う」
「書類仕事くらいはさせろ。後で慌てる様な事はしたくないんだよ、オレは」
「急ぎの書類はサガが老師の意見を聞きながら処理をしている」
「・・・なら、そのままサガに教皇を遣ってもらうか」
「あ、そりゃ無理。サガが今目指してるのは優秀な教皇補佐だって言ってたからな」
サガ・・・どうせならば目標は高く持たないか?
「ならばアイオロスを予定通り教皇にすれば
」
「アイオロスならば『13年も魂だったから今の聖域の事は殆ど解らず教皇は無理だ!』と先日笑いながらアテナと話していた」
・・・引き受けてくれる可能性を期待して目を覚ましたその日に戻してやったんだがな・・・
「良いじゃないか。今は私達だけでなく此処に居る大勢の者達が貴方を必要としているのだからな。有難く教皇を続ける事だ」
「・・・そうだな」
お前達が望むなら・・・それも悪くは無い、か。