偽りの教皇 14
十二宮に程近い闘技場。
今此処に、サンクチュアリ中から人が集まっていた。
アテナと海皇による停戦協定。
長いサンクチュアリの歴史の中でも前例の無い事態を集まった人々は期待と不安を綯交ぜにして見守っている。
そしてオレは立場上仕方の無い事とは言え、そんな衆人環視の真っただ中に身を置いていた。
そう、立場上仕方が無い。
オレの目の前には協定内容の書かれた文書の置かれた台座があり、左手側にはアテナが、右手側にはポセイドンが居る。
後は協定が結ばれた旨の宣言をオレがすれば終わると言う段階で予定外にもポセイドンが動いた。
「アテナよ、ニケの杖を」
「・・・宜しいのですか?」
「構わん」
「では、三叉の鉾を」
己の象徴でもある杖と鉾を互いに渡す姿に集まったモノ達
ゴールドセイントやジェネラルからも焦りが感じ取れた。
尤も、双方のコスモを把握しているオレにはこれらが双方に害をなさない事が解っているので口を出すような真似はせずに静観する。
互いが互いの得物にコスモを流して再び双方の手に戻された。
神の間での特殊な調印という所か・・・
「これにて停戦協定の締結として宜しいですかな?」
「いや、同盟条約の締結だ」
そんな話はオレも聞かされてないんだがな。
あの杖と鉾の遣り取りがそれだったのか?
「停戦では海将軍と黄金聖闘士の双方への行き来が困難であろうからな。アテナもそれに同意した」
「私の今生での聖戦の相手は海皇かと思っていましたが、海皇との対話の中でそうではない事が解りました。皆さんに相談せずに決めてしまいましたが、後に控える聖戦の為にも海界と同盟を結び、備えたいと私は考えています」
「・・・畏まりました。ではサンクチュアリの教皇、兼、海界ジェネラル筆頭シードラゴン代行としてこの場に同盟の締結を宣言させて頂きます」
ポセイドンとアテナによる同盟宣言以上のざわめきが巻き起こる。
そう言えば、オレがシードラゴンの代行をする事はサンクチュアリ側ではまだゴールドセイントとアテナしか知らない事だったか。
しかし同盟を結んだ以上はそう騒ぐことではないと思うんだがな・・・
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闘技場での同盟締結後、教皇の間では双方の顔合わせが行われていた。
ゴールドセイントとジェネラルが一堂に会しているその場に・・・それぞれの筆頭の姿だけが無い。
あれからサガは双児宮へと籠ってしまっている。
カノンの身体とシードラゴンのスケイルはジェネラル達が会いに来やすいようにと白羊宮に安置しているが、其処へ行った様子も無い。
2人の事もあり当初はぎくしゃくしていたゴールドセイントとジェネラルだったがジェネラルの1人、クラーケンのアイザックがカミュの弟子だった事が判明してからは少しずつだが会話も躱されるようになった。
これならジェネラル達がサンクチュアリに自由に出入りをするようになっても、問題が起こる可能性は低くなるだろう。
オレは場の雰囲気を壊さない様に教皇の間を抜け、人目に付かないよう教皇宮の屋根へと跳んだ。
此処での役目上、席を外してはならない事は解っているんだが・・・今の状況を考えれば、オレは居ない方が良いだろう。
こうして喧噪が微かに聞こえてくる程度の距離もオレには丁度良い。
「こんな所にいやがったのか」
暫くその場で眼下の景色を眺めていれば、背後からデスマスクが声を掛けてきた。
「どうした?」
「黙って居なくなってからどれだけ時間が経ってると思ってんだ?10分20分程度なら放っておいてやろうと思ったんだけどよ。流石にそろそろ戻れや」
「そんなに経ったか・・・」
「軽く1時間」
自分の中ではそんなに経った気はしなかったんだが・・・星の位置を見れば確かにそのくらいの時間は経っていた。
「悪かった。しかし、良く此処だと解ったな」
「アンタは・・・自己嫌悪する時は決まって人目に付かない場所にいるからな。シュラとアフロディーテと手分けしてそんな場所を探してたんだよ」
「・・・そうだったか?」
「そーなんだよ。オレ等の観察眼を甘く見るんじゃねぇっての」
「その割にはリア達の面倒を見ていた事に気付かなかったが」
「あのなぁ・・・アンタが休憩時間に何をしてるかなんてオレ等でも調べねぇってんだよ、バーカ!」
「お前は事ある毎にオレの事を馬鹿だ馬鹿だと・・・」
「バカだろうが。自分で殺気向けてくるようにけしかけておいて、殺っちまってから後悔してんだからよ」
「何を根拠に」
「今ここに居る事自体が、だ」
「それに私達はあの言葉を吐いた時の貴方の眼を良く知っている。あの目は幼い私達に任務を伝えなければならなかった時と・・・言いたくも無い事を言わなければならない時と同じ眼をしていた」
隠そうともしないそのコスモから2人も此処へ向かっている事は解っていたが大方、デスマスクが見つけたと同時に連絡していたんだろう。
「オレ達はあの判断に間違いは無いと思っている」
「だよな。あのままじゃ、サガがアイツを殺すか、アイツがサガを殺すかって雰囲気だった・・・ま、後者の方が可能性は高かったけどな」
「貴方はそのどちらも防ぎたかった。だから自分が彼らを殺す事にした」
そう・・・あの時、サガの心の中にはアテナのセイントとしての使命感があったが・・・大半を罪悪感が占めていた。
睨み合ってはいたが、サガの中にはカノンに対する攻撃的な感情は一つも無かった。
対するカノンの中には憎悪と共に確かな殺意があった。
だからオレはサガに聞かずには居られなかった。
2人の間に何があったのかを。
【弟を殺そうとした兄】と【兄に殺されかけた弟】
あのまま戦いになったとして、サガがアテナのセイントとしての使命感を優先すれば数年かけて1つになったサガの心は再び2つに別れた末にカノンを殺しかねず、罪悪感に押しつぶされれば自身が殺される事になっただろう。
そのどちらにせよ・・・殺したモノの心は深い闇に囚われる。
弟を2度殺した狂気に囚われるか、憎い兄を殺した狂喜に囚われるか。
「それとよ・・・アイツに言った言葉も、生き返る道を残してやったのも・・・アイツ自身やアイツ等の為なんだろ?」
「貴方は彼に彼の周りに居た者達をもう一度見つめ直して欲しかったに過ぎない」
「13年前のサガへの本当の想いを思い出させる事で、他者を思いやる気持ちを思い出させたかった。違うか?」
「・・・ジェネラル達がカノンに向けた想いを感じ取ってしまっては、な」
「いくら停戦の可能性が出たからってあんな時に敵の心情まで考えてんじゃねぇってんだよ。ったく・・・アンタはガキに甘すぎだ」
コイツ等は本当にオレの事を良く見ているな。
たった12年程度の付き合いでしかないと言うのに。
「けどよ、なら尚更・・・アイツは海界に帰してやるべきだ」
「・・・海界が受け入れると思うか?」
「アンタが闘技場で言ったんだろうが。自分は海龍の代行だ、ってな。てことは、海界はアイツが生き返ったらアイツを受け入れるって事なんだろ?」
デスマスクの言う通り、ポセイドンはカノンをそのままジェネラルの筆頭に置くつもりでいる。
ジェネラルの中にはそれに納得していないモノもいるが、大半はカノンがポセイドンに処罰されない事に安堵していた。
・・・それだけで、復讐が目的であってもカノンが海界を支えてきた事が窺える。
「アイツも13年も恨み続けたんだ。アンタは黄金聖闘士と海将軍が交流する様を見せて聖域と海界での戦いは起こらねぇ、だから自分の居場所を大切にしろって伝えたいんだろうけどな・・・此処にいたら余計に恨みが募るだけに決まってる。やられた事を考えりゃ、サガを恨んで許せない気持ちも解るしな。でもよ、サガの事を恨んだままでも周りのヤツ等を大切にする事は出来るんじゃねぇか?」
恨みを抱えたままでも、か。
「そうだな。恨みは・・・簡単に晴れる事は無い」
コイツ等もそう思うならば行動は早い方が良いだろうと腰を上げようとすれば、ドサリと背中に重みが掛かった。
・・・クロスを付けたままの背で人の背に寄りかかるのはどうかと思うが・・・
「オレは戻った方が良いんじゃなかったのか?」
「ん〜・・・まぁ、もう少しなら良いんじゃね?」
「貴方が居ないと気にしていたのもアテナとポセイドンだったしね。心配させておくのも悪く無い」
「・・・此処からサガの様子を窺っていたのだろう?」
コイツ等が来てからは視線も向けてなかった筈なんだが。
「アンタの誤算は・・・サガの口から出た言葉が何故アイツを殺したのかって直接的な言葉じゃなかったって所だ。ま、ニュアンスが違ったってだけなんだけどな」
「それとサガが貴方を憎み切れず貴方に殺意を向けられなかった事、かな。本当はサガの事も楽にしてやろうとしたのだろうけどね・・・聖闘士だからと罪が消える事は無い。だからこそ、背負わずに済ませられる罪は自分が背負うのだと。そう貴方は私達に言った」
「だが、背負ってしまった罪を誰かが代わってやる事も出来ないのだとも教えてくれた・・・アイオロスを死に追いやった罪がオレの罪でしかない様に、サガの罪はサガのものでしかない。だからこそ、新たな罪を奪う事にしたのだろうが・・・」
「結局のところ、ぜーんぶ丸く収まる、なんて奇跡はありゃしねぇんだよ・・・こうなる可能性も解ってて殺ったんだろ」
「・・・何処かでお前達の様に解ってくれるんじゃないかと、甘い考えも持っていた」
「それは無理だろうね。貴方の考えを理解するなんて、頭の固いサガだと後何年掛かるか」
「他のヤツ等もだ。だが恨みを買ってでも護りたかったものがあるのだと、俺達だけは知っている」
「今はそれで満足しろって。アンタ、サガには溜め込むなって言っておきながら自分は溜め込むってのは無しにしろよな・・・アンタを巻き込んだのはオレ達だ。愚痴くらいいつでも聞いてやるからよ」
あぁ・・・そうだったな。
この程度の事でオレが悩めば・・・お前達の中の罪悪感が増すだけだった。
「で、本題なんだけどよ・・・腕、見せろや」
「?」
「何故そこで何を言っているのか解らないという反応をする」
「貴方の右腕を見せろと言っているのだと、説明しないと解らないかな?」
「右腕は私室において来てあるが?」
それに見せた所でコイツ等が見つけた時と状態も然程変わっておらず、別段何が出来る訳でも無くオレ自身治るのを待つしかない状態なんだが。
「そっちの、胴体にくっついてる方に決まってんだろ」
傷口を見せろと言う事か・・・拙いな・・・
「・・・痛みは無いから問題無い」
コレが失言だったと気付いたのは、3人からの怒気を感じた瞬間だった。