偽りの教皇 15
「チッ!ちょこまかと逃げんじゃねぇって言ってんだろうが!」
教皇の間で顔合わせが行われている教皇宮で、オレは破壊音に追われていた。
「お前達が追ってこなければ逃げないと言っているだろう」
何事かとセイントやジェネラルが顔を出してくるが気にしている暇は無い。
「エクス
」
攻撃を躱して着地しようとした瞬間にシュラのコスモの高まりを感じて視線を向ければ・・・
「カリバー!」
一瞬だけ地に足を付け直ぐに前方へ飛べば足を付いた地面が真っ二つに切り裂かれていた。
そうして体が浮いた所へ・・・
「ピラニアンローズ!」
こう来るだろうとは解っていた。
身に纏っているローブで気流を起こし大半の薔薇は逸れたが、一部がローブを切り裂く。
コイツ等の連携程厄介なモノは無い。
「何だ?手合せでもしているのか?」
呑気な声はアイオロスか。
「んなわけねぇだろ!あのバカを捕まえようとしてるだけだっての!!」
傍から見ればとてもそうとは思えないだろうが、実はその通りだったりする。
アイツ等の攻撃もオレの逃げ道を塞ぐ為に繰り出されているに過ぎない。
「捕まえるって何かあったのか?」
「あったのではなく、何もしていなかった」
「は?」
「右腕の治療を一切してなかったんだ、あの人は・・・」
「あの水晶で治しているのは違うのか?」
「そっちじゃねぇよ!本体の方に決まってんだろ!」
律儀に答えながらも手を休めようとしないどころか、手数が増えてきている。
「治療は必要ないと言っている」
「ふざけんな!あの匂い・・・もう壊死が始まってんだろうが!」
「後で風呂に入った時にでも削ぎ落とせば良いんだろう?」
「その考え方が間違っていると何度言わせる」
「しかしだな・・・」
「言い訳無用。さっさと大人しく私達に手当てをさせろ」
右肩より先の血流を止めている以上、壊死部分が出来るのは仕方の無い事なんだが・・・そう言った所で納得しないだろうな・・・
オレとて何も治療が嫌で逃げている訳では無い。
幾らセイントとはいえ直視させるのは控えたい程、破損の度合いが悪いからこそ逃げているんだが。
さて、此処から如何逃げようか。と考えて視線を巡らせれば・・・何故かアイオロスが加わってきた。
するとアイオロスが此方へと向かってくるそぶりを見せるのと対照的に、デスマスク達3人は後ろへと引いてしまう。
「・・・これが狙いか・・・」
「アンタがはっきりと言ったからな。オレ達が追い掛けなけりゃ逃げないってな」
アイオロスの問い掛けに律儀に答えていたのは自分達以外にオレを捕まえさせる為、か。
今のゴールドセイント達の心情を考えれば動くヤツは少ないだろうが、1人でも動けばコイツ等の勝ちと言うわけだ。
「解った。オレの負けだ」
3人は勝ち誇った顔をした後、シュラがムウを呼びに中へと戻り、残る2人で先にオレの傷口の確認をしていた。
後ろからアイオロスが覗き込んできたが、傷口を見た瞬間に3人の顔が顰められる。
「何故、こうなるまで放置を?」
シュラに連れられて手当てをしに来たムウの声は怒気を孕んでいた。
こうなる事が解っていたから見せたく無かったんだが。
「放置、と言っても今日の今日だろう。さっきも言ったが後で風呂に入る時にでも処理すれば良いと思っていた」
「処理ではなく治療をして下さい」
壊死した部分をコスモを使って処置しているムウだけでなく、3人からも怒気を感じて居心地が悪くてならない。
「それに自分で引き千切るなど五感を封じてなければ聖闘士でも難しいと思いますがね」
「この器は五感の内、触覚が鈍いからな。特に痛みは殆ど感じない」
視覚から入る情報も、聴覚から入る音も、痛みの要因としてオレに届く事は無い。
幸いにも圧点は正常に機能しているが、冷点・温点もかなり鈍い状態だ。
尤も、他の感覚が鈍いよりはオレとしては遥かに楽だったりもするんだが。
「痛みを感じない・・・?」
「あぁ。だからそんなに気を遣いながら排除せずにバッサリと
って、何だその眼は」
腕は痛くないが・・・どちらかと言えば今のお前の視線の方が痛いんだがな。
「デスマスク。貴方達は何をしていたのですか痛覚が鈍いなら尚更
」
「その3人もつい先程まで知らなかった事だ。そんなに責めるな」
「彼らも知らなかった?」
「此処に来る前は随分と長い間、怪我らしい怪我をした事が無かったからな。オレ自身、此処に来て暫くしてから漸く思い出したくらいだ」
「ならば何故、彼らはこれに気付いたのです?」
「オレが口を滑らせたからに決まっているだろう」
オレの自分に対する無頓着さを知っているコイツ等は容易にオレが手当をしていないだろうと予測し、腕を見せろと言ってきたんだが・・・着替えの時に状態を確認していたオレは勿論それを誤魔化そうとした。
が、痛みは無いと言ってしまったのが拙かった。
それにより状態が悪いのだと察知され・・・と墓穴を掘ったわけだが。
「そうですか。ならば良く気付いた、と言うべきでしたね。ちなみに貴方はどの様に処理をしようとしたのですか」
「肩口までは血流を確保しているからな。そこまで切り落として傷口を焼けば問題ないだろう?」
「・・・焼灼止血・・・って貴方は一体何世紀の人間ですか!!」
随分前に居た場所では手足などを切断した時はそうしていた筈なんだが。
「神代より前は何と言えば良いのか解らないんだが・・・いや、そもそも人では無いな・・・」
「そういう所だけ真面目に答えるな。ってか、他に方法思いつかねぇのか?」
「自己治癒力を高める力はあるが、どうせ後で腕を繋ぐ時に表面を削る必要がある。ならば、壊死した部分だけ切除し血止め処理だけしておけば良いとも思っていたんが・・・流石にこのままにして臭わせるのは悪いだろうからな」
「・・・気にするとこはそこじゃねぇだろ」
皆一様に額に手を当てたり、頭を抱えたりしている。
そんなこちらの様子をゴールドセイントの年少5人とジェネラル達は遠巻きに見ていた。
ゴールドセイントの5人はオレがサガに対して何もしない事を不審に思い、ジェネラル達はカノンとカーサそれに大量のマリーナを殺したオレをまだ警戒しているって所だろうな・・・カーサ本人からは恨みも発せられているが・・・
それにしても、だ。
ムウは元々サガを嫌悪しているので除外したとして、此処に居るデスマスク等3人と向こうに居る5人とでは明らかにオレに対する感情が違っていると言うのに・・・不思議なのはアイオロスだ。
コイツにとってサガは友でもあった筈なんだがな。
今は興味津々といった表情でムウの手元を覗いているだけで、オレに対する悪感情を持っていない。
「ん?オレの顔に何かついているか?」
「・・・いや、アイツ等はオレがサガを放っている事に疑心を懐いてるってのにお前は変わらないな、と思っただけだ」
「あぁ!それならオレも後でサガを殴ってくるつもりだからな!」
「・・・・・・?」
笑顔で宣言してくれたが、全く話が繋がってないだろう。
そう思ったのはオレだけではなかった様でデスマスク達だけでなくムウまでもが疑問符を浮かべている。
「愚図愚図と悩んでいるサガは殴るに限る!」
「・・・そう、なのか?」
「あいつは悩ませると碌な事にならない。悩んで悩んで斜めの方向に考えが向く、と言えば良いのか。あの時もさっさと殴っておけば良かったと後悔していた所なんだ」
「あの時?」
「教皇シオン様がオレを次期教皇にと指名した後もふらっと何処かに行っては双児宮に籠ってをいい暫く繰り返していた。その後にあんな事になったからな。またおかしな考えをする前に今度こそオレが話を聞いてやるつもりだ」
今はオレが何かをするよりはコイツに任せた方が良いのだろうが、殴って無理矢理話を聞き出すつもりなのか?
「アイオロス・・・貴方は自分を死に追いやったサガを恨んではいないのですか?」
ムウの言葉にアイオロスよりもシュラが動揺していた。
シュラはアイオロスが生き返った折に話をし、何か約束をしたらしいが、それでも13年前のアイオロス関連の話題はシュラの前では避けて欲しいモノなんだが。
「恨むよりも何故、という疑問の方が大きかったな。ムウは違うのか?」
「師を殺されたのです。恨むなと言う方が無理だと思いますがね」
言葉と同時に腕の処置をしているムウのコスモが乱れる。
本人も気付いて慌てて調整をしているが・・・正常な部分を切られたのは気のせいでは無いだろう。
「・・・千日戦争にならない程度の喧嘩ならば許可するが?」
「教皇ともあろう方が何をふざけた事を言っているのですか」
「恨み辛みは溜め込まない方が良いからな。殺したのは闇に憑かれたサガだが・・・負の感情は有耶無耶で終わらせるのが一番問題だ。殺し合いや再起不能になるほどの争いは困るが、その手前辺りまでなら構わないさ」
「・・・貴方らしくない言葉ですね」
オレらしくない、か。
「ムウ、君は何を持ってこの人らしくないと?」
「教皇の今までの態度からすればサガを恨むな、と言ってくるかと思っていたので」
「ならば、教皇が恨むなと言えば恨みは消えると言うのか?」
「それは・・・無理ですね」
「それが答えなんだよ。無理矢理押し込めようとすりゃ反発するもんだろ?なら発散しちまえって事だ。今のサガみてぇなのが一番性質が悪いんだよ」
サガも確かにサンクチュアリの闇の被害者だが・・・サガの手でムウの師であった教皇が死んだのもまた事実だ。
負の感情は闇に囚われやすい
内に溜めれば、溜めるほどに。
サガの内に、もう一つの人格を作ってしまったように。
カノンの内の光を閉じ込めてしまったように。
それはムウとて例外では無い。
サガの手によって師が殺されてから13年もの間、その感情を己の内に押し留めてきたと言うのに、此処で更に我慢させたりしたならばムウにどのような変化が訪れるのかはオレにも予想が付かない以上、発散させる機会を与えてやる必要性がある。
「人の心は簡単に変えられるものでは無いが・・・感情を和らげる術はある。方法は人それぞれだがな」
「でしたら・・・」
言葉をそこで止めたムウは治療の手を止め、深く深呼吸をした後にオレを真っ直ぐに見つめてきた。
「でしたら何故、サガを蘇らせたりしたのですか。聞いた話ではアテナの帰来と共に貴方が蘇らせたとか。そのまま、サガが死んだままだったなら私もこれ程の憎しみを持つ事も、迷いを持つ事も無かったでしょう」
確かに、仇がこの世に居なければ恨み様が無い、か。
「迷いは優しさの現れだと、オレは思うが」
「はぐらかさずに質問に答えてください」
コイツ等に聞かせてしまって良いものかどうか。
サガ本人にすら、教えてないと言うのにな・・・