半神の願い scene-25
誰が連絡を入れようか。
水瓶座の黄金聖闘士達と氷河が感動の再開を果たしている同時刻。
教皇宮は重い空気に包まれていた。
あのアテナの事だ。
確実に星矢が目覚めた事には気付いていると当代達には断言できる。
だが。
「・・・このまま会わせる訳にはいかんだろうな」
シオンの呟きにその場に居た者達が同意した。
星矢の中でアテナは一体誰なのか。
先の聖戦の記憶と今の聖戦の記憶が混ざっている状態で、アテナはサーシャなのか沙織なのか。
一番近しい兄弟達の事は青銅聖闘士として認識していた。
が、同じ兄弟でも邪武の存在を覚えていても、一角獣の聖闘士は耶人だと認識している。
黄金聖闘士に関してはどうやら先代の記憶が強い様で、アイオリアすら黄金聖闘士として認識されていなかった。
ならば。
「むぅ・・・嫌な予感がするのぉ・・・」
厳密に言えばサーシャと沙織は同一の存在である。
だが、サーシャと沙織はアテナとしては例外とも言える生い立ちを持っていた。
常ならばアテナとしてこの聖域で育てられるのだが、サーシャは人としてこの世に生れ落ち、沙織に関してはアテナとして降誕したもののその後は外界で人としてかなり我儘に育てられてしまっていた。
アテナへと覚醒してからの対外的な立ち振る舞いには大きな差は見られないものの、立場を離れた時の態度は天と地ほどの差があると言っても過言では無い。
アテナが戻る前に最後の1人が見つかり、星矢の記憶が戻れば何の問題も起こらないのだろうが。
「こんな事になるなら、アテナのお供に着けなければ良かったですね」
アイオロスはアテナ沙織がグラード財団の長として外界に赴かねばならなくなった時に、丁度聖域周辺の警戒任務に当たっていた邪武達を警護としてつけてしまっていたのだった。
海界、冥界との争いがなくなった事からも青銅聖闘士で十分だろうし、聖戦が終わってから外界に出ていない彼らにも息抜きは必要だろうと考えたからなのだが・・・それ故に、邪武達に一輝らと同じ様な異変が起こったか否かを確認しようとすると必然的にアテナ沙織が付いてくる事になる。
「紫龍、お主ちょいとアテナに連絡を入れてくれんかの?」
「わ、私がですか!?」
常ならば、アテナへの緊急連絡は教皇であるシオンか黄金聖闘士が行っていた。
態々アテナの機嫌を損ねるかも知れないような連絡を入れたがる者が居る訳もないのだが、それは紫龍とて同じ事。
幼少期から知っている相手である事からも、アテナは黄金聖闘士達以上に青銅聖闘士達には遠慮が無いので聞かされる文句は倍になるだろうと容易く予想がつく。
「お主らは当事者でもある。ワシらが事情を説明するよりは良いじゃろうて」
「ですが老
」
師である童虎に口で勝てない事が解ってはいても、何とか断ろうと紫龍が口を開いた時。
教皇宮に集まっている者達の耳に不吉な音が聞こえてきた。
人工物しか奏でる事の出来ない音。
その人工物はこの聖域ではただ1人しか使う事は無い。
そう
アテナ沙織の乗るジェット機のエンジン音が段々と此処に近付いてきている。
此処で悩んでいる時間は最早無いに等しかった。
アテナ沙織が双児宮へと至る前に足止めをしなくてはならない。
先ずはアイオロスとシジフォスが教皇の間を後にし、それにミロとカルディアが続く。
その後も次々と駆けだして行く中、カノンだけは中々動こうとはしなかった。
「カノン、何をしている」
サガが声を掛けると、微妙に困ったような顔を向けてくる。
「いや・・・今のオレがアテナに会って良いものかどうか・・・」
「何を言っている。聖戦が終わってから幾度となく顔を合わせているだろう」
「あー、実はオレも知らなかった事なんだが・・・オレ、まだ海龍らしいんだ。これが」
カノンが何を言っているのか。
サガは一瞬理解できずにいたが、カノンはそれを無視して話を続けた。
「でだ。星矢の様子が一段落ついたら、海界に行く事になった」
「何だと!まさか、行くつもりなのか!?」
「海龍の司る北大西洋の柱が崩れたままだ、って聞かされたらな」
アテナは己を裏切り、ポセイドンへと降った自分を再び聖闘士として迎え入れてくれた。
何の咎めも無しに。
聖戦における働きが、カノンの心の在り方の全てを現していたからと。
そして同盟を結んだ後もポセイドンから咎を言い渡される事は無かった。
だと言うのにクリシュナを使いに送ってまで連れ戻そうとしている事からも、柱の復旧は急いだ方が良いのだろう。
世界の海を支える柱を青銅聖闘士達に破壊させてしまったのは紛れもなく自身の罪。
その柱の復旧に自分が必要とされているならば、カノンに断る理由は無かった。
「・・・戻ってくるのだろうな」
「当り前だろ。今のオレはアテナの聖闘士なんだからな」
カノンのその言葉を聞いたサガの顔に安堵の色が浮かぶ。
こんな事を言えばサガは怒るだろうという予想はついていたが、まさか自分の事をこんなにも心配してくれるのだとは考えてもいなかった。
幼い頃の。
道が分かたれる前に幾度と無く見た兄の顔が其処にはあった。
ついに心を入れ替える事が出来ず、見る事が出来なくなった懐かしい顔が。
カノンをスニオン岬へと閉じ込めた事を引き摺っているサガ。
サガの悪の心の発露を促してしまった事に対する後ろめたさを引き摺っているカノン。
もうそれ以前の、幼い頃の様には戻れないと思っていた。
今見せた安堵の表情もアテナの聖闘士だと答えた事に対してか、それとも戻ってくる事に対してなのかはカノンにも解らない。
解らないが、カノンはどちらに安堵を懐いたのか、などとサガに聞く気は無かった。
その表情は自分が悪事を働いた事を咎めながらも、無事に戻ってきた事を喜んでくれていた時の表情と何ら変わりなかったのだから。