半神の願い scene-24
十二宮の頂に近い場所で複数の者が頭を悩ませている頃。
その階段を駆け下りていた2人は目的の部屋の前へ着くなり、部屋の扉を押し開いた。
力の加減をすることもなく。
「カミュ!?」
部屋の中に居た少年達は目を丸くするしかない。
聖闘士の住まいとして十二宮の中に作り付けられている居住区はそれなりに頑丈である。
にも拘わらず、開け放たれたその扉は蝶番がいかれたのだろう・・・斜めに傾いていた。
「それに貴方は・・・デジェル、ですね」
「私が・・・解るのか」
悲しげな笑みを浮かべたまま、氷河は頷いた。
氷河の見た前世の夢。
最愛の姉の為にと友を裏切り得た力は海龍。
北十字星の許に誓った約束を破った自分を助け、未来への希望を託してくれたのはその友デジェルであり、共に連れだってブルーグラードを訪れたカルディアだった。
夢を見ている時に氷河はこれは間違いなく自分なのだと解った。
最愛の母の為だけに聖闘士になる道を選んだ。
そして得た力は白鳥星座。
北十字星を懐くその星座は、前世からの誓いの証の様であり
背負った宿業の様でもあった。
最愛の肉親が海の底で眠るのも。
水瓶座の黄金聖闘士を
師をこの手で殺した事も。
全ては、前の生で己が犯した罪ゆえなのだと。
「氷河・・・大丈夫か?」
「はい、どうやら記憶が混乱しているのは星矢だけの様です。オレも瞬も多少の違和感はありますが問題無いと言えるレベルのものです」
こうして目の前で生きた師が居ても、その命を奪った罪は消えはしない。
それが師が望んだ事であったとしても。
「一つ聞かせて貰いたい。ユニティは
」
「彼は無事に聖域に辿り着いた後はその生が終わるまで、ブルーグラードと外界を繋ぐ為に力を尽くしました。厚い氷の下に眠る貴方とカルディア、そして姉セラフィナや父への償いとして」
もしかしたら、と氷河は考えてしまった。
今でも海底神殿のあの場所にはデジェルとセラフィナの遺体が氷の中で不変の時を過ごしているのではないかと。
広大な海底神殿とはいえ、ポセイドンや海将軍が居る今ならば探す事も不可能では無いのではないかと。
そこまで考えて
見つけたとしても自分には何も出来ないのだと思い至る。
謝るだけでは意味が無い。
過去を悔いても時間の無駄だ。
今できる事で結果を残し、いつかそれが報告出来ればと思っていた矢先にその人物は目の前に姿を現してしまった。
「彼は・・・ユニティは私との約束を守ってくれたのだな」
「いえ、守ろうとしましたが完全に誓いを果たす事は出来ませんでした。誓いを果たすには・・・彼に残された時間は少なすぎました」
「なん・・・だと?」
「あの時、ユニティが負っていた傷は常人ならば死んでいてもおかしくは無かった。海龍としての力がある程度は治したにしても、全てを治しきる前にその力を失いました。貴方とカルディアが命を懸けてまで自分を送り出したのだからと気力だけで聖域に辿り着きましたがその後は・・・」
無理が祟ったのだと、氷河は語った。
人の身で人ならざる力を使ってしまった代価なのだろうと。
罪の意識から聖域で傷をいやす事もなくブルーグラードへと戻ったユニティは脳こそ無事だったものの身体の自由を失っていた。
・・・ブルーグラードに帰れた事自体が奇跡に近かった。
「今でもブルーグラードは外界との接触を断っています。それどころか、ユニティが
領主が大怪我を負って【外】から戻ってきた事によりブルーグラードは益々閉鎖的な国へと変わり・・・氷戦士は一度はその姿すら消しました」
そしてその氷戦士を復活させた統治者の息子は父を殺し、それを嘆いた妹は己の命と引き換えに兄の愚行を正した。
「決して力に溺れてはならない。最後の領主の遺言は果たされる事は無かったのです。ですが・・・アレクサーならきっと、氷戦士達と共にブルーグラードを守ってくれるとオレは信じています」
「アレクサー?」
「はい。ユニティが選んだ統治者の末裔、そして氷戦士を復活させた男です。彼は力だけを求める愚かさを学びました。きっと・・・ユニティの遺志を継いでくれる筈です」
その為の懸け橋になろうと氷河は己に誓っていた。
過去に果たせなかった約束を守る為に。
母と同じ名の少女が命を懸けたその国の行く末を見守る為に。
「ユニティの想いは・・・今もまだ彼の国で生きていると思って良いんだな」
「はい」
「そうか。ならば君に頼みがある」
「オレに、ですか?」
咄嗟の事で氷河は師であるカミュを見てしまった。
自分に何が出来るのかと。
弟子の不安を感じたカミュは微かな笑みを浮かべて頷く。
それだけの動作で氷河は落ち着きを取り戻していた。
「君は君のままで。過去に、それも前世の誓いに縛られる必要は無い。君の事は此処に来るまでに今の水瓶座
君の師であるカミュから話を聞いている。君は立派にブルーグラードを守ってくれた」
「・・・オレは何も」
「聖戦を戦い抜いて世界を守ったのだ。それはブルーグラードをも護った事に繋がると私は思っている。君の、いや、ユニティと私の誓いは果たされたんだ」
後はそれをブルーグラードに住む者達が護っていけば良いのだと。
今生では領主どころか其処に住む民でも無い氷河がこれ以上重荷を背負う必要は無いのだと。
ユニティと魂を同じくする少年に出会えた。
それだけでも仮初の命を貰った価値があるとデジェルは思っていた。