〜言の葉の部屋〜

仮初の聖闘士 13



「・・・シオン、暇ならそこの書類を片せ」
 傷の手当てを見ていても楽しいものではないだろうに。
 下の子供達と一緒に覗き込んでいる暇があるなら、1枚でも多く片付けてくれても良いと思うんだがな。
「お前が怪我を負うなど、初めての事だからな。しかし・・・」
「・・・アンタの事だ。自損するなど間抜けだと言いたいんだろう」
「良く解ったな」
 こういう時に軽口を叩くのがアンタだからな。
 それにオレもこの重苦しい雰囲気は早めに何とかしたい。
「左腕だけ結構酷いな。逆に・・・顔や頭部はそれほどでも無いようだが?」
 言いながらもシオンは珍しく素直に書類に手を伸ばしていた。
 ・・・いつもこれくらい素直に仕事をしてくれると助かるんだがな。
「左腕はアンタのクリスタルウォールが原因だ。顔や頭部の傷は血が目に入ったり、書類に落ちたりと仕事の邪魔になるんで回復を優先させた」
「そんな事が出来るんですか?」
「ムウもコスモを使えば回復を早める事が出来るだろう?オレにもコスモとは別にそういった能力がある。但し、一か所に集中させると力の消耗が激しくてな・・・他の個所の治癒速度が遅く   
 話している最中に背後から平時よりも強いコスモを感じ取り咄嗟にその場から飛び退くと、アフロディーテが何故避けるのかと傷付いた顔をしていた。
 そう言えば、シャカとの話が終わってからコイツ等は戻って来たんだったな。
「折角だが、今までの様に自分のコスモを完全に押し止められていないんだ。お前のコスモと反発すればお前に危害が及ぶ。今は普通の手当てだけにして貰えるか?」
 実のところを言えば、セイントと言う存在は無意識の内に平時も己の身体を微弱なコスモで覆っている。
 その為、オレも今はシオンは気付けどコイツ等には気付かれない程度に疑似コスモで身体を覆っている状態だ。
 微弱なコスモを防ぐならこの程度で構わないが、治癒に使うような強さのコスモはこの程度の疑似コスモでは防ぐ事が出来ない。
「反発するとどうなるんだよ」
「シオンのクリスタルウォールと反発した結果が、この左腕だ。元々クリスタルウォールは相手のコスモを弾き返すモノだが、あの反発はそれだけではなくオレのコスモとシオンのコスモも反発作用を起こしたんだ。オレだけに反発の余波が来るなら構わないんだが、クリスタルウォールが弾かれたのをお前達も見ただろう?」
 不動の筈のクリスタルウォールが吹っ飛ばされた光景を思い出したのだろう。
 オレも思い出したが・・・よくこの程度で済んだな・・・
「お前が私のクリスタルウォール目掛けて小宇宙をぶつければ一直線に相手を薙ぎ倒せる技になると思わんか?」
「その度にオレに自損しろと言うなら可能だ」
「ふむ・・・ならばお前の小宇宙を打ち出せるようにすれば    
「反発するんだぞ?オレのコスモも跳ね返り味方側も危ないと思うがな」
 どちらにせよコスモを使った時点でオレの自損は避けられないと気付け。
「そう言えば先程小宇宙を封じるとか言っていなかったか?」
 ・・・サガには余計な事は思い出さずにそのまま手当に集中していて欲しかったんだが。
「オレのコスモが危険なのは解るだろう?今回は教皇の間の扉近辺と通路を挟んだ先の壁と自損で済んだが、これが誰かに向けられていたらと思うとな。別段、今までも必要としていなかったモノだ。この際、綺麗さっぱりと封印してしまった方が良いかと考えていたんだが・・・」
「小宇宙を封印する聖闘士が何処にいる」
 此処にいる、と答えたら怒らせるだけだな・・・
「オレがこのコスモを身に着けたのは此処に来て1年以上たってからだ。だがそれまでも、それ以降もコスモを必要とした事は無い。ならば・・・なくても構わないだろう?」
 生粋のセイントからしたら、コスモを封じる事は己の技を封じる事に繋がる。
 だが、オレにとってコスモの有無は大した問題にはならない。
「確認したいんだが、お前が此処に来てから見せていたあの青銀色の小宇宙は何だ?お前は嘘が吐けないのだろう?」
「オレはあの力を一度もコスモだと言った事は無い。コスモを見せろと神官共に言われた時も力なら見せてやると答えていただろう。お前達が勝手にコスモと勘違いしただけの事だ。尤も『これがお前のコスモか?』等と聞かれていたら直ぐに解った事なんだがな」
 言ってから気付いたが・・・もしコイツ等がオレが嘘はつけなくても話を逸らす事は出来ると考えて無かったのならば・・・コイツ等に余計な知識を与えてしまったな・・・
「ふむ・・・封じて損が無いならそれでも私は構わないが、具体的にどうやってお前自身の小宇宙を封じるつもりなのかを聞かせて貰おう」
 早速か・・・答えたくないと言う事は出来るが、教えるまでコイツ等はオレをこの部屋から出さないだろうな・・・
「一度、自分の中のコスモを全て開放して封具を使ってオレ自身に封じるだけだ。こういった感じにな」
 オレは左腕に意識を集中させ封印を可視化し、シオン達にもオレ自身に施した封印が見える様にしてやった。
 何も無かった筈の左腕にジャラジャラと装飾品が現れ、子供達は目を丸くしている。
「これがオレが今まで自分の力に施してきた封印だ。例えば・・・コスモの代わりに見せていた力はこの封印を緩める事で発している」
 中指に嵌っている指輪の1つを軽く弾けば指に引っ掛かる事なく回転する。
 それと同時にオレの器から青銀色の力が溢れだした。
「封じると言ってもこうすれば力を引き出す事は出来る」
「ならば半々と言うのは?」
「・・・無事に封印出来る確率だ。さっきも言ったが封じる為にはコスモを全開にする必要がある。あの程度を溢れさせただけでこれだけの傷を負う事になった。コスモを全開にすればどうなるか、お前達にも予想は付くだろう?」
 自分でもあれが何割の力なのかは正確には解らないが、今より酷い状態になる事は目に見えている。
「最悪の場合、オレだけでなく周囲にも損害が出るだろうからサンクチュアリ内ではなく、孤島の1つでも手配してもらえると助かるんだがな?」
「う・・・む・・・」
 シオンはオレとサガ達に交互に視線を遣りながら、どう答えたものかと迷っていた。
 一体、何を悩む必要があるんだ。
 サンクチュアリを預かる教皇ならば、答えは決まっているだろう。
 此処の安全を、セイント達の安全を最優先するべきだと言うのに・・・この馬鹿が。
「私情を交えるな、シオン。お前は教皇だろう。オレ1人とサンクチュアリ全体を天秤にかけるな。時には人に恨まれる判断もしなければならないのが、お前の立場だ」
「簡単に言ってくれる。万が一の時、こやつ等12人の恨みを背負えとは・・・他に方法は無いのか?」
「完全に封じる方法はコレしかない」
「完全で無ければある、と言う事か」
 これだから、コイツに余計な情報は与えたくなかったんだがな。
 シオンの言葉に気落ちしていたサガ達が本当なのかと言った視線を向けてくる。
「・・・あるにはある。今までコスモを隠してきたのと同じ様な方法だが、他の力でコスモを包み込みコスモごと封じる」
「リスクは?」
「あるに決まっているだろう。今回の様に感情の高ぶりで暴発しかねない。何せ、1つの封印の中に2つの力を封じる事になるからな。イメージとしてはそうだな・・・膨らんだ風船の中にもう1つ膨らんだ風船を無理矢理入れる感じだな」
 明らかに許容量オーバーになる為、使った力の封印を緩める事も出来なくなる。
 一番相性が良いのは今もコスモを包んでいる疑似コスモとして使っている力なんだが、この疑似コスモは今後の為にも封じたくは無い。
 此処では余り必要としない力を使うのが良いのだろうが、此処までの破壊力があるコスモを包めるような力となると・・・
「・・・シオン、やはり場所だけは確保してくれないか?」
「万が一の為、と言う事か」
「あぁ。今、コスモを包んでいる力以外で再び包みなおして封じたいんだ。完全に封じるよりは危険性は減るが全くの0と言い切れない以上、用心に越した事は無いだろう」
 シオンは無言で頷くと、資料棚から1つの封書を取り出した。
 開封すればサンクチュアリの近海までをも記した地図が入っており、シオンは近海に浮かぶ1つの島を指差した。
「この島は聖域の管理下にある無人島だ」
「・・・一般の地図には無い島、か。曰く付きか?」
「元、だ。多少瘴気は残っているだろうがお前ならば問題ないだろう。ついでに瘴気も払って貰えると助かるんだが」
「解った。後は・・・明日以降、出来れば1週間は新たな依頼を受けないように神殿の連中に言っておいてくれ。手元に残っているモノは全て片付けておく。その間、アンタも今みたいに普通に仕事をしてくれるとオレも早めに行動に移せるんだが?」
「うむ・・・」
「これでもオレはアンタが1日にどの程度の処理が出来るかくらいは把握しているつもりだ。オレが居るからと手抜きするのは構わんが先程の様な自分の能力を無視した発言は今後控えろ。それに遣っておくと言うならオレが仕事を残したその日の内に片付けておいてくれ、と言うのが正直な気持ちだな」
 200年以上もの間、気の置けない相手が此処にはいなかったのだとアンタの様子を見ていれば嫌でも解る。
 アンタが親友であり戦友である天秤座のゴールドセイントと何年も連絡を取っていない事も周囲のヤツ等から聞かされている。
 だから何処までならオレが許すのかと試している事もオレは知っている。
 結局の所、以前アイオロスに指摘された通りオレはコイツにも甘いんだ。
「・・・無事に戻ってくるのだな?」
「当たり前だ。と言いたい所だが、約束は出来ないな。ま、どんな形にせよ此処には戻ってくるつもりでいる。コイツ等の事もアンタの事もこのまま放っては行けないからな」
 例え、この器が滅んだとしても。
 新たな器を得て、シオンやサガ達がオレだと解らぬ姿になったとしても此処に戻って来なければならない。
 此処の    サンクチュアリの改革はまだ終わっていないのだから。
 コイツ等が大人になるまでにオレはそれをやり遂げなければならない。
 今後、此処に来る子供達の為にも。




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