〜言の葉の部屋〜

仮初の聖闘士 02



 着地点を見誤った。
 たったそれだけの事だが……結果的に神殿の壁を蹴破る事になってしまった。
 ……まぁ、そのままぶつかるよりは被害が大きくなった気がしないでもない。
 何事も無かったかの様に着地し室内に目を向けると、立派な椅子に泰然と座っているモノがいた。
「アンタが教皇か?」
 壁を破って現われたのを見ていただろうに、やけに落ち着いている。
「彼是200年以上前から教皇は私しか居ないな」
 200年か……人間、だよな?
「人間にしては長生きだな。道理で落ち着いている訳だ」
「いや、流石に壁を蹴破って来る者は初めての事で驚いているが。それで、この地に何用かな?」
 この地に、と聞かれても来たくて来た訳じゃない。
 教皇という存在に聞きたいことはあったが。
「まぁ……所謂、迷子だな」
 子という歳ではないが、簡潔に現状を説明するならこの一言に限るだろう。
「迷子?」
「客観的に見れば、そう言わざるを得ない」
 穴の抜けた先があの時計塔の天辺だったんだ。
 次元によって地理も国名も違っていることがあるため、此処が何処なのか予測すらできない。
 この次元から出ようにも、自然と出現する穴を見つけられなければ次の次元へと移動するのも難しい。
「迷子……迷子、か。この地は普通の人間が簡単に来られる場所ではないのだがな」
「普通の人間、と言うわけじゃないからな」
「そうか。普通の人間ではないか」
 教皇は可笑しそうに口元を綻ばせたが、冗談だと思っている様子はない。
「出来れば穏便に此処から出たいんだが、あの下をうろついているヤツらをどうにかして貰えないか?」
「それは無理だ」
 浮かべていた笑みを消し、真剣なまなざしで教皇ははっきりと否定の言葉を口にした。
「無理だと?」
 アイツらを引っ込める程度のことがか?
「聖域に来た者は神殿に仕えるか、聖闘士になるか、死体になるかせねば聖域から出ることは叶わない。神代の頃より、そう決められている」
 言われて確認をしてみれば、確かにこの地を覆っている力がある。
 破壊すれば出られないことも無いが……
「随分な決まり事だな」
 可能な限りそうした事はしたくない、と思えるほどに目の前のモノは好意的に捉えられた。
 それはこの目の前のモノ   教皇がオレに対して好意を抱いていることになる。
 人間の抱く感情。
 それは否応なく伝わってくるモノだった。
 好意、善意、悪意、殺意。
 その他諸々の感情に引き摺られる。
 強ければ強い感情ほど拒絶することは難しく、同じ感情がオレの中に生まれる。
 悪意を向けてくるならば、悪意を返し。
 殺意を向けてくるならば、考える間もなくその命を奪う。
 負の感情を向けてくるモノに、罪悪感など抱くわけがない。
 相手がソレを抱いていないのだから。
 だが、正の感情を向けてくるモノは苦手だった。
 目の前にいる教皇のように、好意を向けてくるモノには同等の好意を抱いてしまう。
「出来れば聖闘士の候補生になって欲しいのだが」
「そのセイントも嫌だ、神殿に仕えるのも嫌だ、死ぬのも嫌だって答えたら……あの下にいるアンタの部下たちを蹴散らすことになる、か」
 この教皇が悪意を向けてくれていたなら、何に遠慮することもなく蹴散らしたんだが。
「取り敢えず、衣食住の保証と帰り道が見つかるまでの間で良いなら、セイントとやらになっても構わない」
 どちらにせよ、穴が見つかるまではこの次元にいる必要がある。
 ならば、この場で相手の条件を呑む代わりに此方の条件を呑ませた方がマシな生活が出来るだろう。
 此処で世話になるならセイントとやらになるか神殿に仕えるかとなる訳だが……神殿   神に仕えるなんてのは御免だ。
 オレが生み出した存在が更に生み出した存在が神だというのに、何故オレが仕えなければならない。
「その程度の条件ならば問題はない」
「なら、契約成立だな。で、セイントってのは何なんだ?」
「聖闘士とはアテナと共に地上の愛と平和の為に戦う戦士の事だ」
 ……先に確認しておけば良かった。
 何度目だ?
 自分すら呆れる様な間抜けを仕出かすのは。
「アテナと言うと、オリュンポス十二神のか?」
「そのアテナだ」
 教皇ははっきりと【アテナと共に戦う】と言った。
 ならばこの次元では神が顕現するという事になる。
 あまり神とは関わり合いになりたくない。
 教皇には悪いが、オレにはアテナと共に戦うってのは無理な話だ。
 無理な話なんだが……口頭であっても契約を成立させてしまった以上は取り消しは出来ない。
「因みにセイントになる条件はなんだ?」
「聖闘士にはそれぞれ守護星座を模った聖衣がある。それらが司る地で修業し、聖衣に認められて初めて聖闘士となる。最も、通常は幼い子供の頃から修業を始めるのだが」
 子供と一緒に修業とやらをするのは勘弁願いたい。
 クロスとやらがどんなモノなのか解れば、手の打ちようはありそうなんだが。
「……何でオレをセイントにしようと思ったんだ?」
「今の聖域には世代交代の波が押し寄せている。大人の聖闘士の数が少ない上に、空位の星座も増えている。素質がありそうなら者ならば、年齢に拘っては居られないのが正直なところだ」
 一言で済ませるなら人手不足か。
 その上、戦闘要員だからと強いだけではセイントになれずクロスに認めれれる必要があるなら、簡単に増やせるモノではない。
 しかし……クロスが認める、か。
 ならば、クロスとやらは【意思のあるモノ】という事か?
「クロスの現物を見せてもらう事は可能か?」
 考えが正しければ、オレは既にクロスを目にしている。
「そうだな。今、此処へ向かっている者たちが身に纏っているのがクロスだ」
 オレが外の気配に気づいていることを知っている様な口ぶりで教皇は言った。
 実際にこの場に向かって2つの気配が近付いてきている。
 そのどちらの気配にも覚えがあった。
「アイツらか……」
 どうやら、予想は正しかったようだ。
 サガとアイオロス。
 2人の子供が身に着けていたのは黄金の鎧。
 あの鎧のことをクロスと呼ぶのだろう。
 それにしても……どう考えてもあのクロスというモノは子供が身に着ける様なモノではない。
 現にサガもアイオロスも、鎧を纏っているというよりは鎧に着られている状態だった。
 あの年齢の子供ならば大人が護ってやるモノではないのか?
 愛と平和のためだと子供を戦わせる神に、此処にいるモノ達は疑問を抱かないのだろうか。
「教皇様!」
「シオン様!」
 教皇に会ったら言ってやろうと思っていた文句が口から出ようとした矢先、背後にある扉が勢いよく開いた。
 元気に飛び込んできた2人の子供。
 こういう姿を見ると子供らしいと思えるな。
 これがノックでもして「失礼します」なんて入ってきた日には、お前らの年齢を疑うところだ。
「2人とも心配はいらん。この者は邪悪な存在ではない」
 今までなら、こうした事は訂正せずに流れに任せてきたんだが。
「オレが邪悪に見えないのはアンタが邪悪じゃないからだ。邪悪な心を持ったモノがソレをオレに向けてきたなら、オレもソイツにとって邪悪な存在となる。それより、アレがクロスで良いんだな?」
 少しばかり不思議なモノを見る様な目をしていた教皇が、問いかけに対して頷いた。
 さて、このクロスがどういったモノなのか。
 正確に把握するにはそのモノに触れてみるのが一番なんだが、サガとアイオロスへと歩みを向ければアイオロスは露骨な警戒心をみせ、サガは困惑している。
「そこの教皇にセイントとやらになることを進められてな。クロスを知るために少しばかり触らせてもらうぞ」
 警戒心を向けてくるアイオロスではなく、サガへと手を伸ばしたんだが……今にもアイオロスの手が出そうになり、教皇がソレを止める声がした。
 最も、断りを入れたのはアイオロスでもサガでもなく、サガの纏っているクロスへなんだが。
「……教皇、コイツと同じモノに認められれば良いんだな?」
「簡単に言えばそういう事だ。しかし、最低でも数年の修業が   
 教皇の言葉を最後まで聞く必要はない。
 クロスに認められれば良いなら、直接問いかければ良いだけだ。
 同質の存在を探るために、力を外へ外へと広げてゆく。
 この部屋には存在していない。
 ならば部屋の外へとさらに広げ、時計台を通り過ぎる。
 既に結界と思われる境界まで広げたが、色よい返事は返ってこない。
 この程度の力ならば結界への影響もないだろうと、さらに外へ外へと広げる。
 広げれば広げるほどにサガのクロスと同質の存在は増えたが。
「一体……この小宇宙は何だと言うのだ……」
 オレを受け入れてくれるクロスを探っていれば、教皇の声が聞こえてくる。
 コスモとは何のことだ?
 教皇の言葉も気になったが、そのタイミングで1つの意思が是と返してきた。
「……約束しよう」
 求められたことに返事をすれば、目の前に1つの箱が姿を現していた。
 コイツが呼びかけに答えオレを受け入れた唯一のクロス。
「何故、風鳥星座の白銀聖衣が此処に……」
 教皇も驚いているが、オレもまさかクロスが自分で此処に来るとは思っていなかった。
「アプスがオレをセイントとして認めると言っている。コレで良いんだろう?」
「有り得ん。聖衣が司る地へ赴くこともなく、まして聖衣が自ら聖闘士の元へと姿を現すなど前例がない」
 それは……アンタらが知らないからだろうな。
「クロスがセイントを選ぶなら、クロスには意思があるという事だ。オレはクロスにとっては仮初のセイントになる事しかできないが、それでも力を貸してくれるヤツは居るかとクロスたちに問いかけただけだ。その問いかけに主を持たないクロスたちの中で唯一、コイツが応えてくれた」
 アプスの箱を撫でながら、教皇に伝える。
 少しでもコイツらの真の姿を知って欲しいと、コイツらの願いも込めて。
「聖衣が呼び掛けに応えた、か。ならば新たな風鳥星座の聖闘士よ。そろそろ、名を教えて貰えるか?」
「そういえば名乗っていなかったな。オレの名はシンだ。まぁ、そんなに長居をするつもりはないが、此処にいる間はセイントとしての役目を果たすと約束しよう」

 こうして、セイントとしての意外にも長くなる想定外の生活が始まった。




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