〜言の葉の部屋〜

仮初の聖闘士 07



 時間の無い生活は、流れる時間も早く感じる。
 6人の子供達と生活するようになってから3年の月日が流れた。
 もう8年もセイントをしているんだな・・・オレは。
 いや、アプス。お前に不満がある訳じゃない。
 ・・・何?どうせならあと40〜50年は此処に居ろだと?
 それは無理だろう。
 幾らなんでもお前の本当の主が現れるだろうからな。
「何話してんだよ」
「デスか。いや、アプスがあと40〜50年はこっちに居ろと言うからな。それは無理だと話していたところだ」
 クロスに意思がある事は、デスマスクら下の子供達も理解していた。
 未だにクロスの意思を掴めるモノはゴールドセイントにも1人も居ないが、時間が空いた時にはこの部屋に来てクロスに語りかけている。
 少しでも意思の疎通を図ろうとする姿は、他のセイント達にも見習わせたいところだ。
「あんたさ・・・いい加減、自分が聖闘士だって認めたらどうなんだよ」
「それは有り得ない。お前達にも言ったが、オレは」
「ハイハイ、別の世界から来たって話だろ。死者の世界を相手にしてるオレに言わせたら、それがどうしたって話だよ」
 デスマスクはサガに任せたと言うのに、何故かカノンに近い性格になっている。
 勘の良い所まで似ており、オレとしては面倒な相手が増えてしまった。
「デスマスク、どうかしたのか?」
「別に。コイツが何で自分が聖闘士だって認めないのかって話してただけだって」
「あぁ、それは俺も疑問に思っていた。教皇様に意見を言える立場でありながら、何故なんだ?」
 シュラもか。
 コイツはどちらかと言えばサガタイプに育っている。
 何と言うか・・・固いんだ、子供だというのに。
 預かった時からその兆候が見えたからこそ、カノンに任せたんだがな・・・
「お前達、良く考えてみろ。セイントはアテナの闘士。教皇はアテナが居ない時は地上の代行者。つまりは一介のセイントでは文句の言い様も無い相手と言うことになる。オレが立場を気にせずに文句を言ったり脅したり出来るのはオレが正規のセイントでは無いからなんだよ」
「・・・ジジィの事、脅してんのか?」
「当たり前だろう。アレは脅さなければ仕事を中々終わらせないからな。お前達は知らんだろうが、オレはアイツの執務室で半年前の書類を見つけた時にはアイツが教皇でよく今まで問題が無かったと不思議に思ったものだ」
「マジかよ・・・」
 それがオレとシオンのどちらに対する言葉なのかが気になるところだな。
 教皇を脅している事に対してなのか、教皇が仕事をしていない事に対してなのか。
「教皇を脅せるセイントなんざ居ないだろう?」
 アプスがそんな事は関係ない、と会話に割り込んできているが・・・クロスとして問題発言だと思うのはオレだけだろうか。
「それで、シュラもカプリコーンに今日の報告でもしに来たのか?」
「いや、シンに伝令が来た。教皇様がお呼びらしい」
「シオンが?」
「今回は俺達にも呼び出し状が来ていた。デスマスク、これはお前の分だ」
 オレだけじゃなくコイツ等にもだと?
 コイツ等をシオンが呼び出す理由が思い当たらないんだが・・・何かあったか・・・
「他のヤツ等はどうしてる」
「今はリビングに集まっている」
「そうか。デス、行くぞ」
「面倒くせぇ・・・」
 教皇からの呼び出しに対するお前のその態度はゴールドセイントとしてどうかと思うが、オレも正直面倒だ。
 アイツからの正式な呼び出し状で面倒で無かった事がどれくらいあったか。
 オレの記憶では全く無い、と言っていい筈だ。
「そうだな、だが面倒な事は早く済ませるに限る」
 オレがデスマスクの頭を軽く叩いてから先に部屋を出ると、デスマスクは俯いたまま何かを呟いた。
・・・聖闘士じゃないなら、アンタはいつまで聖域の味方でいてくれんだよ・・・
 デスマスクの呟きはしっかりとオレの耳には届いてしまっていた。
 此処で暮らす子供達は皆、オレがサンクチュアリの、特に神殿関係のヤツ等を嫌っている事を知っている。
 此処の在り方に嫌気がさしている事も。。
 オレに問うわけではなく、ただ口から出てしまっただけなんだろうが・・・答えてやった方が良いんだろうな。
「オレはサンクチュアリの味方だった事は一度もない」
 足をリビングへと向けながら、デスマスクの疑問に答えてやる。
 聞こえているとは思っていなかったんだろう。
 後ろを見ればオレの言葉に顔を上げるデスマスクと、突然の事にシュラも驚きを見せていた。
「サンクチュアリはオレにとっては如何でも良いんだ。サガに会い、ロスに会い、シオンに会い、カノンに会い、お前達にも会った。オレが此処に居るのはたったコレだけの人間の為だ」
 サンクチュアリどころかアテナすら如何でも良い。
 だが、コイツ等の存在はオレの中で大きくなっているのは確かだった。
 殺気に近い敵意を放ってくる神官を殺さずに耐えられるくらいには。
「オレは向けられた感情をそのまま相手に返す性質だというのはお前達も知っているだろう?相手がオレを敵だと認識しない限りはオレもソイツをそう思う事はない。だがサンクチュアリ全体を見れば、オレに敵意を持っているヤツが多すぎる。神殿関係者とかは特に、な。だからオレはサンクチュアリの味方にはなれない。立ち聞きしてるお前達も、覚えておけよ」
 この住処はそれ程広くは無い。
 話しながらでも歩いていればリビングには着いてしまう。
 オレの声に扉の向こう側で4人が聞き耳をたてているのは部屋の前に着いた時から解っていた事だ。
「シン・・・今の話は・・・」
「そんな深刻な顔をする必要は無い。オレがサンクチュアリをどう思っているか、神殿関係者をどう思っているかはシオンも知っている事だ。アイツは解っててオレにセイントをやらせている」
 だからアイツはサガやアイオロスを連れ出す時に簡単に許可を出し、コイツ等まで寄越した。
 カノン1人だったなら、オレはとっくにこんな居心地の悪い場所からは居なくなっていただろう。
 子供1人連れていても負担になる事はない。
 穴が現れ、オレが帰れる状態になったとしてもカノン1人なら向こうでも面倒は見れるが・・・それが今や6人だ。
 流石のオレもカノンの他にゴールドセイント5人を連れてサンクチュアリから出る、等という愚行を犯すつもりは更々無い。
「後はお前達次第、と言うところだな。さ、この話しは終わりにして、さっさとシオンの所に行くぞ」
 オレが足を外に向けると、子供達も聞きたい事があると言う表情はしているが取りあえずは黙って付いてくる事にした様だった。
 ・・・全員で行くとなると歩いて教皇宮まで行く事になるのか・・・面倒だな・・・
「悪いが、オレは先に行かせてもらう。お前達はゆっくりと」
「今日くらい一緒に行っても罰は当たらないと思いますよ」
 アフロディーテは誰に似たんだろうな。
 笑顔で有無を言わさぬ言動を取るヤツなんかサンクチュアリには居なかったと思うが。
「自慢じゃないが徒歩で教皇宮まで行った事がなくてな。唯でさえ面倒な呼び出しだと言うのに、十二宮の階段を上る趣味はオレには無い」
「良い機会じゃんか」
「俺達はいつも歩きだ」
 下の3人がオレの前と左右に立ち、後ろを見れば上の3人が頷きながら立ちふさがっていた。
 どうやら、全員オレを歩かせたいようだ。
「歩いて上るのが普通だからな」
「あんたに常識が通じないのは解ってるけどよ。たまにはオレ達に付き合えって」
「シンの身体能力ならば何の負担にもならないだろう?」
 気分の問題だ。
 面倒な事はさっさと片付けるに限ると言うのに、子供の歩幅に合わせる必要性から余計に歩みは遅くなっていた。
「・・・何年ぶりだろうな。こんなにのんびり歩くのは」
 歩みが遅くなると周りを見回す余裕が出来た。
 普段、住処から離れる時はゆっくりとは言えのんびりする事など出来る状況では無い。
 カノンの言うようにたまにはこんなのも悪くない・・・か。
「それ程までに・・・忙しかったのか・・・」
「そうだな、たまには1日休みをくれと思う時もあるな」
「オレ達が候補生の相手をしている時間は何をしているんだ?」
「任務に出たり、シオンの仕事を手伝ったり、セイントや兵達からの報告を聞いたり、結界の保持をしたりと色々だな」
 そう言えば、シオンから会計院の調査も頼まれていたか。
 時間がある時でとか言っていたが・・・金銭が絡む部署なら早々に片付けないとならないな。
 全く、アイツはオレを何だと思っているんだか。
「・・・シン」
「何だ?」
「あんた珍しく上の空だっただろ・・・」
 カノンの言葉に振り返れば、サガとアイオロスが何とも言いがたい表情をしていた。
 何よりも怒っている事は一番強く伝わってきている。
「そうみたいだな。のんびりした雰囲気に飲まれてた様だ」
 忙しい時間は瞬時の判断を求められるが、緩やかな時間は考えも緩くなる様だ。
 いつもカノンと話す調子で答えてしまっていた自分にカノンに指摘されるまで気付かないとはな。
「私達は黄金聖闘士だ」
「そうだな」
「ならば何故、白銀聖闘士の貴方ばかりが動く必要がある!」
「お前達がまだ子供だからだ。なに、お前達に任せられるようになったら楽をさせて貰うさ。今お前達に必要なのはセイントとしての力をつけながら、普通の人としての心を学ぶ事だ。オレから言わせればサンクチュアリの教育は異常だ。セイントが仕事やら戦いやらで人を殺す必要性があるにしても、子供の内から殺し合いをさせるなんざ馬鹿げている。オレが言うのもあれなんだが・・・」
 根本的な考え方が【人】とは違うオレが言えた事では無い。
 だが、そんなオレですら【人】が【人】を何の戸惑いも無く殺す事があってはならないと理解している。
 セイントならば例え10歳に満たない子供でも殺しをさせようとする神官達。
 セイントになる為にと、共に苦しい訓練に耐えている仲間と命の遣り取りをさせるサンクチュアリ。
 コイツ等も修行時代に命を奪うような訓練を課せられたかも知れないが、オレの目が届く範囲ではコイツ等にも幼い訓練生達にも命の遣り取りをさせるつもりは無い。
 全員を助けられない以上、自己満足だってのは分かっているんだけどな。
「出来る事なら、オレはお前達に人殺しなどさせたくはない」
 地上の平和を守る。
 確かに、人間の司法の目を逃れるようなヤツ等は平和を乱すだろう。
 今までに暗殺の依頼が来ていた相手も麻薬売買の大物やら、裏社会のトップやら怪しいヤツらばかりだった。
 だが、消した事で平和に繋がった事は無い。
 1人消せば別の誰かがそれを引き継ぐ。
 引き継ぐモノが決まらなければ、血で血を洗う抗争へと発展する事もある。
 オレが争いの引き金を引いたのは1度や2度では無かった。
 一度、組織ごと潰したが依頼主から苦情が来る始末。
 コレの何処が【地上の平和】の為に受けた依頼なんだ?
「さっさと帰っていれば、オレもこんな事で悩まずに済んだんだろうがな・・・」
 此処に来たばかりの、コイツ等を知らない、此処に集められた子供達の現状を知らないオレだったなら迷わずに飛び込むだろうが・・・今、目の前に穴が現れたとしてもオレは飛び込む事は出来ないだろう。
「お前達にも殺しを教える必要があると、オレにも解ってはいるんだ。それが戦いの場でお前達の命を繋ぐ為に必要な行為だと言う事もな。それでも・・・オレが代わってやれる間くらい、子供らしくしてて欲しいと思っても良いだろう?」
 お前達6人が自立した時が、オレがこの世界を去る時だと決めている。
 その時までは、と思うのはオレのエゴかも知れないが。



 オレが自分の考えを再確認してから30分足らずで、シオンの待つ教皇宮へと辿りついた。
 階段を上っている最中に、ゴールドクロスを引き連れたアプスが飛んできたのにはオレだけでなく子供達も驚いていたが、その理由は教皇の間の扉を開けた瞬間に理解出来た。
「やっと来たか。では、この子らも頼む」
 ・・・何でコイツはオレの決意をいとも簡単に崩すんだ・・・




← 06 Back 星座の部屋へ戻る Next 08 →