仮初の聖闘士 11
「随分と暗いな」
シオンの言葉に背後を見れば、シオンに張らせたクリスタルウォールと対峙してはいるが、子供達は未だに落ち込んだままだった。
「あぁ、少しばかりきつい事を言ったからな」
我関せずと全く気にしないヤツも居るかと思ったんだが、シャカにも何か考える事があったようだ。
「私が言っているのはお前の事なんだが」
「・・・そうか?」
「普段を0とすれば−100程度か」
シオンに此処まで言われるとは。
自分で思った通り、かなり情けない表情をしていると言う事か。
「そんな顔をするなら言わなければ良いものを」
「オレとて今はそう思って反省はしている。だがな・・・それなりにオレもショックを受けていたと言う事だ」
「お前がショックを受けるとは相当だな。何だ?アヤツ等に嫌われでもしたか?」
「・・・嫌われて、アイツ等が一緒に居たくないと言うなら此処から出て行けば良いだけなんだがな」
「何?此処から出ていく、だと?!」
「出ていくとは言っていないだろう。アイツ等が嫌がった場合の話だ。そうでない限りは一番下のカミュが任務を請け負える歳になるまで此処に居るつもりだ」
「何と・・・そこまでの覚悟を持っていたのか・・・」
覚悟も何も、アンタは知ってる事だろう。
何を改まって驚いているんだ。
「この話は此処までだ。仕事をさっさと片付けるぞ」
「うむ・・・しかしだな・・・」
突如シオンは声量を落としたかと思うとオレの背後を指差した。
そこには何故か先ほど以上に気落ちしている様子の子供達がいる。
「どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも、お前が出ていく等と言うからだろうが」
「待て。オレはアイツ等に聞こえない様に話している。まさかアンタ・・・」
「私がそんな手間を掛けて話す訳が無い」
つまりは、だ。
アイツ等にはシオンの声だけが聞こえていたという訳か。
「面倒事は好きではないんだがな・・・」
「好きでなくとも引き受けてしまうのがお前だろうに」
「シオン・・・いい加減誤解させる様な言い方をするのは止せ」
「お前がアヤツ等にも聞こえる様に話せば良いだろう。私の責任にするな」
「気まずいから聞こえない様に話しているんだろうが・・・」
シオンの言葉に呆れつつ、背後からオレに向けられる感情に居心地が悪くなったオレはシオンの執務室で仕事を片付ける事にした。
この1週間で溜めてしまった仕事は上の6人が下の面倒を見ている間に出来る限り終わらせてしまいたい。
「出るのか?」
「此処に居ても仕方ないだろう。後はお前に任せる」
コイツが見ていれば、クリスタルウォールで跳ね返された技で子供達が大怪我を負うような事は無いだろう。
「何もそんなに急がんでも良いだろうに」
「・・・?何を言っている。少しでも早く終わらせたいに決まっているだろう」
あの量だと集中したとして5〜6時間は掛かる。
今日は遠隔地へ赴くような仕事は入れていないが、サンクチュアリ内での仕事はあるからな・・・片付けられたとしても半分という所か。
執務室へ向かう為に扉へと向かうと、背後から余りにも覚えのある凍気がオレに向かってきていた。
「・・・・・・」
「カミュ・・・呼び止めるなら相手の足を凍らせずに名前を呼べと教えているだろう」
そう言いつつも、何時もより温度の低い凍気にオレは感心していた。
凍気の遣い手の目標は絶対零度だと言う事から避けられる凍気をわざと受け、その温度を確認しているだけにこの成長には嬉しいモノがある。
「スカーレッド・ニードル!」
「5発か。だが、どれも外れだ。命中精度を上げる事だな、ミロ」
凍気で凍らされたままの足への狙いも甘い。
一度に打ち出せる数を増やすのも課題だとは言ったが、精度を落としてまで上げる必要は無い。
それにしても急にどうしたんだか。
当たり前だが殺気や悪意は感じられないが・・・
「グレート・ホーン!」
「ライトニング・ボルト!」
「アル、リア、お前達も速度は若干上がったか。命中率が悪い分を2人攻撃でカバーしようとしたんだろうが、まだ避けられる空間が出来ているぞ」
ゴールドセイントと言えど、成り立てのコイツ等の拳は全てが光速ではない。
光速拳の中に混ざる速度の遅い拳を往なせば、片足が固定されていても躱すことが出来る。
本来ならばこの固定されている右足を狙うべきなんだが、困った事にこの2人はそういった相手の弱点を狙う戦いを良しとしない。
実践ならばその甘さが命取りになると教えてはいるんだが・・・まぁ、力量の差のある相手に対して2対1で仕掛けてきただけでも良しとするか。
「悪いが時間が惜しい。お前達の相手を
」
「クリスタル・ウォール!」
ムウよ。
オレはお前の師であるシオンのクリスタルウォールを砕けるんだがな・・・
「コスモの流れが不均一だ。ムウ、自分の師のクリスタルウォールのコスモの流れをしっかり見ろ」
扉の前に派生されたクリスタルウォールのコスモの流れを指一本で遮断し、破壊したその時。
「天空破邪魑魅魍魎」
今度はシャカか・・・
「魍魎を呼び出すのは構わんが・・・オレ相手に出すならもう少し上位の魍魎を呼び出す事だな、シャカ」
こんな餓鬼の様な雑魚を呼び出された所で痛くも痒くもない。
それはシャカも解っている事だろうが・・・コイツ等はどうやらオレを此処に足止めしたいらしいな。
オレと手合せがしたいならシャカの場合、魍魎を呼び出したりはせずに天魔降伏や六道輪廻あたりを放ってくる筈だ。
「お前達は・・・揃いも揃って何がしたいんだ・・・」
今は一分一秒でも惜しい。
こんな所で足止めを食らっている暇は無い。
「オレの足を止めたいならば、力を付ける事だな。この程度の凍気も魍魎も・・・邪魔にもならん」
サガ達の事と言い、シオンの態度と言い・・・今は多少虫の居所が悪い。
オレは足に纏わりつく氷を吹き飛ばすと同時に魍魎達をも消し飛ばしていた。
「・・・何処に行くのかね?」
「何処でも良いだろう。お前達の事はシオンに頼んである」
付いてくるなと言い置き教皇の間を出ようとした所で目の前には再びクリスタルウォールが張られていた。
「シオン・・・何故邪魔をする?それ程までにオレを怒らせたいのか?」
コスモの流れを見ればシオンのモノかムウのモノかは一目で解る。
「十分に怒っている奴が何を言うか。いい加減、八つ当たりは止めておけ」
八つ当たり、か。
確かに纏わりついた魍魎達を派手に吹き飛ばしたのは八つ当たりだったな。
だが、こんな気分になったのも元はと言えば・・・
「オレの気分に止めを刺したのはアンタなんだがな」
何故、そこで溜め息を吐く。
オレは間違った事は言っていないんだが。
「・・・後の仕事は私がやっておく。今日はもう休め」
アンタがやっておく?
違うだろう。
アンタが遣っておくんじゃない。
アンタが遣らなければならない仕事だ。
「ふざけるな・・・」
「何?」
「アレだけの仕事を溜めているヤツがよく言えたな・・・遣っておくと言うなら執務室にある書類は今日中に全部終わらせられると言うんだな?その上、休めと言う事はオレに入っている任務も全てお前が代わると?」
「む・・・」
「アンタは教皇だろう。出来もしない事を軽々しく口にするな!」
怒りに任せて左腕を強くクリスタルウォールに叩き付ける。
いつもならばガラスが割れるような音と共に破壊される筈のモノは破壊されずに、その形を保ったまま通路へと続く扉と周囲の壁ごと突き破りさらにその先の壁をも壊して教皇宮の外へと消えて行った。
それが普通ではないと、頭に血が上っていたオレが気付くのは執務室に着いてからの事になる。