〜言の葉の部屋〜

仮初の聖闘士 12



「・・・まずいだろうな・・・」
 オレ以外は誰も居ないと言うのに、口から言葉として出てしまう程度にはまずい状況だろう。
 此処に来るまでの間も神官や文官、神殿兵達が異様にオレに道を譲っていた理由が解ったのはつい先ほどの事だ。
 執務室に備え付けられている鏡に映ったオレの姿は   赤く染まっていた。
 アプスを纏っている訳ではない。
 それが全て自分の器から流れる血液である事に気付いたのは酷く損傷している左腕とそれよりは軽いが裂傷が複数ある右腕を見た時だった。
 痛みに鈍いとこういう時に困る。
 オレの器は有態に言えば死体だ。
 細胞が完全に死滅する前にオレが中に入り、再活性化させて使っているに過ぎない。
 その為の、死体であったが為の弊害が   痛覚の鈍化だった。
 最近は怪我を負う事も無かった為に余計に鈍くなっていたんだろう。
 腕に出来ている傷を観察すれば右腕は内部から損傷を負っていた。
 左腕に関して言えば内と外の両面か。
 改めて自分の器を観察すると其処彼処に裂傷が出来ている。
 左腕以外その全てが内側から出来たモノの為、衣服には損傷は無い。
 余りの傷の多さに手当をするのも面倒になったオレは仮眠用の寝台に備え付けられた真新しいシーツを破り両腕に適当に巻きつけた。
 胴や両足にも巻き付け簡単な止血をし、そのまま書類仕事を始める。
 流れた分の血液は創れば良いだけの話な上に原因も解っているのでこれ以上気にしても仕方がない。
 書類を汚さない様に気を遣いつつ仕事を進めていると、部屋に近付いて来るコスモがあった。
 中に入って来るのかと思いきや、そのまま部屋の前で止まり10分、20分と時間が経っても動く気配は無い。
 ・・・アレを見たなら、尻込みしても仕方がないか。
 幸い、と言って良いのか解らないが拒絶の感情は伝わってこない。
 その内、諦めて立ち去るだろうと思いきや1時間経ってもまるで動こうとしなかった。
「用があるなら入ってこい。無いなら鍛錬に戻れ」
 オレが声を掛ければ、ゆっくりと扉の開く音が室内に響く。
 扉を開きオレの姿が目に入ったのだろう。
 目を見開き、再び動きを止めた気配の持ち主達に再度オレは声を掛けた。
「サガ、カノン、ロス・・・居るのはお前達だけじゃないだろう。デス、シュラ、ディーテも其処に居るのは解っている。通路の角にいる下のヤツ等と馬鹿も呼んで来い。何度も話しをするのは面倒だ」
 コイツ等の聞きたい事は大凡解る。
 この8年間、何とか隠して来たんだがな。
 全員が狭くは無いが広くも無い執務室に集まったのを確認し、扉を閉めさせる。
 聞きたいが聞けない、という顔をしているな。
 戸惑いや不安がそれぞれから伝わってくる。
 オレはコイツ等が聞きたいであろう事を自分から話す事にした。
「余りにも凶悪で破壊力がある為に今日まで表には出さなかったが、教皇の間でお前達が見たモノがオレのコスモだ」
 自分でも初めて見た時は呆れた事を覚えている。
 そして、自身のコスモが異質である事にも当たり前だが気付いていた。
 それはそうだ。
 この器はこの世界のモノではない   つまりはコスモを内包しているモノではない。
 ゴールドセイントのもつ陽の光の様な黄金のコスモでもなく。
 シルバーセイントのもつ月の光の様な白銀のコスモでもなく。
 ブロンズセイントのもつこの星に溢れる優しい色のコスモでもない。
 濃い血の色をしたコスモ。
 この世界のセイントに、コスモを持つ者達との触れ合いによって触発されオレの中に生まれたモノ。
 シオンのクリスタルウォールが破壊されなかったのはクリスタルウォールの特性ではなく、オレのコスモとシオンのコスモ自体が反発した為だろう。
 普段は疑似コスモで覆い隠していたそれが感情の高ぶりによって表に出てしまった結果、教皇の間へと続く扉が破壊される事になり   オレの器をも破壊する事になった。
 オレが後悔する時は、大抵取り返しがつかなくなっている事が多い。
「・・・傷はもう良いのか?」
「ん?あぁ、放って置けば治るだろ、こんなモノ」
 しおらしいシオンと言うのも気味が悪いな・・・
「そんな事より、納得出来たならオレは仕事に戻りたいんだがな」
「・・・そんな事・・・か」
 それはそうだろう。
 放って置けば治るモノならば、放って置いたら増えるだけの仕事を優先するぞ、オレは。
「お前を心配する私や子供等よりも仕事の方が上だと言う事か」
「ちょっと待て。誰がそんな事を言った?オレはこんな怪我よりも、という意味で言ったに過ぎない。勝手な解釈をするな」
 何時もの様に半分ふざけているのかと思えば、心底落胆しているシオンにオレは慌てて訂正の言葉を入れた。
「アンタが遣り過ぎたと後悔しているのも、コイツ等が不安がっているのも伝わってきている。だがな・・・コイツ等が誤解しているのはもとはと言えばアンタが原因だろう。ならばアンタが誤解を解くべきだ。と言うより此処に連れてくる前に誤解を解いておけ」
「誤解・・・だと?」
 やはりな。
 不安がる気持ちからどうせそんな事だと思っていたが・・・
「お前達はシオンの言葉だけが聞こえていたんだろうが、あの会話はオレが出て行くと言う話をしていた訳ではない。オレもお前達にきつい事を言い過ぎたと反省していたに過ぎん。まぁ・・・お前達がこんなコスモの持ち主とは一緒に居たくないと言うならオレも考えるが・・・」
 拒絶は無いにせよ、危険性は考えているだろうからな。
 持ち主すら破壊するコスモなんざ危険極まりない。
「誤解しているのはアンタだよ・・・オレ達が不安だったのはアンタが倒れてるんじゃないかって事だ!アンタさ、今の自分の恰好解ってんのか!」
 改めて見てみれば、適当に巻き付けた布は大半が赤黒くなっている。
「それは・・・すまなかったな、カノン。自分が倒れると言う状況が想像出来なかったんだが・・・確かに、これだけの出血量があれば普通は倒れるか・・・」
 意図的に体内で血液を作り出せるオレ以外だったならば、死んでいてもおかしくは無いだろう。
 特に傷の深い右腕からの出血量はかなりのものだ。
「なら、何故早く入ってこなかった?オレが倒れているかと思っていたならさっさと扉を開けて入ってくれば良かっただろう」
「シンが無事な気配を感じたら・・・出て行く前に怒っていた事を思い出して入れなかったんだ」
 いつものアイオロスなら飛び込んでくるだろうと思えば、別の意味でコイツも尻込みしていた訳か。
「・・・アレはシオンに対して怒っていたんだがな・・・」
「何!?この子等が足止めしていた事にも怒っていたではないか!」
「此処に来るまでのサガ達との会話でイラつき、更にアンタとの会話でイラつきが倍増した所を足止めされて魍魎達に八つ当たりはしたが、オレが怒っていた相手はアンタだ」
「だから・・・笑った?」
 この声は・・・
「カミュ?」
「凍らせた時、シンは笑っていた。怒ってなかったから?」
「そうだ。お前の凍気がいつもより低かったからな。関心していた」
 頭を撫でてやれば、はにかむ様な笑顔を見せる。
 無口で無表情な子供だと思っていたが、こんな顔も出来るんだな。
「リア・・・お前あいつが笑ったの気付いたか?」
「そういうミロはどうなんだよ」
「・・・全然」
「オレも」
 内緒話は当人に聞こえないようにするのが筋なんだが、ミロとアイオリアが視線をムウとアルデバランに向けると2人とも首を横に振っていた。
「・・・オレの表情はそんなに読み辛いか・・・」
「案ずるな。私は表情は解らなくとも気配なら解る。有難く思いたまえ」
「お前の物言いだと有難いんだか有難くないんだか解らなくなるが、今回は有難く思っておくかな」
 言えば珍しくシャカが目を見開いた。
 コイツもオレがコイツの言葉通り有難がるとは思わなかったみたいだな。
「有難く思えと言ったのはお前だろう」
「・・・そうか。そういう顔をするのだな。覚えておこう。一つ聞きたいのだが、あのコスモはいつでも出せるものなのか?」
「出せるには出せるが・・・今回の感触から言えば、自損は避けられないな」
「諸刃の剣か」
「その上、お前達のコスモとは反発しあう性質の様だ。厄介な事この上ない」
 いっその事、封じてしまおうかとも思うが・・・今、この器を捨てて封印を施す訳にはいかない。
 ならばこの器に入った状態のまま地上で封じなければならないんだが、周囲の被害を考えるとサンクチュアリ内で行うのは不可能に近いだろう。
 場所を確保出来たとしても・・・
「・・・半々という所だな・・・」
「何のことだ?また一人で何かをしようとしているのか?」
「心配するな、サガ。コスモを封じるべきかどうか、考えていただけだ。それより、その手の物は何だ?デス達まで連れて部屋を出ていた様だが・・・」
「コスモを封じると言う話しも気になるが、取り敢えず手当をさせろ」
 だからか。
 水瓶に布、ガーゼ、包帯、薬瓶。
 居ないカノンは服でも取りに帰ったか。
 時間は惜しいが一先ずサガ達の遣りたいように遣らせるしかない。
 この顔をしたサガには何を言おうと無駄だからな・・・




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