〜言の葉の部屋〜

仮初の聖闘士 26



 可能性としては考えていた。
 それでも有り得ないだろうと除外していた事は認めよう。
「ついてくんなって言ってんだろうが!」
 事の切っ掛けは、新しくサンクチュアリに来た子供達を海へと連れて行った時だった。
 此処に来た子供達には必ず海へと入って貰い、スケイルの対が居るか如何かを調べているんだがセイントになる予定すら無い春麗を連れて行ったのが間違いだった。
 その場にオレが居れば良かったんだがシオンへの報告やらで手が空かず、サガ達年長者が任せろと言うので任せてしまったのも仕方のない事だろう。
 同年代の他の子供達が入っているからと春麗も海へと入ってしまい、他の子供達と楽しそうに遊び始めたのでサガ達も気を抜いてしまったらしい。
 入った場所のすぐそばに離岸流が発生しているとも気付かずに。
 徐々に流されている春麗に気付いたカノンが助けに入ったんだが・・・そのカノンにシードラゴンが反応した。
「お前もだ!お前はサガの聖衣だろ!」
 現在住処ではジェミニとシードラゴンによるカノン争奪戦が繰り広げられていた。
 元々セイントになるつもりは無いと豪語していたカノン故に当たり前の事だが、ジェネラルになるつもりも更々ない。
 何故そんな自分がこんな目に合うのかと愚痴を零していたが・・・そろそろ堪忍袋も持ちそうにないな。
「ジェミニ、シードラゴン。今以上にカノンに嫌われたくなければ大人しくしていろ。アプス、お前もコイツ等の為に態々扉を開けてやる必要は無い。良いな?」
 アプスも聖衣であるが故にジェミニとシードラゴンに協力しているのだろうが、どうせならば自分達でその辺りの事も出来る様になった方が良いだろう。
 オレの言葉にアプスが返事をし、2体を連れて専用の部屋へと戻って行った。
 ジェミニとシードラゴンは渋々と言った感じだったが。
「シオン。過去にこんな例はあったのか?」
「過去、と言われても私が知っているのは先の聖戦以降の話だからな。死して冥界軍に降った者は居たが・・・元々、死者は冥界の管轄。生きている者の中には居なかったとしか言えん」
「アンタ達は何か知っているか?」
 この事態に面白がって冥界から出て来ていたタナトスとヒュプノスに聞いてみれば、意外な答えが返ってきた。
 ちなみに共に来たパンドラは早々にサーシャや春麗の所へ嬉しそうに駆けて行ったきり戻ってくる様子は無い。
 ・・・パンドラも此処で引き取ってやった方が良いのだろうか・・・
「聖闘士が海将軍になった話は知らんが、冥闘士になりかけた事はある」
「先の射手座は己の罪に飲まれ、冥闘士に身を落としかけた。尤も、アテナにより聖闘士へと戻されてしまったがな」
 セイントがスペクターになる事はある、か。
 ならば、ジェネラルになる可能性も0では無いな。
「それでその双子座の片割れは如何するつもりだ?」
「双子座の聖衣に認められ、海龍の鱗衣に求められたか。ならば、いずれかの冥衣にも選ばれるやも知れんな」
 ・・・そんな事になってみろ。
 カノンだけでなく、今はその事で悩んでいるが為に大人しいサガまでもが荒れるに決まっている。
 まぁ、サープリスが自分を纏うモノを選ぶ基準を考えれば、【今のカノン】が選ばれる事は今の所有り得ないんだがな。
 サープリスは作り主であるハーデスに感化される。
 ハーデスは人間に絶望していた。
 その思いに感化されたサープリスは人間でありながらも人間に対して   対象が他人だろうが自分だろうが【人間】に対して絶望を懐いているモノを己を纏う存在として選んでいた。
 此処に居るスペクターとなった子供達もまた、様々な理由で人間に絶望していた子供達だった。
 これまでと今とで違う点と言えば、ハーデスが人間の負の面だけでなく正の面も見ようとしているが為に、人間であった時の記憶や感情をそのまま持ち続けている事だろう。
 何せ、ハーデスや双子神曰く、スペクターとなったモノはその時から人の理から外れ、人間に対して絶望した事以外の記憶や思いはマセイによって消されてしまうと言う事だったからな。
 ただサープリスやマセイがハーデスに感化されたことにより、今までとは違う現象も起こっていた。
 選ばれるスペクターの低年齢化。
 どうやらハーデスが器としている瞬の寿命が尽きる日までが人間を見極める為の期限となっている事が要因となっているのだろう、と言うのがハーデス本人の言だった。
 サープリスやマセイもまた、幼いながらに人間に絶望したモノ達がどう変化するのかを見たかったのではないか、と。
 オレとしてはハーデスや双子神の言うところの【今まで通り】にある程度の年齢に達したモノ達を選んで欲しかったところだが・・・まぁ、【今まで通り】と違いスペクターに選ばれた後も年を重ねている点は良しとしておこう。
「はぁ・・・助かった。ったく、何でオレなんだよ・・・」
「お前だから、だろうな」
 問いかけている訳では無いと解っていたが、答えを返したオレにカノンの強い視線が向けられてきた。
「オレが知らないとでも思ったか?お前、昔アプスにペンキを塗ったくった後から暇を見つけてはアイツ等の面倒見てただろ?」
「何でアンタが知って・・・ってクロスの言葉が解るんだから知ってて当たり前か」
「その上、中々対が現れないシードラゴンやクラーケンの面倒も見ていたそうじゃないか。シードラゴンはお前みたいなモノが己の対ならばと常々考えていたらしい。で、お前が海に触れた事で自分の対となれる波動を   海の守護者たる海将軍になれる資質を持っている事を知ってしまった。ならば、セイントになっていない今の内に、ジェミニに奪われる前に自分の対になって欲しいと強く思い、自ら動き出した」
「あー、その点はオレも関心してる。なんせ、アプスが先導する時以外で自分で動いたヤツは海龍が初めてだったからな。けど・・・オレは聖闘士にも海将軍にもなるつもりは無い」
 初めてシードラゴンが動いた時はカノン達だけでなくオレも驚いたからな。
 その上、部屋を壊したらオレの仕打ちが待っていると知っているアプスが出入りの時だけは協力している。
 そんなシードラゴンの様子を見て慌てたジェミニも数日遅れたが動き出した。
 現在、クロスやスケイル、そしてサープリス持ちの子供達は自分のクロス達も動いてくれるんじゃないかと期待に満ちているが・・・後何体が己の理から外れた存在と化してしまうのか。
 シオン曰く、原因はオレらしいが・・・オレは何もしていないんだがな。
「解っているさ。お前はセイントと同等の力を持ちながらもセイントではない存在として此処を客観的にみられる存在として、此処にいるモノ達を   セイント達を守ってやりたいんだろう?」
 地上の愛と平和をアテナと共に護るセイント達。
 だが、そのセイント達を護るモノは存在していない。
 このサンクチュアリで実際に戦うセイントよりも神官たちの方が大きな顔をしているのも【セイントは死んで未来へ繋げるモノであり、神官は生きて未来へ繋げるモノ】と言う考えが根本にあるからだ。
 聖戦の度に多くのセイントが死んでいたとなれば、そんな考えが湧いても仕方が無いのかも知れないがだからこそ、カノンの様な存在が生まれてしまった。
 歪んだ考えの犠牲となるモノが。
 カノンは   自分の様な存在が2度と生まれない様にしたいと強く思っている。
 セイントを祭り上げながらもセイントの言葉を真っ直ぐに受け止めないモノ達に対して、何が出来るのかと考えたカノンはセイントには為らず、それでいて力尽くの行動に出られても対抗できる存在であろうと決意した。
 尤も、当初はサンクチュアリへの恨みやらでセイントにはならないと言っていたんだが・・・サガやアイオロス、そして次々と此処で共に暮らす子供達が増えた事でその考えが変わったらしい。
 そんなカノンの気持ちも解らない訳では無いんだが・・・シードラゴンの気持ちも解る。
 ・・・まぁ、ジェミニには申し訳ないがアイツにはサガが居るしな。
「カノン。シードラゴンの立場を知っているか?」
「海将軍の筆頭が纏う鱗衣だろ。それがどうしたんだよ」
「ジェネラルの筆頭と言う事は海界ではポセイドンに次ぐ力を持つと言う事だ。そうなれば・・・解るな?」
 腰掛けではあるがセイントであり海皇や冥王から全権委任をされているオレと、ゴールドセイントの資格を持ってはいるが何の身分も無いカノン。
 オレに手を出す事は徐々に諦めて来ているが、何の地位もないカノンは未だに隙を狙われている。
 狙われた所で手を出されるようなヘマをカノンがする事は無いが、相手が手を出せない地位を得られるならばその期を逃す手は無いだろう。
「・・・ヤツ等への牽制にはなる、って事か」
「そういう事だ。それも連中が嫌っているオレとお前が、ポセイドンが微睡んでいる現状では海界でのトップと言う事になる。鬱陶しい奴らが減るぞ?」
 それに・・・オレが此処から去った後も、セイントの筆頭をサガが、そしてジェネラルの筆頭をカノンが勤めていれば、サンクチュアリと海界の間でおいそれと戦いが起こる事も無いだろう。
「はぁ・・・仕方ねぇな。少しばかり真剣に考えてやるって、アイツに伝えといてくれよ」
「自分で伝えれば良いだろう?」
「・・・ジェミニに聞かれたら面倒だろ」
 それはオレが伝えても状況が変わらないどころか、愚痴を聞かされ鬱陶し事この上ない状況に陥るんだが。
「時間はまだある。アイツ等だって今は喜びから行動に出ているだけで、お前が答えを出すまでは待ってくれるだろうさ」
「まだ、か・・・取り敢えずはサガに相談しねぇとな。黙って決めたりしたら、怒ってキレて拗ねて落ち込むに決まってるだろうし」
 特にお前の事に関しては、な。
「アンタもだ」
「何の事だ?」
「アンタも、何かやるつもりならサガにだけは話しとけよ。オレやロスは・・・まぁ、気が向いたら話してくれれば構わねぇけどさ。サガは・・・アンタの為にって頑張ってんだからよ」

 ・・・何でこいつはこうも感がいいんだ?




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