〜言の葉の部屋〜

仮初の聖闘士 18



 アテナだからどうだ、と言う事は何も無かった。
 そう、普通の赤ん坊と何ら変わりはなかった。
 愚図りもすれば夜泣きもする。
 昔居た場所で赤ん坊は夜中に何度も授乳が必要だと聞いた事はあったが・・・まさか寝かしつけて任務に行き、帰って来たら夜泣きで起こされたカノン達が困り果てていたと言う事態になるなど想定していなかった。
 まだまだ子供であるアイツ等を夜中に起こすのは問題なので今では子供達が眠りについた後はアテナを連れて外に出ている事にしている。
 とは言え、何処でも良い訳でもなく。
 女神殿で泣かれた時は、女神殿に詰めている巫女やら女官やらが何事かと騒ぎ出してしまうし、人気のない場所を求めて森の中に行けばアテナ自身があちらこちらに目をやってしまい中々寝付かない。
 人の居る場所からある程度の距離があり、泣いても周囲に迷惑が掛からず、アテナが気にするようなモノが全くない場所と考え   結局は火時計の上に行き付いてしまった。
 外気は肌寒いがアテナの周囲の温度を調節してやれば問題はないだろうし、任務が入っている時はシオンを叩き起こして此処で面倒を見させれば良いだろう。
 そんな生活をしている中で   アテナと共に過ごす事で湧き上がる疑問があった。
 アテナの降臨は聖戦が起こる事を告げると言うが今回の聖戦の相手が誰なのか、だ。
 オレが代価を払う事により海皇側から聖戦は起こさないと誓わせたのはアテナが降臨する以前の話だ。
 シオンがゴールドセイントだった時のアテナの様に母親の腹の中に居たなら時期的に相手が海皇である可能性もあったが、今回は人の器を持った神として降臨している上にオレが叩き起こさなければ海皇はまだ惰眠を貪るつもりでいた。
 ならば、此処には居ない天秤座のゴールドセイントが見張っていると言う冥王の封印がそろそろ破れる可能性が一番高い。
 破れる前にもう一度封印し直してしまえ、と言ってはみたがどうやら冥王自身は其処には封じられておらず、冥王の108人のスペクターに宿る星が封じられているらしい。
 冥王自身が封じられていないならば見張っていた所で意味が無いと思うのだが、それを言ってしまうと天秤座のゴールドセイントの役割を否定してしまう事になるので何とか口に出さずに己の内に留めた。
 と、なるとだ。
「シオン・・・一つ訊きたいんだが、ハーデスが憑代に宿る瞬間を狙う事は出来ないのか?」
「どういう意味だ」
「アンタの話じゃハーデスは生きた人間を器・・・憑代にするんだろ?憑代に宿る時は   意識体の様なモノが地上に現れるんじゃないのかと思ったんだが、違うのか?」
「いや、人間の少年の中にハーデスが居ったのは確かだが、どの様に入ったのかまでは私では解らん」
「憑代になる人間が生きたままであり、且つある程度育つまで地上に居たとなれば、ハーデスが憑代を冥界に運ばせて乗り移ったのではなくハーデスが地上に現れて乗り移ったと考えられないか?」
 生きた器を選んでいる以上、ハーデスは死んだ器には入る事が出来ないと考えらえる。
 となると、ここの冥界はどうだか知らないが、オレが知る限りでは死気の強い冥界の空気は人間の赤ん坊には毒にしかならないだろう。
 冥界に連れて行く事が出来なければ、地上で育って貰うしかない。
 その上、意識体であるポセイドンと接触して解った事だが、オレと違い此処の神々は意識体でもコスモを発しその存在を認識する事が出来る。
「アンタと天秤座のゴールドセイントは前の聖戦でハーデスのコスモを目の当たりにしているのだろう。幾ら200年以上経っていても神の強大なコスモは覚えているんじゃないか?」
「忘れる訳があるまい。あの様な小宇宙をな」
 ならば話は早い。
 天秤座は解らないがコイツは外見が年老いたとは言え、その能力までも錆びついている訳では無いのだからな。
「アンタ達がこの地上のどの程度の範囲までコスモを追えるか解らない上に、ハーデスが既に憑代に移ってしまっているのか、何年か先になるのかも解らないが・・・」
「私と童虎にハーデスの小宇宙を探れと言うのだな」
「アンタの話じゃ憑代に宿った後だとゴールドセイントが間近に行っても気付かなかった様だから、既に後手に回っている可能性はあるけどな」
 現にポセイドンのコスモも憑代に入ってからはかなり微弱になっている。
 元のコスモを知らなければオレでもコレが神のコスモだと解らない程に。
「まだ憑代に宿っていなければ先手を打てる可能性もある、と言う事か」
 無駄な労力を使う可能性の方が遥かに高いが、何もしないでいるよりはマシだろう。
 出来る事なら冥界に行って面倒事はさっさと終えてしまいたいのだが、他の次元では割合と見つかりやすかった冥界への道が此処では途切れてしまっていた。
 先の聖戦で冥王が地上に出て来ない様にとアテナが道を塞いでしまったのか、それとも冥王自身が道を閉ざしているのか。
「出来れば・・・冥王とも一度話してみたいんだがな・・・」
「何!?見つけ次第始末するのではないのか!」
「誰がそんな事を言った。冥王を始末したりしてみろ。行き場を失った亡者で地上は溢れ返る事になる。それに・・・オレは冥王が悪だとは思えない」
 冥王が何故、地上を粛正しようとしているのか。
 シオンの話やら此処に残っている文献やらを読んでも、冥王の真意を知る事は叶わなかった。
 この世界でアテナと幾度と無く戦いを繰り返している冥王ハーデス。
 サンクチュアリで語られるその姿はオレが知っている【ハーデス】とはどうしても食い違う部分が多かった。
 オレが見ている事しか出来なかった【神】達。
 その中でもハーデスは、どの次元においても無用な戦いは好まない神だった。
 陽の光も差さぬ、亡者の悲鳴が絶える事の無い冥界を治め続ける男神。
 他の神々以上に人間の行く末を按じていた   罪を犯す人間の多さゆえに。
 だからこそオレは冥王がアテナとの争いを繰り返している点に違和感を覚えてしまう。
「ペルセポネが傍に居る限りは地上やそこに住むモノに害をなそうとするようなヤツじゃ無かったんだがな」
「ペルセポネ?」
「冥王の傍らに居なかったか?ゼウスとデメテルの娘であり、ハーデスの妻、冥界の女王であり春を司る女神の姿が」
「いや、ハーデスに妻がいると言う話自体が初耳だ」
 ・・・如何いう事だ?
 この世界のハーデス   冥王はペルセポネを妻として迎えなかったのだろうか。
 そんな世界があってもおかしくは無い、か。
 考えてもみれば海皇の司る地である海底神殿にポセイドンの妻であるアンピトリテの姿も無かった。
 アテナが存在する以上、ゼウスは妻を娶っているのだろうが・・・今度、この世界の神の在り方について海皇にでも聞いてみるとしよう。
「側近にパンドラと言う女は居たが」
「パンドラ、か・・・」
 冥府に近い地下に住む女神だった女ならば、冥王の傍に居ておかしいと言う事は無いが。
「まぁどちらにせよハーデスを見つけるのが先だな。天秤座のゴールドセイントへの連絡は任せて良いよな?」
「アヤツと話すのは百数十年ぶりだな」
 どうやって連絡を取るのか見ていれば、セイントが多用するコスモを使った念話だった。
 ・・・その方法で連絡するならば、前の聖戦でのたった2人の生き残りなのだからもう少し交流を図れと思うのはオレだけじゃ無いだろうな。
 空間転移も出来るのだから、会おうと思えばいつでも会えただろうに。
「・・・うむ。童虎も賛同はしてくれたが・・・」
「が?」
「精度を重視するか範囲を重視するのか、と聞いてきている」
 精度を重視すれば範囲が狭まり、範囲を重視すれば精度は落ちると言う事か。
「精度重視で頼む。範囲外に居たのならば諦めは付くが、範囲内に居たのに精度が悪くて見落としたとなれば悔しいだろ?」
 何より8000km以上離れた距離をコスモでやり取り出来るのだから、範囲を狭めてもかなりのエリアを探れるだろうしな。
 どうやっても見つからない時は見つからないし、見つかる時は案外呆気なく見つかるものだ。
 暫くするとシオンのコスモの流れが途切れる。
「話は済んだのか?」
「出来れば一度お前に会ってみたいそうだ」
「オレに?」
「童虎も此方の動向は気にしてくれていたようでな。あの小宇宙を一瞬ではあるが感じ取ったそうだ。何があったのかと聞かれ、事の経緯を話してやったまでよ」
 成程。
 あの凶悪なコスモを感じ取った上にその持ち主が未だにサンクチュアリに居るとなれば気にならない筈が無いか。
 封じる時にはかなりの量を放出したからな・・・
「気が向いたら行ってやるさ。オレが言い出した事だが、いい歳なんだから無理はするなよ。見つからない可能性の方が高いんだからな」
「ほう、お前が私の心配を」
「アンタの心配じゃない。アンタが倒れたらオレに仕事が回ってくるだろうが。これ以上仕事を増やすとサガの眉間の皺が深くなりそうなんだよ」
 今回も面倒を見る事になった赤ん坊がアテナであるが為に文句を言いたくても言えずにいるに過ぎない。
 あれがジェネラルだったりしたら、小言が延々と続いただろうからな・・・




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