仮初の聖闘士 19
「その手のものは何だ」
サガの怒りを含んだ声がオレの耳に突き刺さる。
絶対に怒らせると予想してはいたんだが、子供だと言うのに何なんだこの迫力は。
「・・・ハーデスの憑代とその兄、だな」
腕の中で寝息を立てている赤ん坊と子供はつい今しがた日本から引き取ってきたばかりの兄弟だった。
あれからシオンと天秤座のドウコはオレが無理をするなと言ったにも関わらず、寝る間も惜しんでハーデスの探索を行っていた・・・シオンに関して言えば自分の仕事すら半分以上放棄して。
オレの仕事が増えてから・・・いや、2人が探索を始めてから5日目
丁度アテナの降臨から約1ヶ月が経った今日、ドウコがハーデスのコスモを僅かながら感知し、オレがドウコの指示で向かった先で睨み合っていたのがこの赤ん坊の兄とパンドラを名乗る少女だった。
予測通りハーデスは意識体としてこの世に現れており、この赤ん坊に乗り移ろうとしていた所に何とか割り込み話をしてみれば
ハーデスの言わんとしている事も解らなくも無かった。
まぁ・・・ある一点においては意気投合してしまったりもした。
「アテナ様の次はハーデスか・・・」
アイオロスが遠い目をするが、短期間で赤ん坊2人に幼子1人の面倒を見る事になり正直な話、オレ自身も戸惑ってはいるんだがな。
「シオンも承諾している上に確約は取ってきたから大丈夫だ。普通の赤ん坊として育てて問題ない」
「確約?」
赤ん坊とその兄を取り敢えずオレの部屋へ運び、図体だけは大きくなった子供達に簡単に経緯を説明してやれば、次第に顔が引きつってきている。
「と、まぁポセイドンと同じ様に自身に誓わせた訳だ。今回は地上に手を出さず、聖戦も起こさないってな。尤もサンクチュアリ側から仕掛けた場合、海界同様オレは向こうに付く事になっているが」
「相変わらず厄介事が好きだな、アンタは」
「言うなカノン。お前達が戦う事と天秤に掛ければ安いモノだろう」
「でもさ、あんたがそうやって戦い無くしちまうとオレらって居る意味なくなっちまうよな」
デスマスクの言葉に同年代のシュラとアフロディーテが同意し、下の6人は困惑を浮かべる。
セイントの存在する意味、か。
「どんな戦いでも、しなくて良いならそれに越した事は無い。それに・・・此処を狙っているモノは他に居る。それも神よりも厄介な連中だ。だがソイツ等はお前達が力を付ければ付けるほど、此処に手を出せなくなる。抑止力って役割がお前達にはあるんだよ」
「神よりも・・・厄介?」
「・・・人間だよ。人間が一番厄介だ」
カミュの問いに対してオレが答えを聞かせてやると、子供達の表情が強張る。
だが、此処で話を終わらせる訳にはいかない。
コイツ等は此処で【地上の平和】や【海の安寧】を守れる存在になる必要性がある。
「さっきも言ったが、神は己自身に誓わせれば良い。一方的に破棄する事が出来ない、恒久的な誓約だ。だが人間は違う。己自身に誓わせようが、神に誓わせようが・・・平然と嘘を吐く。和平を行った相手に対しても、戦いの場を変えて貶めようとする。強い力を欲する輩にとって、セイントの戦闘力は喉から手が出るほど欲しいモノだ。その戦闘力を己の意のままに操りたいと願うモノをオレは多く見てきた」
事実、裏の仕事を依頼してくるモノの中にはオレを引き抜こうとしたヤツも居た。
当たり前の事だが、そんな話をしてくるヤツ等には二度とそんな気を起こさない様に厳重に忠告してきたが。
「そういった輩にセイントの力が渡らないのはセイントがアテナと教皇からの命しか聞かない存在であり、アテナや教皇ごと傘下に下そうとしようものならセイント自身に阻まれるからだ。中にはセイント崩れを雇う連中もいるが、セイント崩れと正式なセイントでは実力の差が歴然としている上にゴールドセイントクラスのモノは存在しない。お前達が居るだけで、此処の平和が守られ同時に世界の秩序が崩れずにいるんだ」
一番問題になりそうなブラックセイントとやらは諸事情もあり潰してきたが、それ以外のセイント崩れ
修行途中で逃げ下手に力を付けた連中は普通の人間以上であってもセイント以下の存在でしかない。
徒党を組まれたとしてもコイツ等ならば問題無いだろう。
「シン・・・貴方はやはり人間が嫌いなのだな・・・」
「突然如何した?」
「貴方が人間を語る時、極力隠してはいるが微かに嫌悪の念が含まれていた。私達が人間だから気を使っているのだろうが、それに気付けぬほど私達は幼く無い」
シャカの確信めいた言葉に少なからずとも動揺してしまった。
それを見逃すシャカでは無く、シャカ以外の面々も
サガもアイオロスもカノンも、聞きたかったが聞いてはいけないと思っていたんだろう・・・シャカの口を止めようか如何するか、逡巡しているのが見て取れる。
コイツ等には悪いが、ハーデスと意気投合したのも【人間がどうしようもない存在だ】と言う点においてだった。
幾ら魂に罰を与えても繰り返し罪を犯す人間に絶望したのだとハーデスは言っていた。
そして地上の愛と平和を守ると言いながらも、地上を穢すモノに罰を与えないアテナが気に食わないのだとも。
地上を穢し続けるだけの存在ならば、粛清した所で問題は無いだろうと考えてしまう程に、ハーデスの絶望は深かった。
例えその行為によって冥府に死人が溢れる事になろうと。
だが、オレはハーデスと違い心ある人間も知っている。
「そうだな。他のモノと比べれば人間は自分勝手なヤツが多すぎて好きじゃない。と、言うよりも人間がオレを異物として嫌っているからな。嫌いになるなと言う方が難しいんだ。が・・・そんなオレにもお前達みたいに受け入れてくれる人間がいる。例え数人でも好意を懐ける相手がいるからオレは人間全てを嫌いになってはいない。ハーデスにも1人でも良いから好意を懐ける人間を見つけて欲しいとオレは思っているんだよ」
その1人に心が救われる事もある。
ハーデスに足りないのは【生きた人間】との接触。
絶望した、という事は裏を返せば人間に期待していたと言う事なんだが、ハーデスは人が悪心だけで罪を犯すのではないと言う事を知らずにいた。
だからオレはハーデスに提案した。
赤ん坊の中で、人の目線で【人間】を見ろと。
ただ憑代の中で力と時が満ちるのを待つのではなく、憑代である赤ん坊の心の育ち方を感じ取れと。
条件付きだがハーデスはそれを承諾してくれた。
1つ目はポセイドン同様、サンクチュアリ側から攻撃を仕掛けた際にはオレが冥界軍の先方としてそれを阻止する事。
2つ目はハーデスが憑代の中で力を蓄えている間、オレが冥界に出入りして秩序の復興に協力する事。
何でも先の聖戦以降、管理するモノがいなくなってしまい荒れ放題と言う事だから、これも仕方ないだろう。
3つ目は108のマセイの対処。
スペクターはセイントやジェネラルと違い、そのマセイとやらが宿った瞬間に己の役目を理解するらしいのだが、中には中々宿主が見つからないマセイもあるのだと言う・・・選り好みしているだけじゃないのかと言いたかったが・・・
そう言えばドウコには早々に知らせてやらないとならないな。
封印が綻びて既に一部のスペクターは復活している為、見張りはもう不要だと。
4つ目は人間を見定める期間。
神にとって人間の一生など瞬きにも等しい時間だろうが、今回の憑代の命が尽きるまでと言う事になった。
勿論、その間は憑代の寿命に関して冥界側から手出しする事は出来ない。
憑代である赤ん坊が長生きすればその分だけ、ハーデスが人間を見定める期間も長くなると言う事だ。
そして最後の5つ目が憑代の養育。
何でオレが育てなきゃならないんだとは思ったが、赤ん坊の兄に話を聞けば母親は死に、父親は見た事も無いのだと言う。
パンドラも付いて来ようとしたが、丁度迎えに来た双子神が引き取ったのは意外だったな・・・この双子神とも一悶着あったのだが、ハーデスが決めた事だと言う事で不承不承納得し冥界へと戻って行った。
「以前にも似た様な事を言っていたな・・・それで、あの2人の名は聞いているのだろうな」
何かを諦めたのだとサガの口調と深い溜息から解るが、そんなあからさまな態度で言わなくても良いだろう。
「赤ん坊がシュンで兄の方がイッキだ。出身は日本。その為、イッキが話せるのは日本語だけだが、まだ2歳だから言葉を覚えるのは早いだろうさ」
「「「「「「「「「「「「「「2歳?」」」」」」」」」」」」」」
やっぱりお前達もそこで引っかかるよな。
どう見てもイッキの体格は5歳児並みに見える。
現に、赤ん坊のシュンを抱きかかえてパンドラから走って逃げていた上に、オレが話を聞いた時もはっきりとした受け答えをしていた。
・・・追いかけていたパンドラも3歳だと言うから驚きだが、慣れた現象でもある。
セイントという前例を見続けてきたオレには、な。
「お前達とて実年齢と外見が釣り合ってないだろう」
「って事はイッキも強い小宇宙を持ってるって事か?」
「そうなるな。尤も、候補生として連れてきた訳じゃない。理由が理由とは言え、兄弟を離すのはどうかと思っただけだ」
サンクチュアリの馬鹿共のせいで同じ場所に居ながら離されていたカノンとサガ。
候補生として物心つかぬ内に親元から引き離されたが両親の死を切っ掛けに弟をサンクチュアリに招き入れたアイオロス。
3人には思うところがあったのだろう。
イッキの面倒は自分達が見ると言ってきた。
それでも・・・依頼を受ける量は減らさないとならないか。
流石に赤ん坊2人を頻繁にシオンに押し付ける訳にもいかないだろう。
馬鹿共は取り分が減ったせいで躍起になって依頼を受けようとしているが、最近は神官を通しての依頼はかなり減っているので問題ない。
収入源が減るのは痛いが、裏の依頼を暫く断ればかなり時間の余裕も出来る筈だ・・・等と言った考えは甘かった。
・・・子育てに時間の余裕などというモノはありはしなかったんだな・・・