〜言の葉の部屋〜

仮初の聖闘士 20



「シンはサーシャと瞬の父さまなの?」
 ロドリオ村からの帰り道。
 予期せぬ問い掛けにオレは一瞬耳を疑ってしまった。
 子供の成長は本当に早く赤ん坊達もすっかり喋れる様になり、情操教育の一環としてオレは2人を週に1度はロドリオ村へと連れて行き、同じ年頃の子供達と遊ばせる事にしていた。
 そうなると流石に普段からアテナと呼ぶわけにもいかず、シオンと相談した上で先の聖戦時に持っていた人としての名で呼ぶ事にしている。
 本来ならば一輝も連れて来たかったんだが、アイツもサガ並みに頑固で自分まで付いて行って面倒は掛けられないと頑なに拒否されてしまい、結局2人だけを連れて行っているんだが。
「・・・突然だな」
「だって、村の子が言ってたんだもの。サーシャの父さまは強くて良いなって。父さまって誰?って聞いたら、いつも一緒にいるのは父さまじゃないの?って言われたの。ね?」
「うん。それでね、なんでボクとサーシャはシンに似てないの?」
 強い云々は過日、村に入ってきた余所者が暴れていたのを止めたからだろうが・・・カノン達を連れて行った時にロドリオ村で広まった【オレが子供達の父親説】は連れて行く面子が増えるにつれて【父親が他所でつくってくる子供を全て引き取っている苦労性な長男説】が出た事で払拭されたと思っていたんだがな・・・赤ん坊のコイツ等を連れて行ったが為に再発したと言う事か。
 父親であるかないかは答えてもオレ自身に問題は無い。
 オレ自身には無いんが、告げたならば「なら父さまは何処にいるの?」となるに決まっている。
 アテナの父親はゼウスなのだから天界にいると答えたとして、サーシャがそれを村の子供達に言えばきっと父親は死んだと思われるだろう。
 瞬の父親に関して言えば消息不明だ。
 一輝にも確認してみたが瞬が生まれる以前から会った記憶は無く、母親は一輝達に父親が誰なのかを告げずに瞬を産んだ後に息を引き取ったのだと言う。
 オレが一輝達と出会った晩は身寄りが無くなった2人を病院側が孤児院に預けようとした日で、大人達が引き継ぎ作業を行っている間にパンドラと遭遇し、逃げ回る事になったと言う事だった。
 連れてきた翌日に改めて話を聞いたオレが焦ったのは言うまでもない。
 慌てて日本に行ってみれば、子供2人が行方不明になったと騒ぎになっていた。
 可能な限りの外交筋等を使って事無きを得たが、危うく誘拐犯になるところだったな・・・
「「シン?」」
「ん、あぁ・・・悪いがオレはお前達の父親ではないんだ」
 2人の声に思考が引き戻されたが、結局どう考えてもオレには嘘は付けない。
 あからさまにガッカリとした表情をされると申し訳ない気持ちにはなるが・・・いや、待てよ。
 この2人に【父と呼ばれて喜ぶヤツ】ならば心当たりがある。
「2人とも今からシオンの所に行くぞ」
「「シオン様?」」
「そうだ。着いたらシオンに父さまと言って抱きついてやれ。絶対に喜ぶと保証してやる」
 アイツならば否定せずに喜んで受け入れるだろう。
 外見は歳を食っているが、2世紀半近く生きていると言う年齢の割には若作りだ。
 教皇に子供が居たと言うスキャンダルが流れた所で、アイツにとっては痛くも痒くもないと断言できる。
「さ、しっかり掴まっているんだぞ」
「「はーい!」」
 ある程度ロドリオ村から離れた場所で周囲を確認し、2人を抱き上げたまま跳躍をする。
 普通の子供ならば怖くて泣き叫ぶだろう高さでも赤ん坊の頃からコレに慣れている2人は流れる景色を楽しそうに眺めていた。
 空を蹴って数度の跳躍を繰り返し、火時計の天辺で足を止る。
 2人の兄の様な存在であるゴールドセイント達が守護する十二宮の全てを見渡すことができ、教皇宮、そして頂きにあるアテナ像までもが一望できる唯一の場所。
 そしてオレが13年前に初めてこの地に降り立った場所でもある。
 此処は2人にとってもお気に入りの場所で、暇な時はしょっちゅう連れて来ていた。
「今日は如何やって行こうか?」
「「かべ!!」」
 これはオレが原因なんだが、2人は壁を壊して教皇宮へ入るのが好きだったりもする。
 後の選択肢は【薔薇】か【天辺】だが、これらを選ぶ事は少ない。
 薔薇は双魚宮の薔薇園に着地するんだが・・・花を踏まない様に細心の注意が必要な為、オレも殆ど使った事は無い。
 踏むと悪鬼の如くコスモを燃やすアフロディーテと、此処でも土壌改良を行っているシャカから怒濤の責めを受ける事になる。
 天辺はアテナ像の傍に着地するので楽ではあるんだが・・・サガに見つかるとこれも煩く説教される事になる。 アテナの希望なのだからと言っても聞く耳を持たない程だ。
 なので【壁】はオレにとっても一番気楽な手段であり、今日もまた教皇の間に破壊音が響き渡った。
「謁見中だったか。悪いな」
 壁を壊して飛び込めば、謁見の場である【教皇の間】には教皇の椅子に座ったシオンの他に2人の少女とその付添と思われる男達がいた。
「いや、丁度お前を呼ぼうとしたところだ。この2人は新たに白銀聖闘士になった魔鈴とシャイナ。数少ない女聖闘士だが、実力は中々のものだぞ」
「それは先が楽しみ   
 オレとシオンの話が終わらない内に、腕の中にいたサーシャと瞬がモゾモゾと動き下してくれと意思表示をしたので、仕方なしに床に下してやれば場の空気を読まない2人はオレが言ったことを即座に実行に移してしまった。
「「父さま!!」」
 良い笑顔で飛びついたな。
 シオンも2人の笑顔と嬉しげな声に口元に笑みをこぼしている。
 あれは他に人が居なければ更に崩れた顔になっていた事だろう。
「光栄ですな、サーシャ様。瞬も私などが父で良いのかね?」
「「うん!!」」
 ほらな、こういうヤツなんだよコイツは。
 シオンの事を対外的な教皇としてしか知らなかったのだろう新米シルバーセイント一行は呆然と事態を眺めている。
 それを見たシオンはわざとらしい咳払いを1つすると、両腕に2人を抱き上げたまま会話を元に戻した。
 ・・・真剣な話をするなら2人をおろせば良いだろうに。
「失礼したな。そこに居るのが先程話をした風鳥星座のシンだ。以後、2人にはコヤツの元で鍛錬を積んでもらう事になる」
「待て。またこの展開なのか?!」
「お前も言っていただろう。サーシャ様に姉の様な者がおれば助かると」
 確かに、言ったな。
 小さいうちならばいざ知らず、育てば特有の悩みも出て来る。
 そうなると、アイツ等じゃとてもじゃないが対応出来る筈が無い。
 オレが不在の時でも相談に乗ってやれるような存在が必要になるだろうな、とシオンに愚痴を言ったが・・・
「1つ良いか?」
「何だ」
「オレは住処の中で仮面の着用は認めないからな」
「う・・・む・・・」
 共に暮らすと言うのに表情も見えないなんざ冗談じゃない。
「サーシャもお姉さん達と一緒に暮らすなら仮面は嫌だよな?」
「サーシャ、お姉ちゃん達のお顔みたい!」
 子供は味方に付けた方が勝つ。
 それもサーシャはアテナだ。
 小さくとも、此処での現最高権力者に変わりは無い。
「ほら、サーシャもこう言っているが?」
「しかし・・・」
 まだ渋るか。
「何も常時外せと言っている訳じゃない。住処の中だけだ。女セイントの掟が如何とか言うなら、家族愛で良いだろう?この2人がオレ達を家族として愛せば何処に問題が残る」
 会って僅かな相手を愛せ、などと言うのが無理なのはオレとて解っている。
 それでもオレは女セイントだけに課せられたあの掟が嫌いなのだからしょうがない。
「伝わっている掟じゃ【素顔を見られた女セイントは相手を愛するか、殺す】となっているが相手を【恋人として愛せ】なんて文言は一切無い。愛ってのは色んな形があるだろう?家族愛でも友愛でも親愛でも師弟愛でも、愛情を懐く事には変わりはない」
「相変わらず、屁理屈が上手い」
「屁理屈ではなく真実だ。今まで誰も気付かなかっただけの、な」
 大体、素顔を見た相手ならば同じセイントだろうと殺せと言うのもおかしいんだ。
 セイント同士の私闘は禁じられていると言うのに。
 オレは【仲間に見られたならその時は相手をどんな形でも愛し許せる心を持ち、敵に見られたならば殺すまで戻らぬ覚悟で挑め】と言う意味合いだったのではないかと考えているが・・・これに関してはクロス達も良く解らない様なので真相を知るモノはこんな決まり事を決めたヤツしか居ない。
「・・・お前は良くとも、アヤツ等はどう思うか・・・」
「あれで結構柔軟性はある。問題は無いだろうさ」
 また人数が増える事で文句を言われるのは目に見えているが、サーシャの為だと言えば何とかなるだろう。
 アテナやハーデスが如何とか関係なく、今のアイツ等は揃いも揃ってサーシャ達に甘い。
「勝手に話を進めて悪かったが、改めて自己紹介をしよう。オレはシン。腰掛だがシルバーセイントをやっている」
「・・・13年もおってまだ腰掛とぬかすか・・・」
「黙れシオン。それでこっちがアテナのサーシャとハーデスの瞬だ」
「アテナ様!?」
「ハーデス??」
 事情を知らなければ驚くのも無理はないな。
「諸々の事情はゆっくりと住処で説明してやる。サーシャ、瞬。オレは先に戻るが、お姉さん達を住処に案内出来るな?」
「「はーい!」」
 良い返事だ。
 この2人にはこのまま素直に育って欲しい、と切に願ってしまった。




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