〜言の葉の部屋〜

偽りの教皇 24



「・・・なぁ」
「何だ」
「オレらって聖衣返上したよな?」
「・・・何度確認しようが、現実は変わらん。私とて何故この器でここに居続けることになっているのか」
 ゴールドクロスは確かにデスマスク達の意を酌んで、その実から離れ各々の宮に戻っていった。
 そして教皇の座に関しても、サガの手によって殺された教皇を生き返らせたことでオレでは無くなった筈だった。
 だというのに未だにデスマスク達はゴールドクロスを身に纏い、オレもまた教皇の装束を纏っている始末。
 教皇の職務に関しては表に出る必要があるモノは全て生き返らせた教皇   シオンが受け持っているが、サンクチュアリ内の処理に関してはオレに回されている。
 そしてデスマスク達は表の教皇ではなく、裏の教皇とされているオレ付きとしてゴールドセイントとしての職務をやらされていた。


 オレがハーデスの身体を器としてサンクチュアリに戻り、三人がセイントを辞めオレに付いてくるのだと決意を述べた、その時。
 アテナの悲痛なコスモがサンクチュアリに広がり、何事かと駆けつけた先ではある意味予想通りの光景が広がっていた。
 床を濡らす鮮やかな赤。
 その発生源でコスモを注ぎ続けるアテナと   アテナのコスモを拒絶するサガの姿。
 足を踏み入れれば視線が集まり、サガを助けて欲しい、とその視線の主達は一様に訴えていた。
「・・・今が時か?」
「あ、ぁ。つぐ、ないの、時、だ」
「此処に居るモノ達はお前の死を望んではいない。それでもか?」
 拒絶されても注がれ続けるアテナのコスモ。
 オレに胸を貫かれながらも己の意思と望みを伝えたのだから、話すくらい問題無いだろう。
「罪、には、罰を」
「あの時オレに殺されていれば良かっただろう」
 力無く、サガが首を振る。
「それで、は、罰、ではない。罪を、重ね、るだけ、だ」
 オレがコイツを殺した時も、アテナに合わせる顔が無いと死を望みながらも・・・全てが終わったその日に、アテナに断罪される日を生きて迎えることを望んでいた。
 だが、海界や冥界との戦いを終えてもアテナはサガを裁かなかった。
「・・・恨み言の一つや二つは聞いてやるが?」
 微かに瞳が見開かれたかと思えば、哀しげに歪む。
 消える事の無い憎しみを背負ったまま冥界に落ちるならば、今此処で吐き出させてしまった方が良い。
「な、ぜ・・・何故、あ、なた、は      
 小さくなってゆくサガの声を拾えたのはオレと   アテナくらいだろう。
「サガ」
 オレの背後から聞こえた声に、サガの視線が向けられる。
 どうにか、デスマスクは間に合ったか。
「貴様は死んで楽になろうとしているのか?」
「私、の死、は、お前の、望、み、だろう、カ、ノン」
「そうだな。貴様を倒し復讐を果たすことがこの13年の間、私を支えてきた」
 カノンの感情は此処にいる誰よりも落ち着いたモノだ。
 双子の兄弟だからこそ、解る事もあるのだろう。
「だが、私はまだ貴様を越えてはいない。貴様は私に復讐を果たさせないまま死ぬつもりなのだな」
 カノンの言葉にサガの瞳が揺れるが・・・決意は変わらない、か。
「貴様は卑怯だ。己の悪を認められず、指摘した私から他者に広がることを恐れ、女神の名を持ち出し、私を殺そうとした」
 アテナが断罪しない以上、この場でサガを断罪出来るのはコイツくらいだろう。
 例え、既にサガへの恨みが薄らいでいるのだとしても。
「・・・たった1人の肉親に殺されかけた私の恐怖が解るか?」
「カ、ノン・・・」
「あの頃の私にとって信じられる相手は貴様だけだった。だが・・・サガ・・・私は・・・貴様に死を望まれるほど、疎まれた存在だったのか?」
 その時の事は、オレも詳しくは調べてしないが・・・カノンはサガの心を護ろうとしたのだろう。
 完全なる悪が存在しないように、完全なる善も存在しない。
 例え神の様なと周囲から称えらえていたとしても、「お前も人間なのだ」と教えたかったのだろう。
 その心が、周囲の想いに押しつぶされる前に。
「貴様が此処で死ぬのは貴様の自己満足に過ぎない。貴様が死んだところで、私は貴様を許しはしない。貴様の死は贖罪には成りえない」
 言外に生きろと言っているのだと、サガも気付いている。
 気付いているが・・・
「カノン。貴様の望みをオレが1つだけ叶えてやる、と言ったら何を望む」
 既に生きる気力の無いサガに、幾ら生きろと言ったところで無駄に終わる。
「サガはお前が何を言おうが、今の生を終えるつもりだ。自分の命以外での償い方をコイツは知らないからな」
 13年前とは違い、今のサガは生きることを一切望んでいない。
 これ以上、自分が地上にいることを嫌悪すらしている。
「だから、サガの事は眠らせてやれ。それ以外なら、可能な範囲でお前の望みを叶えてやるぞ・・・サガは貴様が望めばどの様な罰でも受け入れるだろうからな」
 視線をカノンからサガへと移せば、小さく頷き返した。
「海龍、さっさとどうするのか決めちまえ。サガに残された時間をそいつが引き延ばしてんだからよ」
「既にアテナの小宇宙で留められる時は過ぎた。伝えたい事があるならば、さっさと伝えろ」
「その人がサガの魂を解放すれば、直ぐにでもサガは事切れる。尤も、君がこの人もサガも苦しめたいというなら最高の手かも知れないけどね」
 本当に、何でコイツらはアテナすら気付いていないことに気付くのか。
 力は漏れてない筈なんだがな。
「サガ・・・」
「お前、の、好き、なよう、にしろ。カノン」
「私は・・・私の望みは・・・」


「話を聞いているか?」
「あぁ。冥界から使いが来たのだろう。懲りないヤツらだが、いつも通り放っておけ」
「あんな風に頭を下げられると、さっさと帰れって何度も伝えるのは結構言いづらいのだけどね」
 執務室へと戻ってきたシュラとアフロディーテは余計な客まで引き連れてきていた。
 スペクター達が此処にくる理由など1つに決まっている。
「・・・器は返すことが出来ん」
「解っている。だが、魂は可能だと言っていた」
「・・・ハーデスを自由にしろ、と?」
「貴方の事だから、魂を縛る方法くらいあるだろう?」
 確かにある。
 あるんだが・・・
「解った。ラダマンティスには後20年程度で冥王の魂は解放されると伝えておくよ」
「納得しなければ解放の可能性は無い、とも伝えておこう」
「・・・お前たちはどうやってオレの考えを読んでいるんだ」
「視線の動きと」
「表情の変化、だね」
 クロスを纏った姿で、スペクターへと期限を伝えに行く為に、戻ったばかりの執務室から2人は出て行く。
「ま、妥当なところだろうな。鞭ばっかじゃダメ元で何か仕出かすかも知れねぇし」
「20年の間に、解放の条件などを詰める必要性が出て来たな」
 20年などあっという間に過ぎてしまうだろう。
 コイツ等と過ごした13年がそうであった様に。
「教皇様!」
 そのまま執務を続けていれば、ノックも無しに扉が開かれた。
「テメェ・・・何度言や解んだ!ゴラァ!!」
 と、オレが注意をする前にデスマスクの拳骨が駈け込んできたモノの頭へと落とされた。
 尤も、勢いがある様に見せて力は全然入れてはいないのだが・・・セイントにもなっていないモノにとっては其れなりの痛みがあるだろう。
「そんなに慌てて如何した」
「またアイツ等が来たから何とかして欲しくて・・・」
 ・・・今日は千客万来だな。
「デスマスク。教皇としての職務が終わり次第海界に向かうと、海皇の使者殿に伝えよ」
「はぁ?何言ってんだよ。アンタ、今日は午後から休みだったろうが!」
「どうせ下らぬ所要を任されるだけの事よ。休みなどそれが終わってからでもよかろう」
 この仕事中毒が、とブツブツと文句を言いながらも、海界からの使いの許へと向かう為に開け放たれた扉へと足を運ぶ。
 その扉の陰には中に入ってきたモノを心配しているモノの姿があった。
 物静かで思慮深い兄と、兄の性格を補うかの様に思慮しながらも行動に移してしまう弟。
 セイントの候補生としてでは無く、ゴールドセイントと教皇に保護された事になっている双子   サガとカノンだった存在。

 あの時、カノンが口にした望み。
 永遠の責め苦を与えるのではなく。
 その消滅を願うのでもなく。
 真っ新な、それこそセイントの候補生などに選ばれる前の、辛くも2人で支えあって生きていた頃のサガの様に純粋な優しさを持つ存在として、来世を命の限り、自ら命を絶つことなく生きること。
 可能ならば己が見届けたいが、それは出来ぬだろうからオレにその生を見届けて欲しい、と。

 そして、サガが口にした恨み。
 何故、どうしてオレがもっと早く聖域に現れなかったのかと。
 1年。
 そう、たった1年早く来ていれば、道を踏み外す自分達を止めてくれたのではないか、と。
 自分が殺されたことで道が正されたシュラが、オレの元で真っ直ぐ育っていったデスマスクとアフロディーテが羨ましかったのだと。

 【望み】と【恨み】を同時に叶えるために、オレはサガの魂を承諾を得たカノンの魂と共に一度冥府に送り、時間を早めた状態で輪廻の輪の中を巡らせ真っ新な状態にし、時を戻した器に入れてやった。
 善も悪も無い、純粋な存在として新たな生を受けた兄弟。
 コイツ等がどう育つのか。
 同じ事を繰り返してしまうのか、それとも新たな道を選ぶのか。

 それをこれからも見守り続けよう。

 大切な【家族】と共に。




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