〜言の葉の部屋〜

偽りの教皇 19



「・・・これは・・・」
 海界を抜け出てサンクチュアリへと辿り着けば、其処には悪意が満ちていた。
 足早に十二宮へと向かおうとすれば・・・結界の中は見るも無残に荒れている。
 そこかしこから聞こえる呻き声。
 それがまだ生きたモノがいるのだとオレに教えてくれている。
 何故。
 何故、オレはこうなる前に気付けなかったんだ。
「っ!教皇様!これ以上先に進んではなりません!」
 幾度か顔を合わせた事のあるシルバーセイントが己も怪我をしていると言うのに、オレを見つけるなり止めにくる。
「何があった」
「・・・申し上げられません」
「私は教皇だ。サンクチュアリの異変を知らなかったで済ませられる立場ではない」
「アテナ様のご命令です。此度の事は教皇様には一切伝えぬ様にと」
 何を考えているんだ、あの性悪女神は。
 アンタはオレとした約束を破るのか?
 オレに約束を破らせるつもりなのか?
 アイツ等を、此処に居るオレを慕ってくれるモノ達をオレは護ると約束しただろう!
「教皇様!」
「お前達は此処で休んでいろ。余り動いては怪我に障る」
「ですが・・・」
 気配を探れば今にも死にそうなモノが多数。
 可能な限り探索の範囲を広げ、負傷者の位置と数を確認すれば十二宮近辺にはまだ被害は広がって居ないようだった。
 近くにいたモノ達がオレの姿を見て集まってくるが、皆一様に傷を負っていると言うのに   動くのも辛いだろうにオレを心配している。
 この様子だと・・・最初に声を掛けてきたシルバーセイントだけでなく、他のモノ達までもがスケイルを纏っているオレを教皇と認識している以上、アイツ等がオレに関する何かを話して聞かせたのは確実だな。
「!?教皇様、何を」
「お前達を死なせない為に手を打つだけだ」
 オレには他人の傷を癒す術は無い。
 が、自分に移す術ならばある。
 それも直接触れずともおこなえる術が。
 手の平に出現させた光球はサンクチュアリの上空へと舞い上がり、四方八方へと飛び散る。
 その光はオレの周りに集まっているモノ達にも降り注ぎ、その身を包んだ。
 今ここで、オレがダメージを負う訳にはいかないが、全てが終わった後ならば構わないだろう。
「良いか。オレはこれから侵入者の殲滅に当たる。もうじき海界からジェネラル達が来るだろう。ヤツ等には負傷者の搬送を行う様に伝えてくれ」
「駄目です!アテナ様のご命令が!」
「オレはオレの意思で動くまでだ。此処で動かなければ悔いが残る」
 アテナの命令など聞く気はない。
 オレはオレのした約束を果たすだけ。
 止めようとしていたモノ達の声が遠ざかり、サンクチュアリの中心部へと向かえば途中途中に闇色の鎧を身に纏った悪意の塊がいる。
 それらを全て排除しつつ十二宮へと辿り着けば、白羊宮の前で睨み合っているモノ達がいた。
 一方は此処に来るまでに排除したモノ達と同じ様な闇色をした   しかし牡羊座のゴールドクロスと同じ形をした鎧を身に纏い、もう一方は見た事の無いゴールドクロスを身に纏った青年。
 青年はオレを見るなり、何故此処に居るのかと言う顔をする。
「・・・ドウコ、か?」
 その青年の発するコスモには覚えがあった。
「お主!えぇい、来てしまったなら仕方が無い。コヤツ等はハーデスの冥闘士じゃ!此処はワシに任せ、お主は中に入った者達を頼む!」
「ハーデスのスペクター、か。殺しても問題はないな?」
「無い!」
「承知した」
 とは言え、此処に来るまでにかなりの数を処理しているので今更と言えば今更なんだが。
 白羊宮は既にもぬけの殻だった。
 ムウは金牛宮へと向かっているのが気配で解る。
 本来ならば一番先に進んでしまっているスペクターの元へと急ぎたかったが・・・アルデバランの気配が薄い上に敵の気配もある。
 あの力で命は繋いでいる筈なんだが、確認する為にも金牛宮へと足を踏み入れた。
「アルデバラン、ムウ」
「来てしまいましたか・・・」
 アルデバランからは返事が無い。
 だが・・・どうやらオレの力は間に合った様だった。
 僅かながらに残った命の火を繋ぎ止めている。
「雑魚が1匹増えた所で如何と言う事は無い!タウラス同様、この場で息の根を、止め、て・・・」
「残念だが・・・貴様の殺気は当に感じていた。まさか、自分が死んだことに気付かないまま殺気を放つ輩が居るとは思わなかったがな」
 殺気を感じているのに何故オレはこいつを殺しに行かないのかと相手を探れば・・・オレが手を出さずともアルデバランが既に仕留めていた。
「ムウ、お前はアルデバランを頼む」
「・・・いえ、彼はもう・・・」
「まだ生きている。魂も離れては居ない。オレが嘘を言うと思うか?」
「そうでしたね。貴方が言うのならば、間違いは無いのでしょう。ですが」
「アテナの命令などオレは知らん。この先に居る奴らはオレに任せろ。全て・・・始末してやる」
「教皇!何を!」
 金牛宮を抜けるオレへと向けられた言葉は、何をするつもりなのか、と問いたかったんだろうな。
 今のオレが遣る事など、現状を考えれば一つしか無いだろうに。
 次は・・・サガの双児宮か。
 中からは複数の悪意と共にサガのコスモが感じられる。
 オレの存在に気付いていないが故に、まだ憎悪は感じられない。
 入るべきか悩んでも・・・意味は無いな。
 双児宮にはサガのコスモが隅々まで行き渡り、内部は異空間の迷宮と化していた。
 複数の相手を足止めしつつ、その体力を奪うつもりか。
 足を踏み入れればオレに気付いたのだろう。
 サガの感情が乱れる。
「サガ、今はお前の相手をするつもりは無い」
 同じ道を繰り返し進んでいるスペクターの気配が近づいてくる。
 そしてサガが感情と共に乱したコスモの隙をついて宮を抜けた気配が幾つかある。
 この先は・・・巨蟹宮。
「貴様らは此処までだ」
「なにっ・・・」
 出口を目指して走り続けていたスペクター達の屍が転がると、迷宮は解け本来の双児宮が姿を現した。
「後始末は任せる」
「・・・私は・・・」
「良いさ、オレを許せないならそれでな。取り敢えず、カノンは元気にやっているとだけ伝えておく」
 サガからのオレに対する憎悪は多少は薄れているが、完全に消えてはいない。
 いや、消えるのは不可能だな。
 それだけの事を、オレはしたのだから。
 立ち尽くすサガの横を通り双児宮を抜ければ、巨蟹宮へと向かっているスペクターの一団が目に入った。
 そして・・・巨蟹宮の入り口でそれらを待ち構える人影も。
「やっぱり、アンタだったのかよ」
「約束、だからな」
「・・・ったく。ポセイドンまで巻き込んでアンタが来ねぇようにしたってのに。ま、アンタのお蔭でオレは楽が出来たけどな」
 デスマスクの視線の先には階段の中程に横たわるスペクターの屍があった。
「まだ1つ残っている筈なんだが・・・」
「あぁ?見る限りじゃ人影なんざねぇが」
 だが、悪意はまだ残っている。
 周囲を見渡していれば、屍の中で何かが蠢いていた。
 人の形を成していないが・・・アレもスペクターなのか?
『まさか、あれだけの冥闘士が遣られてしまうとは。少々、聖域の戦力を甘くみていましたよ』
 とても人とは思えないモノから思念で声が伝わってくる。
 思念の発信源も、悪意の出所も間違いなくあの人ならざるモノからだった。
『ですが、わたしはそう簡単には』
「貴様がスペクターならば始末するまでだ」
 人型では無かったが為に殺り残しただけだからな。
 何処をどうすれば死ぬのか解らないので、出来れば殺意を向けて来て欲しい所なんだが。
「ん?なんだそれ?」
「そうだな・・・ブラックホールの様なモノ、とでも言えばいいか」
 指先に出現させた黒い球体にデスマスクが訝しげな視線を向ける。
 此処で使うならば、この位のサイズが限界だろう。
 小さな黒い点にしか見えないそれを人では無いスペクターへ向けて放り飛ばせば、触れた瞬間に周囲の屍も巻き込んで綺麗に消えた。
「ホント、何でもアリだよな・・・」
「・・・オレにも出来ない事はあるがな」
「出来ねぇ事の方が少ねぇだろうが」
 その少ない【出来ない事】が出来たら良かった、と今日ほど思った日は無い。
 そうすれば・・・オレはもっと別の道を選ぶことも出来たんだろうからな。




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