偽りの教皇 18
海界に来てから更に数週間が過ぎた。
ジェネラル筆頭であるカノンの代行をしていた時はこんな風に考えた事は無かったんだが、ここ最近・・・
「暇だな・・・」
独り言ちれば、背後から普段から感じる憎悪や敵意以上の怒りの感情がぶつけられてくる。
オレはどうにもこの顔と相性が悪いらしい。
サンクチュアリにいた時は事ある毎にサガに怒られていたが・・・魂を肉体に戻してやってからというモノ、事ある毎にオレはカノンの怒りを買っていた。
双子だけの事はあり、基本真面目なんだよな・・・コイツも。
カノンはオレの海界改革に対する反発心で肉体に戻る事を決意した。
と、本人は言っていたが実情はジェネラル達が自分へと向ける想いにやっと気付き、それに応えようとしての事。
なにせ蘇ったカノンはジェネラル筆頭の地位、そして神を騙して得たスケイルをポセイドンに返上しようとしていたんだからな・・・オレのしている海界改革に反発してならば、地位の返上をしてしまったら何も出来ないと言うのに。
だが、カノンが唯人に戻る事はポセイドンおよびスケイルであるシードラゴンに拒否されたことで叶わなかった。
そしてオレもまた、カノンが蘇ったのだから代行の必要性はなくなっただろうとシーサーペントをポセイドンに返そうとしたんだが、これもまたポセイドンとシーサーペント本人に拒否された。
ポセイドン曰く、ジェネラルを選ぶのはスケイル自身なのだと。
スケイル曰く、一度【対】として認めた相手を見限る事は無いのだと。
カノンはオレが伝えたスケイルの言葉に「自分は神を欺てい手に入れたのだ」と反論していたが、シードラゴンはすっぱりとその言葉を切って捨てた。
7体のスケイルがそろっている場でカノンが自分を選んだのは偶然ではなく、ジェネラルとして必然だったのだと。
聞かされた本人は「ならば兄が私をスニオン岬に閉じ込めた事すら、私が海将軍になる為の
海界に来るための布石に過ぎなかったと言うのか」と自嘲気味につぶやいていたが、蘇ったカノンを疎みもせずに心の底から受け入れてくれる存在達が居る事に対する喜びも得ていた。
その気持ちが、オレには痛い程に解ってしまった。
そんなこんなで、海界はアテナとの戦い
と言うよりはオレとの戦いが起こる前の状態に戻り、ジェネラルが揃ってからは海洋生物の異常行動も減っている。
地上の平和を守るのがアテナとセイントの役目ならば、海の安寧を守るのがポセイドンとジェネラルの役目。
それ故に・・・此処でカノンの代行をしているとポセイドンが人を滅ぼそうとしたのも必然だろうと思えてしまう。
海にとって一番の敵は他でもない、人間だった。
狩猟の一環として海洋生物を狩るのは仕方のない事だろう。
海に住むモノ達もそれは理解している。
狩り狩られるのは、遥か古代から続いてきたのだからと。
しかし人は汚染された水を海へと流し込み、其処に住むモノ達を脅かし始めた。
人間以外の生物は決して行わない
行えない行為。
それにポセイドンが危機感を懐いても仕方のない事だと言える。
尤も、だからと言って今のオレがポセイドンに付く事は無いが。
「・・・怒るならばオレにも仕事を割り振れば良いだろう」
「ポセイドンが貴様にはここで私の仕事を手伝わせろと煩い」
「ならば手伝ってやると何度も言っているが?」
「貴様に任せると手を抜くだろうが!」
手を抜いているつもりはないんだが・・・コイツから見ればそう見えるのだろうな。
声に出して言えば嫌がられるだろうが、本当にそっくりだよ・・・この双子は。
「やる事が無いなら、そろそろ地上に戻りたいんだが」
「・・・私の知った事では無い」
確かにな。
確かに、カノンが知った事ではないんだが・・・
「・・・何か隠しているな?」
聞けばピクリと米神が微かに動く。
「暇な時は来ると言っていたデスマスク達も此処数日顔を見せに来ていない。それと関係があるんじゃないのか?」
「・・・私の知った事ではないと言っているだろう」
ここまでくれば確定だな。
基本、カノンもサガと同じでモノを言う時は必ず相手の目を見て伝える。
そんなサガが人の目を見ないで話をする時は大抵が何かを誤魔化そうとしている時だった。
今のカノンは正にその状態であり、決定的なのが本人も気付いていないであろう嘘を吐いている時の癖だ。
「クラーケン・・・いや、アイザックが最近、落ち着きが無いのもアンタが隠している事が原因か?」
「・・・私が知る訳がない」
となると、サンクチュアリが絡んでいるな。
再び肉体に戻ってからと言うモノ、カノンはサンクチュアリに関する事を一切口にしなくなった。
まるでその存在すら切り捨てるかのように。
実の兄に殺されかけたと言う経験は、心に深い傷を残しているのだろう。
そんなカノンとは対照的に自分から進んでサンクチュアリに出向いているのがアイザックだった。
師であるカミュと弟弟子であるヒョウガが居るのだから、それも仕方のない事なんだが・・・そんなアイザックが此処数日、それもデスマスク達が来なくなったのと時期を同じくしてサンクチュアリの事をカノン同様に口に出さなくなった。
が、どうにも「行きたいが行けない」と言う状態の様で、そわそわとしながらカミュとヒョウガを案じている。
海界は地上からは距離がある上に、ポセイドンとジェネラル達の結界によって地上の動向はオレでも掴み難くい。
サンクチュアリでは常に感じられたアイツ等の想いも、此処までは届いてこない。
今のオレには、地上で何かが起こっても・・・知る術がない。
アイザックもそんなもどかしさから落ち着かないのだろう、と其処まで考えた所で不安が過った。
そう、オレは此処に来てからと言うモノ、海に関する情報は得ていたが地上に関する情報はジェネラルや此処を訪ねてくれるデスマスク達から齎されている。
それが数日とは言え途切れている現状。
・・・もっと早く、気づくべきだった。
嫌な予感と言うモノは、最悪な時ほど当たり易いのだと。
「何処へ行く」
「地上に決まっている。オレに知られては不都合な何かが起こっているのだろう?」
右腕は未だに治っていないが、この際アテナの命など関係ない。
執務室を出ようと扉を開ければ、番をしているマリーナが手にした槍で道を塞ぐ。
「・・・ポセイドンが貴様を此処から出すなと海域全土に言い渡している」
「邪魔をするなら
排除する事になるが?」
闘気をぶつけて脅せばマリーナ達が一歩後退したが、それでも気丈に意識を保ち道を塞いでいる。
同胞殺しの似非ジェネラルなど放っておけば良いモノを。
コイツ等の使命感は感嘆に値するがな。
さて、コイツ等を傷付けずにどう此処を突破しようかと考えていれば慌ただしい足音が近付いてきていた。
足音の主達は執務室の出入口で睨み合うオレとマリーナを目にすると罰の悪そうな顔をする。
「大海蛇、海龍は中に?」
「あぁ、オレの事は気にするな。火急の報告があるなら、さっさとしてしまえ」
「そうさせて貰いたいんだが・・・」
口を濁すのはオレには聞かせられない内容だから、か。
「その男は大方の事に気付き始めている。此処で聞かれようが聞かれまいが結果は変わらん」
だからさっさと報告をしろと促すカノンの態度に、アイザックは重い口を開いた。
「先生・・・水瓶座のカミュより連絡が入りました。聖域は冥界軍との交戦を開始。蟹座らより教皇を此処から出さない様に連絡をしてくれと頼まれた、と。また、それは聖域に居る者達の総意である事もポセイドン様に伝えて欲しい、と」
「冥界軍、だと?」
オレが此処に来る前にドウコに確認した時には冥界軍の封印に変わった所は無いと聞いている。
たったの数週間でサンクチュアリに侵攻するほどの戦力が整ったと言うのか。
「・・・数日前に先代教皇の墓が荒らされたそうだ。その調査が済むまで貴様を此処にとどめて欲しいと、蟹座がポセイドンに直談判をしていた」
「オレを自軍に引き込みたいポセイドンはそれを二つ返事で了承したと言う事か」
神は己の誓いを破る事は無い。
聖戦が勃発するならばオレが真っ先に敵陣に切り込むことをアテナは了承していた。
だが・・・神と違い人は簡単に約束を破る事が出来る。
神が守ろうとすれども、それを行動に移す人間がその神の命に従わなければ神の誓いは意味をなさないモノになってしまう。
『だからアンタは馬鹿なんだよ。今、此処にいるヤツ等の中でアンタだけが本来ならこんな面倒に係わらなくても済んだんだ』
あのデスマスクの言葉には・・・聖戦に関与する事も含まれていたんだろうな。
だがなぁ・・・デスマスク。
此処まで係わっておきながら、今更オレがお前達を見捨てられる訳がないだろうが。
「カノン、ポセイドンに伝えてくれ。オレはオレの約束を果たすために地上へ戻る、と」
ヘッドパーツを外し、シーサーペントをオブジェへと戻そうとしたが、自分も付いて行くのだと反発されてしまった。
ついて来た所で、良い事なんぞ無いと思うんだがな。
「・・・ジェネラル筆頭としては許可は出せん。貴様が此処を出ると言うなら、海界は全力で阻止をするまで」
「そう言うだろうとは思っていたがな。オレもアンタ達にはあまり手を出したくは無いんだが・・・」
「だが、私個人としては勝手にしろと思っている。私の邪魔をした憎い貴様が目の前からいなくなってくれるのだからな。お前達も今から1分だけ、海将軍、海闘士としての立場ではなく、個人として此奴の行動に目をつむってやれ。1分が経過した後はポセイドンの兵として此奴を追え。良いな」
カノンの言葉を受けて、出入口を塞いでいたマリーナ達も報告に来たジェネラル達も一様に頷いて道を開けてくれた。
「ポセイドンが気付けば煩くなる。さっさと失せろ」
「すまない。恩に着る」
そして律儀にもカノンの言葉を守ったモノ達は、きっかり1分後にオレを追ってきた。
が、オレには1分もあれば十分。
その頃には地上へ上がり、サンクチュアリを目指していた。