偽りの教皇 23
『アンタは此処の教皇で海界の8人目の海将軍で冥界の王・・・ってアンタ、何気に地、海、冥の三界でそれなりに権力持っちまって最強じゃね?』
そう口にしたデスマスクは呆れの色を含ませながらも、嬉しげだった。
シュラも、アフロディーテも。
それがどれ程の危険を此処に呼び込むのか、解っているのだろうに。
それでも尚、オレが戻った事の方が嬉しいのだと。
「・・・アテナよ」
敢えて、教皇として呼び掛ければ何事かと訝しみながらも近付いてくる。
冥界軍を外界との境に残し、十二宮へと歩を進め。
最初の宮たる白羊宮には、闇色のサープリスを身に纏った男がオレの力の結晶の中で眠っていた。
「今からこの男を蘇らせる。故に・・・私の役目は終いとなる」
アテナだけでなく、その場に居たモノ全てが息を呑んだ。
オレが教皇として此処に居たのは【教皇たれるモノ】が不在だからこそ。
ならば、この男が
真の教皇とも言えるモノが蘇れば、オレに此処での役目は無くなる。
あぁ、この男にサープリスは不要だな。
ハーデスの力によって作られたサープリスを、ハーデスのコスモを使って無に返す。
代わりにオレが此処で使っていた部屋から
教皇の私室から教皇の法衣を男の身へと転移させる。
「目覚めよ。サンクチュアリの【教皇】」
アリエスから取り出した魂を水晶の中の器に押し込み、馴染ませ、覆っていた結晶を砕く。
サガの時はオレが砕くまでも無く、強い意志を持って自ら砕いていたなと、数か月前の事が懐かしく思えてしまった。
「っ!アテナ!」
蘇った男の目に真っ先に映ったのは目の前にいるオレでは無く、背後にいるアテナだった。
これこそが正しい教皇の姿なのだろうな。
何よりも優先するのはアテナでなくてはならない。
例えオレが敵だったとしても、いや、敵ならば尚の事。
アテナとオレとの間に割り入り、その身を盾とする必要がある。
オレの様にアテナよりも何よりも【アテナの剣であり盾でしかない】モノ達を優先してはならない。
これで、サンクチュアリは正しい姿に戻る。
主神たるアテナが頂点に立ち。
先の聖戦を戦い抜いた教皇がセイント達を束ね。
12人揃ったゴールドセイントと、その補佐たるシルバーセイントとブロンズセイントがアテナの意思を代行する。
偽りのサンクチュアリが、今・・・終わりを迎えた。
「なぁ」
アテナと、アテナへと謝罪やらを述べている教皇の姿を確認し静かに白羊宮を後にすれば、不安に彩られた声が後ろから聞こえてきた。
「なぁ、って呼んでんだろ!」
何時もの様に呼べないもどかしさを隠しもせずに、声を荒げてくる。
【教皇】と。
其の呼び名がオレのモノでは無くなったが為に、オレを如何呼べば良いのか解らないのだと。
その声はオレに伝えていた。
「・・・今後は冥王とでも呼べば良い」
たったこれだけの言葉で、コイツ等はオレの意を汲んでいた。
もう、此処で暮す意思は無い。
オレが常の居を冥界に移すのだと言う事を。
「例え聖戦で敵対する相手の拠点とは言え、冥界は必要不可欠な場所だ。無くなれば死した魂は行き場を失い、魂の輪廻が滞る。其処を支えるのは」
「ハーデスの小宇宙と言う事か」
シュラの言葉に頷けば、3人は顔を伏せてしまった。
「・・・何故。何故、貴方が」
この器がハーデスであり、その魂すら内に封じている現状。
オレがハーデスとして冥界を支えなければならない。
そうしなければ・・・コイツ等の魂が地上を彷徨う事になってしまう。
死を迎え、新たな生を受け。
幾度も幾度も繰り返され、摩耗して消滅の時を迎えるか、更なる高みに至るか。
たったそれだけの、短い時間を過ごす事すら出来なくなってしまう。
「アンタが聖域の犠牲になる必要はねぇって言っただろ!」
サンクチュアリの犠牲?
そんな考え方はしもしなかったな。
生を終えたコイツ等の魂を迎え入れ、再び死を迎える為に送り出す。
そんな喜びを得る為の、細やかな代償でしかないのだと。
そう考えれば、冥界での暮らしも悪くはないと思えてしまった。
お前達の魂を護る為の代価としてならば、冥界を支えるなど安いモノだと。
「此処からでは、無理なのか?」
無理、ではない。
此処から
サンクチュアリからでも冥界を支える程度の事は出来る。
が、中身はオレだと解っていても、【ハーデス】がサンクチュアリに留まる事を良しとしないモノも居る事だろう。
そして、そんなオレの傍に居れば・・・コイツ等までもがその視線に、思いに晒される事になる。
「無言は肯定として受け取る」
「・・・ならば、お前達に選ばせよう。選択は一度きりだ」
選択肢など与えてはならない。
解っていても、最後に試してみたくなった。
コイツ等が何を選ぶのか。
「お前達にコレを纏う事が出来るか?」
ハーデスの力を使い、3体のサープリスを出現させる。
蟹座と山羊座と魚座を象った闇色の衣を。
「ゴールドセイントとして、アテナのセイントとしての道を選ぶか。その道を
アテナを捨てて、冥界へと降るか」
考える時間は、余り長く無い方が良いだろうと制限時間を口にしようとすれば、それより早く金色の光が3本、十二宮へと向かって行った。
「あ?何、驚いてんだよ」
「どちらも選ばない。それが正解で良いかな?」
「正確に言えば、最後の選択肢を選ぶ」
・・・何を言っているんだ、コイツ等は。
最後の選択肢だと?
「黄金聖衣を選べば、この地で別れアテナに仕える道」
「冥衣を選べば、貴方について行けるが冥王ハーデスに仕える道」
「なら、オレらが選ぶのはどっちでもねぇ、アンタだ。こっちの都合で巻き込んだんだからよ。最後まで面倒見させてくれたって良いだろ?ほれ、厄介な事にならねぇうちに、行くならさっさと行こうぜ」
生身のままで、身に纏うコスモしか無い状態で冥界に行こうと言うのか?
冥界の入り口である黄泉平坂へと行く術を持つデスマスクですら、生身のまま冥界へ行けばその命を縮めると言うのに。
オレはそんな道を選ばせたかったんじゃない。
「・・・駄目だ」
「は?アンタが選べって言ったんだろうが」
そう選ばせったのはオレだ。
此処に残るか。
サープリスを纏ってでも共に来るか。
戦女神と冥王。
そのどちらに仕える道を選ぶのか。
オレはその2択しか考えていなかった。
「駄目だ。最後まで面倒をみる?ふざけるな。生身の人間が冥界でどれだけ生きられると思っている」
「だから、私達の命が尽きる最後の時まで、貴方の面倒をみると言っているだろう」
「どう足掻こうが、俺達は貴方より先に死ぬ」
「ならよ。ダラダラとアンタが何やらかしてんのか気にしながら此処で暮すよりゃ、寿命が縮まってもアンタを傍で突拍子もないことやらかさねぇ様に見張ってた方が気分的には楽ってもんだろ。なぁ?」
そして何故かデスマスクはオレの背後へと
スペクター達へと同意を求める。
「アンタ、2度も自分の腕もぎ取ってんだからよ。3度目がねぇって言いきれねぇし?」
確かに、絶対にやらないとは言い切れないが。
同意を求められ、当初は面食らっていたスペクター達だが、オレがコイツ等に言われて腕を直した事を見ていたが為に、たった一言で歓迎ムードになっている。
今、この場に置いてコイツ等に異を唱えるのはオレだけ、と言う事か。
「解った。だが、アテナには断りを入れて行け。黙って行けば後々、面倒になる事が目に見えている」
「・・・置いて行ったりしねぇだろうな」
「しない、と約束する。お前達3人は」
共に連れて行く。
そう伝える前に、サンクチュアリ中に悲痛なコスモが広まった。