〜言の葉の部屋〜

黄昏の来訪者 第06話



「全く、人間の癖に随分と強い毒を持ったヤツが居たモノだ」
 独り言ちてしまっても仕方が無いだろう。
 毒によって荒らされた内臓からの出血。
 それによって内に溜まった血を吐き出しそうになった時、十二宮の通路とも言える階段に血痕を残すわけにはいかず崖へと身を乗り出したのが悪かった。
 神経毒にやられた四肢がまともに器を支えられる訳が無く・・・要はそのまま落下した。
 常ならば問題無く着地出来る高さだったんだが、言う事の聞かない四肢が原因で崖の中腹辺りで背中を打ち付けるわ、受け身に失敗して骨折するわ・・・此処まで器を損傷させたのも随分と久しぶりの事だ。
 器を修復するにしても先ずは内臓が優先だろう。
 動けるようになるまではまだ時間が掛かりそうだ。
「・・・アイツ等が気付かなければ良いんだがな・・・」
 変なところであの3人は勘が鋭い。
 普通の人間とは違い第七感にまで目覚めているのだから、当たり前と言えば当たり前なのかも知れないが。
 不幸中の幸いとでも言うべきか、コスモを持たないオレの気配をアイツ等は上手く掴む事が出来ずにいる。
 夜明けまでに教皇宮へと戻れれば、何とか誤魔化せる・・・筈だ。
 そんな事を考えつつも器を修復させる以外にやる事もなく、周囲の木々を眺めていれば頭上では頻繁にコスモが行き交っていた。
 3人のコスモはまだ巨蟹宮にいる。
 騒がしいのは・・・あの元ゴールドセイント達か。
 何かあったのかとそのまま探っていれば、その内の1つが此方へと近付いてくるのが解った。
 ・・・それも頭上から。
 幾らセイントと言えど、身体能力が制限される十二宮からこの崖を飛び下りるのは自殺行為に等しい。
 助けてやる義理は無いが・・・こんな感情を向けられてはな。
 面倒だと思いつつも周囲の風を集めてその落下速度を緩和してやれば、漆黒の翼を広げて元射手座は見事な着地をしていた。
「あぁ・・・無事だったか」
「言っただろう。死にはしない、と」
「そうだったな。動けるか?」
「動こうと思えば動けるがもう暫く、此処に放っておいて欲しいんだが」
 どんな心境の変化があってオレなんぞの心配をしているのかは解らないが、コイツ等に騒がれてアイツ等に気付かれても面倒だ。
 だからこそ、オレの事など放っておいて此処から離れて欲しかったんだが・・・何を考えているんだ、コイツは。
「元射手座・・・オレは放っておいて欲しいと言ったんだ。肩を貸せとは言っていない」
「こんな所でその姿のまま、雑兵たちに見つかりでもしたらどうするつもりだ?」
 言われてみれば、その可能性が無いとも言えないな。
 兜は持っているので顔は隠せても、教皇がこんなところに居る上に怪我を追っているとなれば騒ぎになる、か。
「先程は済まなかった」
「全くだ。こっちは好意からやってやったと言うのに、現状の確認もせずに怒りをぶつけてくるんだからな。アイツ等が居なければ、手が出ていたところだ」
 その場合、毒の回り始めた四肢を動かす為に力の一部を解放する事になり、手加減が出来ていたかどうかは危ういところだ。
「彼らから話は聞いているが・・・十二宮を通らずに教皇宮に現れたと言うのは本当なのか?」
「・・・オレ達が此処に来た時の事を覚えていないのか?オレもアイツ等も十二宮を通らなかっただろう」
 正直な話、十二宮の階段を態々登らずとも、此処から教皇の間へと戻る事は出来る。
 が、それを話せば再び警戒心を持たれる事は確実だろう。
 オレがコイツ等に極力警戒されない様にと努めているアイツ等の為にも、それは避けたい。
「ならば、此処とも彼らの聖域のある次元とも別の世界から来たと?」
「そういう事だ。で、落ちた先が女神殿で、人の気配を探って進んだ先が教皇宮だっただけだ」
 何とか足を進めながらも答えれば「そうか」と素直に納得する。
 如何にも、セイントと言う存在は一度警戒を解いた相手に対しては甘くなる傾向がある様だ。
 オレが嘘を吐ける存在だったなら、どうするつもりなんだか。
 その後、元射手座の指示でオレを探していた元牡牛座と合流し、金牛宮で器の治癒に専念する事になった。
 オレとしては巨蟹宮と距離がある方が助かるので白羊宮の一角を借りられれば構わないと言ったんだが、守護者である牡羊座のゴールドセイントは先の聖戦や今回の聖戦で傷んだクロスの修復の為にサンクチュアリを離れているのだと言う。
 その上、元牡羊座のゴールドセイントであり元教皇でもあったモノは天秤宮で酔いつぶれていると聞かされ・・・元とはいえセイントの頂点且つそれを束ねる立場でもあったモノがそれで良いのかと他人事ながら感じる筈のない頭痛を覚えたのは言うまでもない。
 主が不在の宮を借りる訳にもいかず、金牛宮の一角を借りる事になった訳だが・・・
「・・・そんなに傷が治る様が珍しいのか?」
 出来る事ならば、オレは器の修復に専念したいんだが・・・こうもジッと見られていては集中しようにも気が散ってならない。
「小宇宙が全く感じられないのにどうして治るのかと不思議でな」
 元射手座は素直に謝ってきたが・・・そう言えば、最初の頃はアイツ等も不思議がっていたな。
「要領としてはコスモを使った治癒の促進と同じ様なモノだ。もっとも、オレの場合は他人の傷を治す事は出来ないんだがな」
 その点はコスモの方が利便性がある。
 オレも覚える事が出来るならば覚えたいんだが・・・類似する力を既に持っているからなのか、得る為に何がしかの条件があるのかは解らないが今の所コスモを使えた試しは無い。
「・・・悪いが、今言った事は忘れてくれ」
 つい、零してしまったが・・・その事実をアイツ等に知られるわけにはいかない。
 オレがアイツ等の傷を治してはいないのだと   傷を移しているだけなのだと知れば、心を重くさせるだけだろう。
「コスモ以外の力で治癒が行えると言う事をか?」
「いや、他人の傷が治せないと言う事をだ。ただでさえ色々と無理をさせている。これ以上、子供であるアイツ等の心に負担はかけたくない」
 日常の鍛錬で負った傷をアイツ等はオレが治していると思っている。
 どんな傷を引き受けようとも、教皇の装束のお蔭で流れ出る血液にさえ注意していればアイツ等にばれる可能性は低い。
 もし、治しているのではなく傷をオレに移しているのだと知れば、アイツ等は今後一切、傷に触れさせてはくれないだろう。
 尤も触れずとも移す手段はあるが、傷が消えた時点で必ず気付かれる。
「解った。忘れるのは難しいが、彼らには話さないと約束しよう」
「悪いな」
 そんな会話を交わした後も、元射手座達の視線が外れる事は無かったが器の修復に専念する事は出来た。
 当初は内臓を先に治す予定だったが一時的とは言え金牛宮を血で汚すのは申し訳ないので先に流血のある外傷を直し、続けて毒によって荒れた内臓、その後骨折等の修復を終えてから四肢から毒素を抜き去る。
 器の不具合が無くなった事を確認し、多少ではあるが零れ落ちた血液を霧散させる。
 その間も3人の動きを探っては居たんだが・・・何故か巨蟹宮から動かない。
「確認したいんだが、アイツ等は此方の各々の宮で世話になるんだったな?」
「そうだが」
「ならば何故、未だに巨蟹宮に居るんだ?」
 聞けば元射手座は顎に手を当てて何かを考えていたかと思えばハッとした様子でコスモを飛ばし始める。
 幾度かコスモが行き交いしたかと思えば、今度は丁度教皇宮の辺りからいくつかのコスモが下へと降り始めていた。
 オレも別段急いでいる訳では無いのでそのまま成り行きを見守っていれば、降りてきたコスモが巨蟹宮で足を止めたかと思えば、今度はシュラとアフロディーテのコスモが他の2つのコスモと共に十二宮を上り始めていた。
 改めて話を聞けば、元蟹座がオレの様子を見て来てやるとアイツ等と約束をしてしまったらしく、オレを見つけた元射手座が元蟹座にその旨の連絡を入れていなかったが為に身動きが取れなくなっていたそうだ。
 アイツ等もまた、元蟹座に自分達に会う度に繰り返し説明をさせるのは申し訳ないからと巨蟹宮に留まっていたのだと言う。
「それで、何と伝えたんだ?」
「多少は毒の影響があったようだが、今は問題無く休んでいると伝えさせた」
 オレの様子を知ってやっと戻ったと言う事か。
 となるとだ。
 オレも教皇宮へと戻らなければならない訳だが・・・さて、どうやって戻るかな。
 自宮にいるアイツ等は普段の何倍も気配に敏感になっている。
 それこそ、裏の通路を使っていても解ってしまう程に。
 此処にはそれぞれの宮に此方の黄金聖闘士と元黄金聖闘士達も居ると言うので、協力してくれれば何とかオレでも誤魔化す事が出来るとは思うんだが。
「元射手座、一つ頼みが」
「先程から気になっていたんだが・・・何故、その様な呼び方をするんだ?」
 呼び方?
「240年以上前の元ゴールドセイントなのだろう?そのサープリスだったかの意匠が射手座のゴールドクロスと同じだったので元射手座と呼んだまでだが・・・違ったか?」
「いや、それは合っているんだが・・・オレにはシジフォスと言う名があるんだ」
「・・・今初めて聞いたんだがな」
 アイツ等には自己紹介をしたのかも知れないが、此方に来てからの殆どの時間を女神殿で過ごしていたオレは240年以上前のゴールドセイントだと言う以上の説明は聞かされてはいない。
 元より此方側と深く付き合う気は無いので聞くほどでもないかと気にしていなかったオレも悪いのかも知れないが。
「オレ達側のサンクチュアリに居るヤツならば名も同じだろうと予想は付くんだが、あった事も聞いた事もないアンタ達の名までオレは知らん」
 はっきりと伝えれば、元射手座   シジフォスは苦笑いを浮かべ、元牡牛座   ハスガードは豪快に笑いながら己の名を伝えてきた。
「すまなかったな。それで頼みとは?」
「教皇宮に戻る際、どちらかで構わないから一緒に来てくれないか?オレ一人で戻ると巨蟹宮と磨羯宮、双魚宮を通る時にアイツ等に気付かれ兼ねない。だが、誰かが一緒に通ってくれれば感じた気配をオレでは無くアンタ達のものだと誤認させる事が出来る」
 向こうならばアイツ等の感知が届かない場所   火時計を使って行き来すれば良いだけの話なんだが、何時もと同じ場所でありながら何時もとは違うに環境に居る事でその感知範囲が変わってしまっている可能性もある。
 念には念を入れた方が良い。
「元々アテナへと報告に上がるつもりだったから問題は無い」
「そうか。なら、直ぐにでも動くとするか」
 出来ればアイツ等が寝静まってからの方が良かったんだが、報告に行くと言うならあまり遅くまで待たせる事は出来ないだろうしな。
「もう動いても平気なのか?」
「毒も完全に抜けている」
 立ち上がって器を動かして見せれば、何処にも異常がないのだと認識してくれた様だ。
 ハスガードと別室に居たアルデバランに別れを告げ、シジフォスと共に十二宮を上り始める。

 第三の宮【双児宮】
 向こうのサンクチュアリでは双子座のクロスが置かれているだけの無人の宮となっているが、此方ではサガの姿は無く、オレに強い戦意を向けて来ていた男   デフテロスとオレをセージと呼んだ少年にアスプロスと呼ばれた男の姿があった。
 通る時に再び戦意を向けられはしたが、シジフォスが共に居ると解ると奥へと下がって行き、特に揉め事に発展するような事も無く通り抜ける事が出来たんだが・・・どうにも諦めている様子は無い。
 第四の宮【巨蟹宮】
 細心の注意を払ってオレの気配をシジフォスの気配に同調させた結果、デスマスクに気付かれる事は無かったがシジフォスから知らせは受けていたのだろう元蟹座   マニゴルドだけはオレ達を待っていた様で、声を潜めたまま詫びと礼を聞かされた。
 第五の宮【獅子宮】
 アイオリアと共に待っていた元獅子座   レグルスはシジフォスの甥だと言う。
 そしてアイオリアからはアイオロスの疑惑を早々に晴らした事に対する礼を言われてしまった。
 此処に居る、目の前にいるアイオリアの兄では無いのだから礼を言われる筋合いはないと言えば、それでも言いたかったのだと。
 ならば礼はシュラに言えと伝えれば複雑な表情を見せた。
 第六の宮【処女宮】
 シャカと元乙女座   アスミタの2人が宮の中央で結跏趺坐を組んでいた。
 向こうのシャカも良くやっている事だが何故、双方が威嚇し合っているのかが疑問だ。
 第七の宮【天秤宮】
 話に聞いていた通り、天秤座の黄金聖闘士と元牡羊座であり教皇でもあった男が酔いつぶれていた。
 十二宮の中で酒盛りをして良いものなのか?
 第八の宮【天蝎宮】
 ミロと元蠍座   カルディアもまだオレの力を試したいらしい。
 余りにもしつこい為に時間がある様なら相手をしてやると取り敢えず約束してやった。
 尤も、穴が繋がり次第戻るつもりなのでそんな時間が取れるかどうかは微妙なところだが。
 第九の宮【人馬宮】
 アイオロスと今オレの隣を歩いているシジフォスの宮なのだが、アイオロスは現在アテナの傍に居ると言う事で無人の宮と化していた。
 第十の宮【磨羯宮】
 巨蟹宮と同じ様に抜けようとしたんだが、アイツの日課を思い出しシジフォスは巨蟹宮の中を、オレは巨蟹宮の屋根の上を通る事に。
 シジフォスと再び合流すれば此方のシュラと元山羊座   エルシドがシュラの鍛錬の相手をしてくれていたと聞かされた。
 特に此方でセイント用にとグラード財団とやらが開発したトレーニングマシンの類が気に入っていたらしく・・・戻る前に一通り揃える必要があるだろうな・・・
 第十一の宮【宝瓶宮】
 カミュと元水瓶座   デジェルはサンクチュアリに関する資料の山を用意していた。
 なんでもアイツ等からオレが何も知らぬまま教皇を引き受けたのだと聞かされ、それでは今後不都合が出るだろうと考えての事らしい。
 アイツ等から聞かされていない過去の資料などもあったが・・・これを全部此処に居る間に読めと言うのか?
 軽く百冊は超えている様な気がするんだがな・・・
 第十二の宮【双魚宮】
 此方のアフロディーテに聞かされた話ではまだ元魚座   アルバフィカは目を覚ましていないらしい。アフロディーテが今は傍に付いていると言う事だ。
 出来る限り身体に負担を掛けない様にはしたが、それでも全く負担が無い訳では無い。
 まぁもう暫くは眠ったままだろう。

 そして辿り着いた教皇宮。
 中ではアテナとサガ、そしてアイオロスがオレ達を待っていた。
 どうやら、話を聞いてオレの身を案じてくれていた様だが・・・まぁ、甘すぎる気がしなくもないが・・・悪くは無い、か。



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