黄昏の来訪者 第02話
サンクチュアリ内に点在する湖の畔。
その中でも人が殆ど訪れない場所がオレの休息の場となっていた。
この場はオレが見つけたのではなく、素顔をさらせる場所が必要だろうと考えたデスマスク達が見つけて来てくれた場所だ。
今日も執務の合間の休憩時間をつかい、3人と共に此処へと来たんだが・・・
「・・・何があった?」
いつもオレが休んでいる間、周囲を警戒してくれているデスマスク、シュラ、アフロディーテの内、2人のコスモが弱くなっている。
同じ場にシュラもいるようだが、シュラのコスモは健在だ。
いったい何が起こっているのか。
傍らに置いた教皇の証とも言える兜を持ち、3人のコスモが感じられる場所へと駆けつければ地に膝をつき、右腕の半分以上が地へと飲み込まれているシュラの姿があった。
「シュラ!」
名を呼ばれたことで振り向いたその必死の形相から、ただ事ではないことが解る。
何よりもシュラの右腕を飲み込んでいるモノをオレはよく知っていた。
オレが頻繁に使っていた次元の穴。
此処に来て既に1年が経っているが、その間一度もサンクチュアリ内で感知した事が無かったというのに。
「2人はこの中に落ちたのだな?」
返事を聞かずとも、その必死の形相からシュラが懸命に2人を捕まえているのだと解る。
シュラは例え己が辛い目に遭おうとも、耐えに耐えて自分の体を壊すタイプだ。
年齢的には子供とはいえ、体格は平均的な同年代よりはるかに上。
それを2人も掴んでいるとなれば、かなりの負担だろう。
「・・・ディーテの傍に急に穴が開いた。デスもディーテを助けようとして」
「穴に落ちた、か。お前が耐えていてくれて良かった。3人共落ちてしまっていたら、私も探すのが困難であったであろうよ」
心配をするな、と頭を撫でてやればシュラは安堵の笑みを見せてくれた。
全く。
たった1年程度の付き合いだと言うのに、何故こいつらは此処までオレを信じてくれるのか。
シュラの傍らに膝をつき、穴の様子を確認すればオレが此処へ落ちた時と同じ一方通行の穴だった。
この種の場合は一度は落ちなければ戻る術は無い。
落ちたのがオレならば落ちた先で別の穴が開くのを待つ事が出来るが、この3人は己の属するこの世界へと戻す必要がある。
シュラに断りを入れ、髪の毛を1本拝借しそれにオレの力を流し込む。
何をしているのかと見つめるシュラの目の前で、それは光の糸へと姿を変えた。
教皇の役目を偽りとはいえ担っているオレとゴールドセイントでもある3人が姿を消したとなれば騒ぎになる事は目に見えている。
落ちた穴から戻る場所は、遅くとも【今日】でなければならない。
糸の一方をすぐ傍にある木の幹へと埋め込み、もう一方を自分へと繋げ、場所と埋め込んだ木に流れる時間を己に固定する。
こうすれば、戻る場所を間違える事もなければ、時間の調節も可能だ。
「良いか、今より穴を広げる。しっかりと捕まっているのだぞ」
「解った」
シュラの腕を締め付けている穴の淵へと指を掛け思い切りそれを広げれば、暗い闇が周囲へと広がりオレとシュラを飲み込んだ。
一瞬、目の前を闇が覆ったかと思えば次の瞬間に飛び込んできたのは蒼褪めたデスマスクとアフロディーテの顔。
そして一面に広がる夕空。
さらに眼下の様子を確認すれば、見慣れた建造物が目に入った。
長い階段で繋がれた神殿群、そしてその何れからも見る事が出来る巨大な火時計。
どうやら、同系統の次元に繋がる穴だった様だな。
兎にも角にも、いつまでもこの場に居る訳にはいかない。
「3人共、手を離すな」
頷く姿を確認し、振り子の様に身を揺らす。
着地の場としては女神殿が良いのだが、3人も共にとなれば飛距離の関係からも火時計が妥当だろうと判断し、身を投げる。
こんな状況でも、3人からは信頼が伝わってくる。
デスマスクとアフロディーテはオレの姿を見るなり、その心の中から今の状況に対する恐怖すらなくなっていた。
着地の衝撃が3人の身体を壊さない様にと力で包み込み、火時計の上へと着地した。
「・・・ったく、助けてくれんならもっと早くしてくれよな」
「もう少し遅かったら、落ちてたかもね・・・」
オレがデスマスクとアフロディーテのコスモの弱まりを感じてからシュラの元へと駆けつけるまで1分と掛かっていない。
シュラもそれは同じだったらしく、疲れたとばかりに愚痴を言う2人にオレとシュラは首をひねった。
まぁ・・・あの高さではゴールドセイントと言えど、生きた心地がしなかっただろうが。
首を捻りながらも2人に詳しい話を聞けば、太陽の位置からも自分達が穴に落ちてから確実に1時間以上は経っていると言う事だった。
懸念通り、時間の流れが違っていたか。
「でさ、何で地面の穴が空に繋がってたんだよ」
・・・どう答えれば良いのだろうか。
あの穴の存在を説明したところで、受け入れるのは難しいだろう。
ましてや、此処は見慣れた場所。
此処が3人の居たサンクチュアリとは違うのだと説明しても・・・いや、コイツ等ならば受け入れてくれるだろうな。
「此処はサンクチュアリであって、私達の居たサンクチュアリでは無い」
「は?」
「お前達の落ちた穴は次元の亀裂の様なモノ。其処を通ったが故に似て異なるこの世界へと落ちてしまったのだ。どうやら・・・こちらの方が時間の流れは速いようだがな」
デスマスク達の言葉だけでなく、繋いだ糸を確認してみればやはり向こうと此方では時間の流れが違っていた。
この分ならば、戻る時に時間の調整は必要なさそうだな。
「・・・帰れるのか?」
「当り前であろう」
「本当に?」
「私が嘘を言った事があるか」
「だよな。で、此処がオレらのいた聖域じゃないってんなら、これからどうすんだよ」
「そうさな、私はどこでもやっていけるが・・・」
オレは大丈夫だが、コイツらに野宿をさせる訳にはいかないだろうな。
せめて雨風が防げるような場所があれば良いんだが。
「いや、オレ達よりもアンタじゃまた迷子になるのがオチ
」
不意にデスマスクが言葉を途切れさせる。
それと同時に、シュラとアフロディーテもオレの背後を気にしている様子だった。
「どうかしたのか?」
「なんかさ、頭ン中に『声が届いてんなら返事しろ』って言ってきてるヤツがいんだけど」
「僕も」
「俺もだ」
そういえば先程から煩いくらいにコスモが此方へ向けられてきていたな。
警戒心と敵意が強かったので無視をしていたんだが。
「って・・・なぁ・・・アソコにいるヤツ等って・・・」
「あぁ、此方のお前達であろうな」
コスモの質がそっくりだ。
何かを話している様なので耳を澄ませば、3人が反応を示したのが自分達が呼びかけたからなのか、と疑問に思っている様子だった。
取り敢えず、返事だけでもしてやるか。
向こうがしてきたのと同じように思念で返事を返せば、自分達の会話が聞こえていたのかと更に疑念を持った声が聞こえてくる。
違う次元だと言うのに・・・その話し方は目の前に居る子供達と同じだった。
「今はテメェに構ってる暇はねぇんだよ!」
『・・・ならば、放っておいて貰えると助かるのだが』
「いや、アンタじゃなくて・・・ってこっちの状況解ってんだろうが!」
『私らは此処に来たばかり。そちらの状況が解るわけがないであろう』
「は?こっちの状況など知らない?ふざけんじゃねぇよ!声は聞こえてんだろうが!」
・・・確かに声は聞こえているが、そちらの状況の仔細が解るわけじゃないんだがな。
声の聞こえていない3人はと言えば、何故か額に手を当ててため息をついている。
「あのさ、こっちに呼びかけてきたって事は用があるって事じゃねぇの?」
「なのに何も聞かない内に放っておけは無いと思うよ」
「誤解を受ける前に現状を相手に伝えるべきだ」
「・・・何故解ったのだ?」
「「「丸聞こえだった」」」
・・・同一の存在とも言えるから、か?
オレはこの次元のあの3人にだけ思念を解して言葉を伝えたつもりだったんだが・・・コイツ等にも伝わってしまっていたのか。
まぁ、隠すような事でもないので構わないんだが。
3人と話しながらも聴覚は彼方の3人へと向けていれば、彼方の3人の話し相手が教皇の間に来るようにと提案をしている。
と、同時にアテナと言う声が聞こえてきた。
・・・あの女がアテナか。
「私らに来いと言っているがどうする?」
「いんじゃねぇの?」
「あ、でもちゃんと忠告だけはしないと」
「そうだな。会ってすぐに攻撃をしたりすれば、敵として見なされかねない」
3人の意見を受け入れ、返事をする。
警戒心程度ならば構わない。
が、敵意や殺意は向けないで欲しい、と。
万が一にも殺意を向けられようモノならば、その相手を殺してしまうのだと。
アテナと呼ばれた存在は、オレの言葉を素直に受け止めていた。
そしてその場に集まっているモノ達へと同意を促すが・・・どうにも、な。
「行かねぇの?」
「・・・此方のサガと・・・あの射手座のクロスを纏った2人からの敵意が強くてな。他にも蠍座に・・・壁に凭れた男から発せられる戦意が強すぎる」
この距離でも感じられる程だ。
このまま教皇の間へと行ったとして、戦わずに済ませられる自信がない。
現状をそのまま此方の3人へと伝えれば、アテナから怒気が発せられた。
オレへではなく、オレが指したモノ達へと。
・・・この世界のアテナは少々気が短い様だな・・・
それでも諭す事は忘れていないようで、戦わずに済むならばそちらを選ぶべきだとその場のモノ達に説いて聞かせていた。
「で、どうなんだよ」
「頭では理解できるが抑えるのは難しい、と言っておるな」
「なら、取り敢えず向こうで話して駄目だったら此処出れば良いんじゃないかな?」
「俺達も話が出来ればフォローする事は可能だ」
確かに、オレが話すよりはコイツ等が話した方が穏便に済む可能性は高いな。
子供に頼っているようでかなり情けない気持ちにはなるが・・・
教皇の間へと向かう旨を此処の3人へと伝え、デスマスクの能力が使える様にとアテナの結界内にそれを無効化した個所を作ってやれば、オレの意図を察したデスマスクがシュラとアフロディーテを連れて教皇の間へと空間移動をした。
突如として教皇の間の真ん中に現れた3人にそこに集まっているモノ達の視線が集中している間にオレもまた教皇の間を目指す。
とは言え、デスマスクと違ってオレは跳躍をしただけだがアイツ等曰く「セイントでも出来ねぇから無暗矢鱈に人に見せるもんじゃねぇ」らしい。
セイントならば成長すれば出来るのでは、と言う考えも今日この時に無くなった。
出来るのならば、さっさと火時計まで来ていただろうからな。
それをするモノが居ないという現実が、アイツ等の言が正しかったのだと教えてくれる。
本当に・・・教わってばかりだな、アイツ等には。
突如として窓辺に現れたオレに驚愕しつつも、謝りを入れ、アテナと呼ばれていた存在はどうやら次元の穴の存在を知っていたようで話はオレとしてはスムーズに進んでいると判断したんだが・・・私が誰なのかと言う話題になり、自己紹介をしようとすればデスマスクによって兜を頭へと押し付けられてしまった。
「アンタはそのままで居ろ!」
「確かに、顔を見せない自己紹介は失礼に当たるだろうが」
「物事を平和的に解決するには今は教皇のままの方が良いと僕達は思うんだけど?」
「・・・そうか?」
「「「そうだ」」」
・・・声を揃えて言う事もないだろう。
どう考えても、オレの方が場馴れはしていると思うんだがな。
「えっと・・・此処って僕達のいた聖域じゃないんだよね?」
「あぁ」
「なら、アンタの事バラシても問題無しって事だよな?」
「そうなるな」
「ならば、あとは俺達に任せろ」
「この様な時くらいは私を頼って欲しいのだがな」
「「「無理」」」
・・・何が原因なんだ?
此処まで頑なになる事もないだろうに。
確かに、未だに向けられている敵意のせいで数名は敵にしか見えなくなっているが、それでも流石にオレもコイツ等を巻き込んでまで争う気は毛頭ない。
いつになれば頼ってくれるようになるのか。
そう考えている間にも3人は3人で話を進めてしまっていた。
が、デスマスクの一言でその場の空気が凍り付く。
「で、ちょっと聞きにくいんだけどさ・・・サガって・・・此処で何かした?」
オレの事を説明するには必要なことなのだろうが・・・この空気からするに、此方のサガも何かをした事には間違いないだろう。
・・・気になるのは、そのサガ本人が居る事とクロスを纏った男達の存在。
それも、同じような顔立ちがそれぞれ2人。
コスモの質、そして身にまとっているクロスが金か闇色かの違いはあれど、この場に居る事からもこのサンクチュアリのセイントではあるのだろう。
コイツ等が傷付くような事が無ければ良いんだがな。