黄昏の来訪者 第03話
答えるに答えられない。
そんな空気の中、3人の少年達は状況を正確に把握していた。
とどのつまり、此方のサガも何かをやったに違いない、と。
「ん〜、じゃ全部話して大丈夫か」
「そうだね」
「下手に隠す必要はなくなったな」
3人の少年は一度、ともに来た教皇へと視線を移した後にお互いに頷きあうと自分達が居た聖域の事を話し始めた。
「簡単に言うとサガが教皇殺して成り代わって、アテナ殺そうとしてアイオロスを逆賊に仕立てて、そんなサガをこの教皇がうっかり殺しちまった訳。で、教皇いないんじゃやばいなって思って教皇やってもらってんだ・・・って、なんだよ。オレは嘘は言って無いからな」
驚愕の視線が説明をした少年
デスマスクへと向けられる。
そして話に出てきたサガ本人はと言えば激しく落ち込み、星矢達に慰められていた。
「いや、疑っている訳じゃないんだ。その・・・何といえば良いのか・・・此処での出来事に似ていて皆驚いているだけで・・・それにしても懐かしいな」
ふわりと和んだアイオロスとは逆に、その姿と声に3人の子供の1人
シュラは身を固くした。
目の前に居るアイオロスはデスマスクの話がこの聖域での出来事に似ていると言った。
ならば
何故、アイオロスが生きているのかと。
自分の罪の証でもある相手が生きて話しかけてくる。
これ程、恐ろしい罰は無い。
「デスマスク、アフロディーテ。此処は2人に任せる。シュラ、お前は私を手伝って貰えるか?」
その様子を察したのだろう。
教皇の申し出にデスマスクとアフロディーテは頷きを返した。
「すまぬがこの上の女神殿をお借りしたいのだが、宜しいかな?」
「ご自身の次元へ戻るために、ですね」
「然様。女神殿はこのサンクチュアリの中心故に力が集まりやすい。この子らの為にも少しでも早く向こうに戻してやりたいのでな」
常ならば、女神殿は禁足地と呼んでもよい場所である。
女神アテナと教皇、そして黄金聖闘士達は足を踏み入れる事が可能ではあるが、それでも無暗矢鱈にアテナ以外が足を踏み入れて良い場所では無い。
「解りました。此方で事情を聴き終えましたら部屋の用意もさせましょう」
「すまぬな。あぁ、私の部屋は無くて構わな」
「ストーップ!アンタも夜は休む!約束してんだろ!」
「此処でもそれは守らねばならぬのか?」
「当り前だよ。シュラ、その人の事は任せたからね」
「解った」
何やら、3人が苦労している様子が教皇の間に居る者達にも解ってしまった。
この【シン】と呼ばれた教皇は、何かが自分達とは違っているのだと。
当の教皇は迷う様子もなく教皇の座す椅子の後ろから延びる女神殿へと繋がる通路へと向かい、シュラと共にその姿を消した。
「・・・アテナ、私が」
「そうですね。お願いします」
別段、見張りはつけなくても良いだろうとアテナは思っていた。
シュラ本人が言い出すまでは。
尤も見張りと言うよりは何かあった場合の連絡要員としての役割が高い。
それだけ【カズム】が何を引き起こすのか、アテナにとっても未知数だった。
「え〜っと、じゃ続けていいか?って・・・何処まで話したっけ?」
「あの人に教皇をやって貰ってるってどころまで。で、教皇の正体を知っているのは僕達3人だけ。下手に説明して聖域を混乱させる必要は無いだろうからね。それに・・・あの人が教皇を続けるのはアテナが聖域に戻るまでだから、さ」
「随分と寂しそうにものを言うね」
自覚はしていなかったのだろう。
此方のアフロディーテの言葉に、別の次元から来たアフロディーテはハッとした表情を向けた。
「寂しい・・・そうだね、僕は寂しいのかも知れない。あの人だけは僕達を黄金聖闘士として見ないでくれるから」
「黄金聖闘士として見ない?教皇が?」
星矢が驚きの声を上げる。
教皇と言えば聖闘士の上に立つアテナの代行者。
その地位に就く者が聖闘士を、ましてやその頂点に立つ黄金聖闘士を聖闘士として見ないなど有り得なかった。
「そうだよ。アイツにとったらオレもシュラもアフロディーテも他のヤツ等も皆、ただの子供なんだ」
だたの子供。
そう言われても、此処に居る誰にもそれを想像する事が出来ずにいた。
目の前に居る彼らより更に幼い頃から死と隣り合わせの訓練を連日受け続け。
それに耐えきり、聖衣を得た後はアテナの為に、世界の愛と平和の為に戦う者達の指針となる様にと言われ続け。
黄金聖闘士だけではなく、星矢達にも想像する事が難しかった。
「聖域の事なんて何も解っちゃいなくて、オレ等が居なかったら危なっかしいヤツなのにさ」
「・・・聖域の事を何も解っていない・・・彼は元々聖域に居たのではないのか?」
「そ。十二宮も通らずに突然教皇宮に現れて
一瞬でサガの事を殺しちまった。あ、でも誤解すんなよ。アイツ、ちゃんとサガにも言ってたからな。殺気を向けてくるな、ってさ」
誰彼かまわず殺すような人物ではないのだと、デスマスクは言いたいようだった。
だが此処に居る者達が警戒するのはサガを殺した事に対してだけでは無い。
十二宮を通らずにどのようにして教皇宮へと忍び込んだのか。
その目的は何だったのか。
小さな疑念は警戒心を増幅させるには十分過ぎる。
「なぁ、何でテメェらはそこまであの教皇を信じられるんだ?」
「さっきも言っただろ。アイツだけがただの子供として見てくれるんだって。アイツさ、侵入者を防ぐことが出来なきゃ価値が無いって言ったサガに子供は存在するだけで価値があるって言ったんだぜ?その上、正気に戻ったサガがアイツに後を頼んだんだ。そんなの引き受ける必要は無いってのに、サガと約束したからってさ。アイツは約束だけは絶対に破らない」
「それに嘘も吐かない」
「ちょっと待てよ。アイツは結局偽物なんだろ?周り騙くらかしてんのに嘘を吐かないって矛盾してんじゃねぇか?」
此方のデスマスクの言葉に2人の表情が沈んだ。
解っている。
そんな状況を作り出してしまったのは
自分達なのだと言う事は。
それによって起こった変化も。
「・・・アイツさ、教皇らしい話し方してただろ?」
「ん?あぁ、言われりゃそうだな」
「元はあんな話し方じゃなかったんだ。僕達が教皇様がどんな話し方だったか伝えている内に・・・あの姿の時はあんな喋り方をするようになったんだ」
まるで其処に彼とは違う【教皇】と言う人物がいるかのような錯覚。
それを覚えてからは、出来るだけ彼が彼として過ごせる時間を作る様にしたのだと2人は語った。
教皇として過ごす時間が少しでも短くなるようにと。
「アイツが本当はどんなヤツなのかってのはオレ達も知らねぇし、アイツが自分から話すまでは聞かねぇって決めてんだ。けど、聖域に害意を持ってないって事は保証する。それに好んで人を傷つけるようなヤツじゃないってのもな」
「あの人が聖域を滅ぼすつもりで来たなら、あの日の内に聖域は消えてたと思うしね」
「それは・・・幾らなんでも大袈裟だろう」
シジフォスが呆れた声を出すが2人は揃って「何が?」という表情をしていた。
それが逆に現実味を帯びさせる。
まだ年若いとはいえ黄金聖闘士の2人が揃って実力を認める相手であり、先程の「サガを一瞬で殺した」と言うのも嘘ではないのだと。
「一つ聞きたい。お前達は・・・私が教皇に成り代わっていると知っていて、手を貸していたのか?」
「「全っ然」」
自分の行動に何時から3人が気付いていたのか。
此方の3人には訊くに訊けなかった事ではあったが、今のこの話の流れならば確認する事が出来る。
そう考え、サガとしては決死の思いで聞いたと言うのに当の2人はあっさりと否定した上に聞いてもいない事を次々と話し出した。
「ちょっと様子がおかしいかなって思った事はあったけど」
「元々、オレ等って数えるくらいしか教皇と会った事無かったしな」
「だからあの人が教皇様殺してそれがサガだって解った時はそれだけで頭の中真っ白だったよね?」
「そうそう。なのにアイツに『何をすれば良い?』なんて聞かれてさ。で、やべぇ事態になったなって認識したんだよな」
「あ、でもそう考えるとシュラって結構冷静だったよね。なんてったって『アイオロスの汚名を雪ぐ』なんて言ってたし」
「だよな。で、教皇が居ないのってヤバくね?って事でアイツに教皇やって貰う事にしたんだよな」
「なのに・・・今じゃ違和感ないんだよね」
「教皇どころか、聖闘士も聖域も知らなかったってのにさ」
「後悔、しているのですか?」
アテナの問い掛けに2人は静かに頭を横に振った。
後悔はしていない。
そんな事をしては教皇として振る舞っている彼に申し訳ないからと。
「過去を振り返って反省するのは良いが後悔はするな。するなら前を見て反省点を活かせってあの人が言うからね。僕達は後悔だけはしたらいけないんだ」
「ま、オレ等の方はこんな感じ。でさ、此処の事って聞いても良いのか?教皇はんな事気にする性質じゃねぇんだけど、何で同じ顔が2つあんのか気になってんだ。同じ顔っても小宇宙が違うから別人だってのは解るんだけどな。それに・・・それって聖衣じゃねぇだろ?」
まるで対であるかのように自然としているが、闇色の聖衣などを見た事は無い。
そして自分と同じ顔がもう一人存在しているなどと言う事も。
「そうですね。そちらの事情を伺った以上、此方だけが何も話さない訳にはいかないでしょう」
アテナは簡潔に、だが此方の世界で何が起こったのかを解る様に話して聞かせた。
話して聞かせる事で、少しでも傷付く者が少なくなれば、何も知らずに神の力で死ぬ者が減れば良いと想いを込めて。
年若い黄金聖闘士達の世界と同様にサガの乱は起こったが、あの教皇の様な存在は現れず、聖域が正しい姿を取り戻すのに13年の月日が必要であり、その時に複数の命が散った事を。
まるでそれを待ち構えていたかのように起こった海皇ポセイドンそして冥王ハーデスとの聖戦。
とある人知れぬ神の尽力によって争っていた三界に和平が結ばれた事を。
「ふ〜ん。教皇の読みは当たってたって事か」
「教皇の読み、ですか?」
「そ。流石にオレ等も赤ん坊のアテナ探さなくて良いのかって一応は聞いたんだよ。そしたら、教皇って神が嫌いらしくてさ。『何で自分が探さなきゃならないんだ、神な上に地上の平和を守るって使命まで持ってんならその内勝手に帰ってくるだろうから放っておけ』って」
勝手に散歩に出かけたまま帰ってこない犬猫じゃあるまいに、と星矢達が思ってしまったのも仕方のない事だろう。
そしてどうにもあの教皇は突っ込みどころがありすぎる。
「デスマスク。彼らも・・・私達と同じ覚悟を持っていると思うか」
「持ってんだろうよ。正体不明のヤツに聖域の実権を握らしちまってんだからな」
教皇の正体がサガだと知り、知った上でそれでも付いて行くと決めた時。
自分達も悪に徹しようと決めた。
自身の善と悪の狭間で不安定に揺れるサガが一人思い悩まずに済むようにと。
それが間違った道だと解っていても、自分達が憧れ、目指した目標でもある存在を放って置く事など出来なかった。
きっと、今目の前に居るあの年若い自分達も己の選んだ道が間違っている事には気付いているのだろう。
教皇の読みが当たっていると言った時に一瞬見せた表情がそれを物語っていた。
もしも同じ流れを辿るのだとすれば残された時間は約10年。
それだけの月日が過ぎた時、自分達が裁かれるであろう事を彼らは既に見越している。
いつか、ではなく明確な時間が解った時の彼らの表情は、覚悟を決めた者の見せるものだった。
「ま、そんときゃあの教皇が何とかすんじゃねぇか?」
「どうしてそう思う」
「カズム、だっけか?それに落ちたっつうアイツ等をあの教皇は見捨てなかった。それで充分だろ」
アフロディーテもまた同じ考えだったのだろう。
一度目を伏せた後、再び年若い自分へと視線を戻す。
「・・・何処に居ても、どの世界でも結局私達は私達だと言う事か」
「そう思ったからシュラも付いて行ったんだろうさ。アイツの思いはアイツにしか解らねぇ。けど、何の因果か同じ事をしたかも知れねぇ自分が降って湧いたんだ。あのガキの方のシュラに何か言ってやれるのはアイツだけだろ」
此処では自分達が蘇ってから色々と・・・本当に色々と問題が発生してくれた事と当事者本人があっけらかんとしていた事もありシュラが思い悩むような事は無かった。
それに自分達にとっては13年以上も前の話。
色々と心を決めるには十分な年月を過ごしてきた。
だが、あの3人にとってはここ数年の話。
決意はすれども、年齢的にも精神は未熟。
立場上、人を殺す事には慣れていようとも、それが身近な者だったならば話は別である。
「ん?2人で何を話しているだ?」
「アンタはガキの方のシュラに近付くなって話だよ」
「・・・何故だ?折角だから手合せでもしてやろうかと思ってたんだが」
死ぬ前は時々そうしていたからな、と懐かしげに語るアイオロス。
あぁ、コイツは本当に解っちゃいない。
どうやってこの天然を説得しようかと額に手を当てて天を仰ぐデスマスクと地に目を伏せるアフロディーテだった。