黄昏の来訪者 第04話
カツン、カツン、と後ろから一定の距離を保ったままの足音が聞こえてくる。
教皇の間
いや、あの男の前からシュラを連れ出してからシュラは一言も口を開こうとしない。
どうやら、オレの嫌な予感は当たってしまったらしい。
あの男
此方のサンクチュアリでの出来事がオレ達の居たサンクチュアリと似ていると言った男が・・・シュラが死に追いやってしまったと言うアイオロスなのだろう。
「シュラ。あの男にお前が罪悪を懐く必要は無い」
丁度通路を抜け女神像のある神殿への階段へと辿り着いた時に話しかければ、ビクリと体を震わせたシュラが足を止め、オレを見上げてきた。
同時に、背後から聞こえて来ていた足音もまた止まる。
「あの男はお前が手傷を負わせた男とは同一にして違う存在。故にお前が罪の念を懐く相手でも、謝罪を聞かせるべき相手でもない。アイオロスを死に追いやった罪がお前のものでしかない様に、この世界で同様の罪があったのだとしてもそれはこの世界のモノが背負うべきモノ。お前自身でないモノの罪まで背負う必要は無い」
此方に居る間、此処で、十二宮で過ごす事になるなら顔を合わせない訳にはいかないだろう。
ただでさえ、シュラはデスマスクやアフロディーテよりも心に闇が差し込んでいる。
罪のない相手を死に追いやってしまったのだと言う思いが、闇を引き寄せてしまっている。
だが幸いな事に此処にはシュラと同一にして違う存在、他人でありながら自分である存在が居た。
シュラの心を尤も解ってやる事の出来る存在が。
その男の心に闇の傷跡はあったが、外傷で言えば古傷の様な状態になっている。
乗り越えられる何かがあった。
「そうであろう?此方のシュラよ」
そう考え後ろからついてきているその男にも聞こえる様にとシュラに話して聞かせたんだが・・・多少、古傷を抉ってしまった感じもしなくもないが、まぁシュラ本人ではないので由としておこう。
オレの呼びかけにシュラもまた来た道へと視線を戻せば、再び足音が聞こえ此方のシュラが姿を見せた。
「すまぬが、私が向こうへ戻る為の力を使っている間、シュラの話を聞いてやってはくれまいか?」
「ッ!教皇!俺は」
「其方も自分の事ゆえ解るであろう。この子は己の中で、己自身で悩みを解決しようとする癖がある。私やデスマスク達には言い難かろうとも、同一の存在である其方にならば話しやすいかと思ってな」
シュラの抗議を遮り、頭を撫でてやりながら言えば罰の悪そうな表情のまま俯いてしまう。
それでもシュラの心からは喜びも感じられ、余計な事をして嫌悪の念を向けられはしないかとの心配は杞憂に終わった。
此方のシュラが「解った」と短く返事を返してくれた事から、オレはその場に2人を残して上方にある神殿へと足を運ぶ。
話をするにしても、オレは居ない方が話しやすいだろうからな。
周囲に誰もいない事を確認し、兜を外す。
・・・何でさっきはデスマスクに止められたんだろうか・・・
女神像の前に陣取り、腕へと繋げた光の糸に少しずつ力を流し込む。
余計な力を送り込めば直ぐにでも切れてしまうであろう細い糸を伝い、向こうの世界へとオレの力を介してその内に宿るシュラのコスモを送れば目には見えないが時空の境目とも言える場所に揺らぎが発生した。
オレがこれからすべき事は【己の次元に属するモノを取り戻そうとする力】と【己の次元に属さないモノをはじき出そうとする力】を繋ぎ合わせ、あの3人を無事に元の世界へ戻すだけ。
その事だけに力を集中させればいい。
どれくらいの時間が経ったのか。
気付けばオレの背後には3人の姿があった。
どうやら呼びに来たのは良いが声を掛けられなかったと言ったところだな。
「もうそんな時間か?」
「そ。折角作った飯が冷めちまう」
「って言っても今日はデスじゃなくてこっちのデスマスクが作ってくれたんだけどね」
「俺達は此処に居る間は此方の自宮で過ごす事になった。教皇には教皇宮の客間を用意させていると伝言を受けている」
シュラを此方のシュラに任せたのは正解だったか。
心を侵食しようとしていた闇が薄くなっている。
どのような答えを得たのかは知らないが、これで心配事が1つ減ってくれた。
「話は如何なった」
「あ〜、こっちのサガも教皇殺して成り代わってたんだと。んで、アテナが戻ってきて少ししたら聖戦が連続発生だとさ」
出来事が似ていると言うのはやっぱりその事だったのか。
違いはオレが現れたか否かと言ったところだろう。
「取り敢えず今は食事にしようよ。こっちのデスマスクもデスと同じで気が短そうだからさ」
「んだと?オレの何処が気が短いってんだよ!」
「・・・そう言うところがだと俺も思うが」
「だが、デスはちゃんと時と場合を選んでいる。下の子供達を相手にしている時は余程の事が無い限り怒らないだろう?」
「・・・アンタ、それフォローのつもりだろうけど、結局はオレの気が短いって事だろ・・・」
まぁ・・・なんせ、怒鳴られたり怒られたりするのは日常茶飯事だからな。
手が出る前に一言先に言ってくれとは常に思っている。
が、悪い意味で言っているのではないだと伝える為に頭を撫でてやれば、そっぽを向かれてしまった。
これもまた、デスマスクなりの照れ隠しだと解っているので手の動きを止める事はしない。
体格は大きくなろうとも、オレの負担を減らす為に精神的に成長しようとも子供である事には変わりないのだと知ったのは、こうして頭を撫でてやった時に3人から発せられた喜びだった。
この子供達は世間一般の人間の子供達が自然と親から与えられる想いを知らないのだと。
人では無いオレでも今までに様々な種族の器で親が子に向ける想いを味わった事があると言うのに。
・・・この世界のこの3人はそれを知らぬまま育ってしまったと言う事か・・・
「あ、食事だけどさ巨蟹宮に用意してくれるんだってよ。だから道開けてくんね?」
「・・・開けて良いなら開けるが、オレはこのままで良いのか?」
「多分大丈夫だと思うよ。一緒に食事をするのもこっちの僕達だけだって言ってたし」
「いや、正確には此方の俺達と同じ顔をした者もだと言っていた」
「そう言えばアイツ等は何だったんだ」
「「「240年以上前の黄金聖闘士」」」
・・・240年以上前だと?
「人間・・・なのか?」
「今は冥闘士らしいんだけどよ、冥王の支配は受けてないって言ってたな」
「聖戦の後に色々あって海皇や冥王とは和解したんだって」
和解、か。
遣り方次第で聖戦自体を回避する事も出来そうだな。
「事情は教えては貰えなかったが、その時に冥王が必要性を感じて冥闘士として蘇らせたそうだ」
「その役目を終えた後もサンクチュアリに居ついていると言う事か・・・」
巨蟹宮への道を開きながら問い返せば揃って頷く3人。
そしてデスマスクは頷きながらもオレが繋いだ道に穴をあけて空間移動で巨蟹宮へと向かって行った。
毎回思うんだが・・・1人置いて行かれるのは少しばかり寂しいものがあるんだがな・・・まぁ、オレがアテナの結界に穴を開けて道を固定している以上、仕方のない事なんだが・・・
そう思っていれば何時もならデスマスク達が通った後には消えてしまっている道が中々消えずにいる。
これならオレも通れるかと足を踏み出せば、問題なく巨蟹宮へとついてしまった。
出口の左右を見れば此方のデスマスクと更にそれと同じ顔をした男が通路を固定している。
「手間をかけて悪いな」
「・・・アンタ誰だよ」
傍らに持っていた兜を見せれば、あぁ、と納得してくれる。
こういった説明要らずなところは、デスマスクと変わらないな。
「それにしても、アンタの所のガキは随分と強い力を持ってんだな」
もう一方の
デスマスクと似た顔立ちの男が話しかけてくる。
冥王のスペクターだとデスマスクは言っていたが・・・確かに、生者とは体の作りが違うようだな。
「空間移動の事か?それなら、オレがアテナの結界に穴を開けているだけの事だ。結界の中にもう1つの簡易結界を作り出しているに過ぎない」
「あのさ、アンタ自分から相手を警戒させるような事言うなってオレ何度も言ってるよな?」
下手に隠し事をするよりは良いかと思ったんだが、確かにこの場に居る子供達以外からの警戒心は増してしまっていた。
「それより教皇!ちょっとこっち来てくれよ!」
デスマスクが普段以上に普通の子供の様に燥ぐ時は、決まってオレの気を逸らそうとしている時だと流石のオレもこの1年で解るようになった。
今も、オレが自分達以外のモノの感情に引き摺られない様にしているのだろう。
腕を引かれて巨蟹宮の厨房へと連れられて行けば・・・あぁ、半分は本気で燥いでいたのか。
「・・・随分と設備が整っているな」
「なぁ、オレ等の方も同じ様に出来ねぇの?」
厨房を見渡せば様々な調理家電が置かれている。
料理が趣味兼気晴らしのデスマスクにとってはこの厨房は夢の城の様なモノだろうな・・・
だが、同じモノを使えるようにするにはガスや電気を通す必要がある。
ガスのパイプラインは国と相談するとして、十二宮に配備するなら発電施設が必要になる、か。
「まぁ、出来ない事は無いな。戻ったら何とかしてやる」
「本当か!」
「オレは嘘は言わん」
普段は余程の事が無い限りは自分の望みなどを口にしないんだからな。
資金の方も子供達に回していない依頼の報酬と永い年月で溜まったモノの一部を切り崩せば問題無い。
「デスだけずるいと思うんだけど?」
「・・・・・・」
「解っている。お前達もこっちの宮で気になるモノがあったら言え。但し、1人1設備だ。良いな?」
喜ぶ3人とは対照的に、何故か猜疑心の薄れたモノ達から呆れにも近い緯線が向けられていた。
「マニゴルド・・・今、1人1設備と聞こえた気がしたんだが」
「聞き間違いなんかじゃねぇよ」
「・・・子供と言えど聖闘士。甘やかし過ぎだな」
言いたい事は面と向かってもっとはっきりと言え。
・・・オレはデスマスク達がオレを望んでくれた時に決めたんだ。
コイツ等の望みを叶えられる限りは叶えてやろうと。
それにコイツ等は一度甘やかされたからと無制限に己の欲を満たそうとするヤツ等じゃない。
それが解っているから、こうして心の底から欲している時には甘やかしてやる事にしているに過ぎない。
サンクチュアリの事を何も知らないオレを支えようと、此処に住むモノ達に教皇の不在が知れ渡らない様にと、不安が広がらない様にとこの歳で教皇の職務すら熟そうとするコイツ等にオレが出来る事をしてやって何が悪いと言うんだ。
「呆れて言葉が出ないとはまさしくこの事だな」
「少し羨ましい気もするけどね」
「あ〜、まぁなんだ。うん。取り敢えず飯にしようや」
此方のデスマスクに促され、全員が卓に着く。
が・・・1人足りないと思うのはオレだけなのだろうか。
「マニゴルド、と呼ばれていたな。アンタの代の魚座はどうした?」
子供達だけではなく、次元の違う此方のデスマスク達も3人仲が良さそうだ。
そして同じような顔つきの元蟹座と元山羊座が共に居るのならば、魚座も一緒に居てもよさそうなモノなんだがな。
「アイツは少しばかり臆病なんだよ。ったく、血に触れなけりゃ問題ねぇってのに・・・」
「血とは?」
「あんた教皇の癖に何にも知らねぇんだな。って、アイツの代で途切れちまったから仕方ねぇのか」
元蟹座はブツブツと独り言ちた後に、行儀悪く目の前の料理を突っつきながらポツリポツリと元魚座の事を話し始めた。
・・・子供達の躾け上、その手の動きだけは止めて欲しいんだがな。
「魚座ってのは技の都合上、耐毒体質なのは知ってんだろ」
「あぁ。それはディーテから聞いている」
「オレ等の代までは、魚座は毒の血を受け継いでたんだ。師匠から弟子へ、その更に弟子へってな。師匠の血に耐えられなけりゃそのまま死ぬ、耐えて魚座を継げば逆に師匠が死ぬって乱暴極まりない継承方法なんだけどよ。アイツはそれに耐えきって魚座を継いじまった。それからは・・・自分の血で仲間が傷付く事に怯えて引き籠っちまってんだよ。ったく・・・オレ等は気にしねぇって言ってやってるってのにな。ハーデスの野郎も冥闘士として蘇らせんなら、アイツの体質くらい改善しといてやれってんだ」
つまりは、その毒の血を今の肉体でも持ってしまっており、此処のモノ達を傷つけない為にこの場には来なかったと言う事か。
平和な時には、疎ましいモノでしかないだろうが・・・それが殺してしまった師との唯一残された繋がりでもあるのだろうな・・・
「・・・その血が、元魚座が仲間と認識しているモノを傷付けなければ良いんだな?」
「簡単に言ってくれるけどな。それが出来りゃ
」
「出来るが?」
・・・オレは何かおかしな事を言ったのだろうか。
元蟹座が話をしている合間にも聞こえていた子供達や他の4人の食事の音がピタリと止まっている。
「・・・マジか?」
「さっきデスにも言ったが、オレは嘘は言わん。その血中にある毒を調整してやれば良いだけの話だからな。血に一定以上のコスモを流した時にだけ毒の成分が出る様にすれば問題ないだろう?」
「直ぐに出来る事か!?」
「まぁ、そんなに時間は掛からないからな。やろうと思えば直ぐにでも・・・」
オレの言葉をすべて聞く前に、食事の途中にも関わらず元蟹座は席を立って十二宮の階段を駆け上がっていった。
「・・・そんなに急がなくても、オレ達はまだ暫く此処に厄介になるんだがな」
「アルバフィカは魚座を継ぐまでは宮が近い事もあり俺とはよく顔を合わせていた。鍛錬をさぼって磨羯宮を休憩所にしていたマニゴルドともな。その頃はよく笑っていたが・・・魚座を継いでから、あいつの笑顔を見る事は殆どなくなった。あいつが再び仲間たちと普通に触れ合える機会をくれた事に感謝する」
行儀の悪い奴だ、と元蟹座に呆れていれば、此処にオレが現れてからと言うモノ眉間に皺をよせ警戒心を解く事の無かった元山羊座がオレの席の横に立ち、頭を下げてきた。
「此方の事に干渉する気は無かったんだがな。ディーテと同じ魚座な上に、心配しているのがデスやシュラと同じ蟹座と山羊座だと言うから特別だ。此方に世話になる礼だとでも思っておけ」
尤も、本人が拒否した場合はオレにしてやれる事は無くなってしまうがな。