〜言の葉の部屋〜

Digression 巨蟹宮 − side聖なる領域



 教皇の執務室。
 シオンは乱雑に書類が積み上げられた机で、何かを探していた。
「シン、ここにあった私の著書を知らないか?」
 溜まってしまったシオンの執務を片付けるべく手伝いに来ていたシンは自分用に用意させた机の上で端から書類を片付けている。
「アンタの著書なんて見た事もないが・・・何を書いたんだ?」
「例の聖衣の意思に関する教本だ。きちんと教えろとお前が煩いのでどうせなら聖闘士全員に配ろうと思ってな、その見本が出来たと届けられたばかりだったんだが」
 そういえば随分前にそんな話をしたな、と思い返す。
 シオンにしては珍しく実行に移していた事にシンは関心していた。
「だから日頃から片付けろと言っているだろう。まぁ、穴にさえ落ちてなければそのうち出てくるんじゃないか?」
 穴に落ちてしまったら何処に落ちるか解らないので諦めるしかない。
 だが室内で無くなったならば、穴に落ちる可能性は低いので何処か書類の下にでも潜っているのだろうとシンは予想していた。
「見かけたら除けておいてやる。何ていうタイトルなんだ?」
「うむ、【聖衣の気持ち 〜正しい聖衣との付き合い方〜】だ」
 聞き間違いだろうか、とシンは己の耳を疑った。
「・・・もう一度言ってくれ」
「【聖衣の気持ち 〜正しい聖衣との付き合い方〜】だ」
 先程と全く同じタイトルが返ってきた。
「ふざけているのか?」
「子供でも解りやすい良いタイトルだろう」
 確かにこの聖域には聖闘士も候補生も子供が多い。
 本の内容が解りやすいタイトルに越した事は無いが、いくらなんでもこのタイトルは無いだろう。
「もう少し真面目なタイトルに変更しろ。それでは誰も読まないだろうからな」
 これが【聖衣】の部分が動物でも指していれば間違いなく受け入れられるタイトルなのだが。
「良いタイトルだと思ったんだがな」
 心底残念そうなシオンの姿にシンは頭痛を覚えた。
「本気でそう思っているならアイツ等にも聞いてみろ。オレは全員がオレと同じ意見だという方に明日のお前の仕事を賭けてやる」
 黄金聖闘士が1人でもシオンの付けたタイトルを認めたならば明日のシオンの仕事を全部引き受ける、と言うシンの言葉にシオンはガックリと肩を落とした。
 こういう言い方をする時は大抵、シオンが負けるのだ。
「また一から考え直すのか・・・」
 シオンにとっては何日も何日も悩んだ末に決めた渾身のタイトルだったというのに。
「悩むからおかしくなるんだ。セイントの心得とか簡単なモノで良いだろう?」
「聖闘士の心得では聖衣の意思に関して以外も書かねばならないだろう!」
「書けば良い」
「面倒だ」
「書け」
「・・・」
「書け」
「そう威圧するな・・・」


 こうして、シオンの著書【聖衣の気持ち 〜正しい聖衣との付き合い方〜】が発行される事は無く、見本として刷られた1冊は行方不明のまま幻のタイトルとなったのだった。

 行方不明となった本はシンの予想を外して穴に落ち、別次元の宝瓶宮の書庫へ。あまりのタイトルであるが為にカミュの手により封じられ、氷河に見つけられるまで陽の目を見る事は無かった。





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