〜言の葉の部屋〜

AnOpening 04




「お前が殺したのではない。最終判断を下したのは私だ。それに・・・この件はターレスも承知している」
 判断を下したのは王。
 それを聞かされてもバーダックには自分が殺した気がしてならない。
 自分があの攻撃で消滅していれば   不思議な夢の通りに死んでいれば。
 そうすれば、シヤーチは生き残ったかも知れない。
 己の生死1つで全てが変わるとは思えないが、自分を見つけたサイヤ人達が自分が死んだ運命でも生きていた可能性はある。
「あいつは・・・ターレスを残して死にたくなかった筈だ」
 サイヤ人にしては珍しく、子供を、そして他者を大切にする者だった。
 初めは鬱陶しいと感じていたその性格も、付き合っていくうちに当たり前の事となっていた。
 戦闘力でしか判断しない自分と違い、戦闘力の低いラディッツに如何すれば戦場で生き延びられるかを教え込んだのもシヤーチだった。
「親父は満足だったと思うぜ。なんせ憧れのバーダックの命を救えたんだからさ」
 ベッドの左側。
 壁との隙間から突如声が聞こえたかと思えば、ターレスがひょいと顔を出した。
「ターレス。探したぞ」
 パラガスが此処へ来たのはターレスを探しての事らしい。
 待機命令が出されている最中、自室として宛がわれた部屋に居なかったターレスを今も数名の戦士が探し回っている。
「細かい事は気にすんなって。親父がさ、最後まで気にしてたんだよ。自分の手足で本当に動くようになるのかってさ。バーダックの命を助けたとしても、あのバーダックの一部として力を発せられるのかって。だからオレが確認しにきたってワケ」
 ところが、見つけたバーダックは眠っており、中々起きる気配がない。
 左手足が繋がっている事を確認した後、つい寝入ってしまったのだと言う。
「くだらねぇ心配すんじゃねぇよ。自分の腕以上に使えるようになってやらぁ。必ず、な」
 瀕死の者を生かすために命を捨てた馬鹿の為に。
 サイヤ人らしくない行動を選んだ、多数のサイヤ人の為にも。
「あともう1つ親父から伝言。必ず生き延びろ、どんな事をしても。だってよ」
 バーダックは何も答える事が出来なかった。
 自ら死を選んだ者が、自分には生きろと言う。
 あの瞬間。
 バーダックには死に対する恐怖は無かった。
 不思議な夢が、己の無念をカカロットが晴らしてくれると告げていたから。
 ではシヤーチは何を想いながら死んだのだろうか。
 それがどの様な想いであろうと、解ったところでシヤーチが返ってくる訳では無い。
 己の右手で、己のものとなった左手を握りしめる。
 バーダックは己の半身に誓った。
 何があろうとも、この命を繋ぐと。
 そして・・・もう1つ。
「・・・ん?あ、バーダック!目が覚めたのか!」
「あぁ、テメェもしぶといヤツだよな」
 トーマの声に、握り締めていた手を咄嗟に離す。
「おっさん寝過ぎ。オレが来た時からずっと寝てんだからよ。せめて人の気配で目ぇ覚ますくらいの芸当出来ねぇの?」
「うるせぇ!てめぇは相変わらず口の減らないガキだな!」
 先程までの重い空気が、彼等によって少しずつ払われてゆく。
 バーダックにはターレスがこれを故意に行っているのだと解った。
 父の行動とそれがもたらす周囲の変化。
 ターレスは周囲の空気を読む事に長けていると、シヤーチは言っていた。
 感情の流れを逸早く察知し、どの様な対応を取ればいいのかを模索する。
 ラディッツと同年齢とは思えない程冷静な考え方をするターレスを、シヤーチは心配していた。
 吐き出される事の無い感情は何処へ行ってしまうのか、と。
「ターレス、お前自身は如何思ってんだ?」
「何が?」
 トーマと楽しげにじゃれ合っている姿からは、到底父親を亡くしたばかりの子供には見えない。
 これが普通のサイヤ人の子供ならばバーダックも特別、違和感を感じたりはしなかった。
 普通のサイヤ人と違い、どの親子以上に仲の良かった父と子。
 その子供が果たして父親を亡くして冷静でいられるものだろうか、と。
「シヤーチの事だ」
 一瞬。
 普段ならば見落としてしまうであろう、ほんの僅かな瞬間。
 ターレスの表情が固まったのをバーダックははっきりと見た。
「さっきも言ったけどさ、親父は満足して」
「シヤーチが、じゃねぇ。お前が如何思ってんのかって聞いてんだ!」
 今度は完全にターレスから表情が消えた。
 今まで、父親が生きている時ですら素直に自分の感情を表した事の無い子供。
 視線だけが宙を彷徨っていたが、最後には表情が悟られないようにと俯いてしまった。
        った」
「聞こえねぇな」
 ターレスが拳を握る。
 王も、パラガスも、トーマも。
 誰も口を挟めない雰囲気が2人を包んでいた。
       かった」
 バーダックの傍まで歩み寄り、必死の思いで言葉を紡ぐ。
 握りしめられた拳は微かに震えていた。
「聞こえねぇって言ってんだろうが!はっきりと言いやがれ!」
「悔しかった!親父がオレじゃなくてアンタを優先した事が!」
 ベッドに横になっているバーダックからは、僅かながらだがターレスの表情を窺う事が出来た。
 懸命に涙を堪えている。
 バーダックの記憶にも、よく泣いていたラディッツと違い、ターレスの泣き顔を見た事は無い。
「オレだってアンアには助かって貰いたかった!アンタは親父にとってもオレにとってもでかい目標だったから・・・けど・・・だけど何で親父が死ななきゃならねぇんだよ!」
 一気に言葉を吐き出すと、必死に顔を擦る。
 泣く事は子供の特権だというのに、この子供はそれすら良しとしない。
 シヤーチの心配していた通りだな、とバーダックは確信した。
 このまま思いを誰にも伝えられずに抱え込むような事が続けば      彼の心は次第に壊れてしまったかも知れない。
「・・・でも・・・オレの命が助かったのはカカロットのお蔭なんだ・・・」
「カカロットの?」
「カカロットが居なけりゃオレはあの攻撃で星ごと消えてた。だから・・・親父に死ぬなって言えなかった・・・」
 偶然、としか言えない。
 それでもターレスの命は確かに助かった。
 カカロットが存在したから自分は救われた。
 自分を救った存在の父親の命を助ける為に自分の命を差し出そうとする父に何も言う事が出来なかった。
「・・・パラガス、シヤーチの体はどうした」
「保管してある。あやつも今後万が一の事態が発生した時に再度お前に提供できる部位があれば使って欲しいと言っていたからな」
 彼自身の意思で、己の遺体を保存するようにとまで遺言を残して。
 バーダックはシヤーチが何故そこまでしてくれるのか、理由が全く思い当らなかった。




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