海渡の聖闘士 第03話
  
  
   何があったのかと階段を駆け下りれば、赤髪に怒られているルフィの姿があった。
   事態を確認すると【悪魔の実】と呼ばれる特殊な果実を食べてしまったのだと言う。
   試しにルフィの皮膚を引っ張ってみれば、説明された通りゴムの様に伸び、ルフィはそれに対して痛みを感じていない。
   身体に触った感触はゴムでは無く普通なのだが、骨から臓器から全てがゴム状になっている事が確認出来た。
  「・・・奇妙な・・・」
  「ギョーゴー、おで、いっじょう、およげなぐ」
   ルフィは鼻水を垂らしながら泣き続けていた。
   海賊になりたい上に今まではいつか泳げるようになると思っていたのが、一生泳げなくなったショックは子供ながらに大きなモノだろう。
  「泣くな。己の仕出かした事であろう。なれば、今後はその身体を如何に活かすかを考えればよい。稀有な力を得たのだ。お前にしか出来ない事も今後は出て来るであろうからな」
  「おでに、じが、でぎない、ごど?」
  「あぁ、お前にしか出来ない事がきっとある」
  「どんな、ごど?」
   そう聞かれると・・・困るな。
   視線をデスマスク達に向ければ首を左右に振られる。
   海賊たちは泣いているルフィに狼狽えながらも、オレと視線を合わせようとはしない。
  「それは私にも解らん。だが・・・己を信じぬモノは何も得られん。新たに宿った己の力を信じてやれ」
  「わ、わがっだ」
   何処まで解ってくれたのか不安ではあるが、懸命に泣き止もうとしている姿からは今の自分を受け入れようとし始めた事が解る。
   右往左往していた海賊たちも一安心した様子だった。
  「さて・・・其方等はこのような危険な果実を子供の手の届く場に置くなど、何を考えておる。よいか、子供と言うモノは珍しいモノには自然と手が伸びるモノなのだ。それに話を聞けばルフィの目の下の傷も其方等に認められたい一心で付けたと言うではないか。子供の決意は大人が思う以上に固い。其方等に子供を持つモノがおるかは解らぬが、今後は注意するがよい」
  「あぁ、その点に関しちゃ船長一同反省している」
   銜え煙草を外し、長髪を後ろで一つに纏めた男が頭を下げると海賊の一団が揃って頭を下げてきた。
   常識は通用する相手と言う事か。
  「それとキャンサー。お前は余計な手出しはするな。このモノ達が穏便に済ませたのならば、それで良かろう。馬鹿は繰り返した時に思い知らせてやればよい」
  「あいよ・・・ったく、アンタが此処に居たら真っ先に手が出てそうなんだけどな」
  「そうであろうな、性根の腐った輩は好かん」
   後から店に入ってきたモノ達から悪意を感じ取ってはいたが、海賊たちが如何対処するかを確認したくて放って置いたんだ。
   実際に顔を会わせていたなら、真っ先にオレが始末していただろう事を否定する気は無い。
  「ルフィの事はすまなかった。それで・・・あんたがルフィが言っていたキョーコーって奴か?」
  「そういう其方は赤髪のシャンクスか。ふむ、余計な揉め事を嫌う点では他の海賊よりはマシと言えるな」
  「あんた等は3隻の海賊船を叩きのめしたって聞いたがな」
  「余計な揉め事は好まぬが人命が掛かっているとなれば、何隻でも叩くのみよ。悪意ある芽は潰したとて問題なかろう」
  「話を聞いたときゃ、もっと若いのかと思ってたけど爺さんだったとはなぁ」
   ・・・今、何て言ったんだ・・・この男は。
   聞き間違えでなければ爺さんと言っていた気がするが。
   オレが爺さんだと?
   いや・・・確かに、正確に言えばオレほどの年寄りはこの世界どころかどの次元にも存在しない事だろう。
   だがな。
   今の器は神の身体だ。
   人間の様に年を取るモノじゃない上に、外見的にも爺さんと言われる様なモノじゃ無い。
  「クッ・・・アーハッハッハッハ!爺さんだとよ!」
  「デ・・・蟹座、笑ったら、悪い、だろう」
  「ピスケス、キャンサーを嗜めるならば笑いを堪えよ」
  「あ?話し方が爺くさいから爺さんだと思ったんだが、違うのか?」
  「そうさな、爺さんと呼ばれる様な外見では無いとだけ言っておこう。其方より年上である事は確かであろうし、信じるかどうかは其方に任せるがな」
  「いや、悪かった!ルフィの事と言い、重ね重ね申し訳ない!」
   随分と腰の低い海賊も居たモノだ。
   それに、心底謝っている。
   謝るべき時に謝る事が出来る。
   こういう輩は・・・嫌いじゃない。
   その後、店内の食料を粗方食い尽くした海賊たちは船へと戻っていった。
   数日すると彼らは出港の準備を初め、航海に必要な物資を船へと積み始める。
   ルフィは共に行きたがっていたが船長を初めとする海賊たちは良しとせず、ルフィは置いて行かれた事に怒りながらも次は置いて行かれないくらい強くなるのだと目標を定めていた。
   そして事件の起こったその日。
   オレ達4人はゴア王国の中心街へと酒類の買い出しに来ていた。
   今までの航海期間からすると近々あの海賊団たちが戻って来るので、前回以上の酒を用意したいと言うマキノの希望を聞いての事だった。
   元々、オレとアフロディーテだけで来る予定だった所に賞金首関連の情報を仕入れる為にシュラが同行し、あの海賊たちが来るならば食材を仕入れたいとデスマスクがついて来てしまい結果的に4人揃ってフーシャ村を離れる事になった。
   この時、オレ達は4人とも油断していた。
   海から近付く悪意も、あの海賊団が揉めずに追い返した山賊たちの悪意もそれまでの間、村に近付く事が無かったが為に。
   警戒網だけでも、解くべきでは無かった。
   買い物を済ませフーシャ村に近付くと銃声が聞こえてくる。
   慌てて戻れば町の中心路は白い煙で視界が塞がれていた。
   周囲の気配を探るとあの海賊たちの気配と倒れ伏しているモノ達が複数。
   そして・・・この村から逃げ去ってゆくあの山賊の気配とルフィの気配が共にあり、それを追うシャンクスの気配が感じ取れた。
  「キャンサー、カプリコーン、ピスケス。お前達は方々に逃げている山賊どもの始末をせよ。私はあの阿呆を追う」
  「りょーかい」
  「心得た」
  「軽い運動にもならないだろうけどね」
   海賊たちの見ている目の前で、瞬時に3方へと散る3人。
   人目を気にしている場合では無い。
   オレはルフィの気配を追って空を蹴りながら海へと出れば、そこで巨大な生物の姿を目にする。
   小舟に立っていた山賊の頭を一口で飲み込んだその生物は、泳げないルフィを次の獲物に選んでいた。
   シャンクスは必死にルフィに向かって泳いでいる。
   巨大生物の咢が2人へと向かったその時、オレは巨大生物の横っ面を蹴り飛ばしていた。
   一撃で意識を失った巨大生物の身体が海面に浮かび、その上に着地したオレを2人は呆然とした表情で見ている。
  「無事であって何よりだ」
  「強いって聞いちゃいたが無茶苦茶だな、あんた」
  「よく言われる事よ」
   2人とも酷い怪我は無い様で安心したが、此処から泳いで戻らせる訳にもいかないだろう。
   幸いオレの足の下には3人が乗っても問題の無さそうなモノがいる。
   中にいる山賊頭も首さえあれば賞金がもらえる相手だ。
   巨大生物に活を入れ、目を覚まさせると何をするんだとシャンクスが怒鳴ってくる。
   が、巨大生物がオレに怯えている様や、オレに脅されて腹の中から山賊を吐き出す様を見て安心した様だった。
  「さて、コヤツが港まで送ってくれるそうだ。2人も此方へ来るがよい」
  「スッゲェ!キョーコー、主と友達なのか!」
  「友?いや、コヤツは己の力量を弁えているだけの事よ」
  「力量って・・・んな単純な話じゃない気がするんだがなぁ・・・」
   勘の良い男だ。
   オレの力と自分の力の差をこの巨大生物が実感したのは確かだが、言語の壁が無いオレはこの巨大生物とも意思の疎通が図れる。
   まぁ、オレの言語野と繋がっている3人も可能だろうが。
   巨大生物の背に乗り戻ると、村人と赤髪海賊団の面々が港に集まっていた。
  「教皇、これで全部の筈だぜ」
  「そうか。ピスケス、コヤツ等は」
  「命に関わる様な傷を負ってる者は当に死んでいる」
  「なればカプリコーン、生きているモノ達を海軍へ連れて行け」
  「懸賞金が付いていない奴等も、か?」
  「其の方が村の安全の為には良いであろうな」
   以前、村人から貰った使わなくなった投網の中に山賊たちを纏めるとシュラは担いで海軍支部へと向かっていった。
   その様に海賊の一部が腰を抜かしている。
   どうやら【無手】のカプリコーンの名は海賊の間でも広がっている様だな。
   向こうでもセイントの力は普通の人間とは比べられないモノだったが・・・オレからすれば、悪魔の実の方が余程常識外だと思うんだがな。