一期一会 06
「ココ、サニー」
小さなトリコが呼びかけると、3人は小松が消えた玄関へと向かった。
「・・・まいち納得出来ねぇ・・・」
「小松君の気遣いは嬉しいんだけどね」
「結局、迷惑掛けてんのはオレ達って事だからな」
小松にとって自分達と出会った事は不運だったとしか言えないのではないだろうか、と思わずにはいられなかった。
自分達と出会ってしまったばかりにIGOから面倒事を押し付けられ、彼が何よりも誇りに思っている仕事にまで支障をきたしてしまっている。
「で、これからどうする?」
小松の疲労は誰の目から見ても明らかだった。
小さな自分達は「どうすれば小松と一緒にいられるか」ばかりを気にするあまり、その事には気付いていない。
ならば小松に掛かっている負担を少しでも軽くしたかった。
「りあえず、今日は泊まる」
「所長に連絡してアイツ等の事もはっきりさせねぇとな」
「そうだね・・・僕達に黙ってこんな事をした上に、小松君に迷惑をかけるなんて・・・」
小さな存在はハッキリ言えば邪魔だ。
小松と自分達の時間がなくなるし、何よりも小松にハント抜きで仕事を休ませるくらい大切にされているのが気に食わない。
とは言え、あの小さな自分達もまた、自分の意思で小松の元にやってきた訳ではなく、彼らの此処に居たい
研究所に戻りたくないと言う気持ちも痛いほどに解ってしまう。
あのような、人として扱われない場所へ好んで帰りたいと思える者はいないだろうから。
「面倒くせぇけど、暫くはあのガキ共の面倒みるか」
「あなたたちにめんどうをかけるつもりはありません」
ドン、とテーブルの上に料理が置かれる。
その表情は笑顔だが子供の癖に目だけが笑っていない。
「おっさんたちじゃま!」
「お、おっさ・・・このガキ!誰がおっさんだ!」
「まえらにきまってる」
「ちょっと待て。オレは小松と同い年だぞ?オレがおっさんならお前らは小松の事もおっさんだと思ってんのか?」
おじさん扱いされる小松。
その外見からでは想像するのも難しい。
何せ成人していると言う事すら、当初は疑ってしまった程だ。
「こまつさんはちがいますよ」
「おっさんっつったら、でかくてむっさいやつってきまってんじゃんか」
なぁ、と小さな3人は頷きあう。
3人は話しながらもテーブルと玄関を往復し、子供が運ぶには多い量の料理を軽々と運び込んでいた。
「あとはとつぜんおしかけてきて、てつだいのひとつもしないずうずうしいひとですね」
「けばいのも」
料理を持ってくる度に、チクチクと毒を含んだ言葉を残していく。
「お待たせしました。材料はIGOから自由に使っていいと言われているので、足りなかったら言ってください」
小松が最後の皿をテーブルに乗せ手伝ってくれた子供達の頭を撫でた時、小さな3人の表情が嬉しそうに緩んだのをトリコ達は見逃さなかった。
自分達にも一龍という親代わりがいたからこの世の全てを恨むような事にはならなかったが、果たして自分達が子供だった頃に目の前の自分達の様な、心の底から嬉しいのだとみる人にまで伝わる様な表情をしたことがあっただろうか、と思い返す。
そして楽しいと感じる事はあっても、嬉しいという感情をハッキリと意識する事が出来たのは
小松と出会ってからの記憶にしかなかった。
今更ではある上に過去に戻った所で「今の小松」と出会う事は出来ないのだと解っていても、此処にいる3人が羨ましく思えてしまう。
「小松。話の続きなんだけどな」
小さな3人が余計なことは話すなと、小松には解らないように睨みつけてきているのが視線を動かさなくても解る。
「小松君もレストランの仕事をした上にこの子達の世話をするのは大変だと思うんだ。ハントに出る時間も無くなっているみたいだしね」
「こいつらに力の使い方、教えられるのはオレらだけだし。松じゃオレの触覚見えねだろ?」
「確かにそうですけど・・・」
出会い頭の様子からすれば多少の力は使えるのだろう。
だが、完全にコントロールする為には相応の訓練が必要になる。
小松にも小さな3人にその能力がどの様なものか説明する事は可能だが、その力を振るうには如何すればいいのかを教える事は出来ない。
グルメ細胞を持たない小松がグルメ細胞を持つ者を育てるにはやはり限界があるであろうし、力の使い方を熟知している自分達でなければ解らない負担もある。
「って事で、松は引っ越しの準備で明日は休みだな」
「・・・はい?」
「此処だと人目も多いからね。家の中だけで教える訳にはいかないし」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「場所は所長に言って直ぐに用意させっから心配すんなって」
「だからなんで引っ越しの話になるんですか!」
小松の抗議などお構いなし。
IGOの力ならば人目に付かない広大な土地など幾らでも用意できるだろうし、小松の通勤手段も何とでもなるだろう。
「思い立ったが吉日、それ以降は全て凶日っていつも言ってんだろ?」
トリコ達の案に何を勝手な、と思ってはいるが小松も考えた事が無い訳ではなかった。
「・・・ほんとうにひっこすんですか?」
「あの人達を止められない限りはそうなりますね」
「おれたちはどうすんだ?」
「一緒に決まってるじゃないですか!」
「まつといっしょならどこでもい!でもまつがやならや!」
「・・・皆さんの事を考えたら引っ越した方が良いんです。それはボクも解っているんですけど・・・」
狭い部屋の中しか知らずに育てるのではなく、広い世界も教えてあげたいと思っていたのは確かで。
ただこの3人の容姿はどうしても目立ってしまい、IGOの機密事項である研究所も絡んでいる。
一目の気にならない広い場所があるならば、子供達の成長の為にも最適だと頭では解っているのだが・・・
「皆さんは人の話を聞かないような大人になったらダメですよ」
元気に返事をする子供達を前に「真っ当な大人に育てよう」と決意を新たにする小松であった。