Sideアイオロス 〜流転〜
「サガ、カノン。今日から暫くオレはロスと出かける。お前達なら大丈夫だろうし、オレが居ない間の馬鹿共の対応は教皇に任せてあるから問題は起こらないと思うが」
「カノンが問題を起こさない様にしっかり見ているから大丈夫だよ。けど、2人で何処へ?」
サガはシンとオレを見るけど、オレも知らないんだよな。
さっき急に出かけるから準備しろって言われたんだ。
何処に行くのか、何日掛かるかも教えてくれないのに何を準備すれば良いんだよ。
「少しばかり調べさせていた事があったんだが、その過程で入った情報でロスに弟が生まれた事を知ったんだ。どうせなら、会わせてやろうと思ってな」
「・・・弟?オレに?」
父さんと母さんの顔も覚えてないけど、生きてる事は知ってた。
聖域の決まりで二度と会えないって言われても、顔も知らないからどうでも良いやって思ってたんだけど・・・弟・・・か。
「けどさ、良く神殿の連中が許可したな。肉親に会いに外に出るなんてさ」
オレも気になった事だけど、シンはカノンに溜め息を吐きながら言った。
「・・・肉親に会いに行くのに許可が必要な状況がおかしいんだ。親が生存している子供には最低でも月に1度は里帰りさせてやりたいんだよ、オレはな。サンクチュアリに残されている文献を読んでも、アテナがそういった規制を布いたと言う記載は無い、と言うのをお前達は知らないだろう?」
「アテナ様は禁じて無い・・・?」
けど・・・
神官達は神代からの決まり事だとオレには教えてくれた。
多分、サガやカノンもそう教えられている筈。
アテナ様が決められたんじゃないなら・・・
「なら、昔の教皇様が?」
「不正解だ。教皇が定めた法の中にも肉親に会ってはならないと言う文面も外界に出るのに許可が必要だと言う文面もオレは見つけられなかった」
じゃあ誰が決めたんだ。
聖域の決まりごとの殆どはアテナ様か教皇様が定められたって教えて貰ったのに。
「いいか、【人】と言うモノは物事を捻じ曲げてしまう事がある。自分の記憶すら、都合の良い様に書き換えられるのが【人】なんだ。セイントは聖域を護りつつ聖戦に備えなければならない。それが聖戦に備えて聖域から必要時以外は出てはならないと誰かが捻じ曲げてしまったのかも知れない」
聖域にそんな事をする奴がいるのか、って此処に来る前のオレなら疑っただろうけど、前にサガから聞いた双子座の話もある。
神代からずっと聖闘士と共にいた聖衣が嘘をつく訳が無い。
それに文献や法なんてオレ達でも調べようと思ったら調べられるんだから、コイツが嘘を言う意味が無い。
「取り敢えず、教皇に行き先は伝えてあるからお前は安心して着いてこい」
「なっ、ちょ、止めろっていつも言ってるだろ!」
事ある毎に頭撫でるの止めろって言ってんのに、全然止めようとしない。
最初は何か懐かしい感じがして別に良いかなって思ってたんだけど、子供扱いされてる気が・・・じゃない、実際に子供扱いされてんだよな・・・
シンにとっては黄金聖闘士とか関係なくて、20歳未満は全部子供。
オレ達より年上の白銀聖闘士が聖域に居る事が多くなったのも、シンが原因だって本人達から聞かされた。
その分の任務は誰がやってるのかって聞いたら平然とした顔で自分がやってるなんて言うんだから、呆れるしかないよな。
それも給金は受ける筈だった白銀聖闘士に渡すってどれだけだよ。
「けどさ、調べさせてた事って何だよ?アンタが指示出すって事は神官がらみか?」
「色々洗いたい事があるんだよ。証拠が掴めたら、お前達にも教えてやるさ」
「約束だからな」
シンと神官達の違うところは、こうやってオレ達が知りたいと思った事を教えてくれるところだ。
これが神官だったら「黄金聖闘士様がお耳に入れるような事ではございません」って絶対に教えてくれない。
「さて、時間が惜しい。さっさと行くぞ」
シンについて結界から外に出るのは此処に来てからしょっちゅうだけど、今日は景色が違う感じがした。
そういえば・・・
「あのさ・・・オレやサガやカノンって良く外に出てるよな?」
「それがどうかしたのか」
「あれってシオン様の許可取ってるのか?」
「そんな必要の無いモノを一々オレが取りに行くわけがないだろう」
やっぱり。
話聞いてる途中からもしかしたらそうなんじゃないかなとは思ってたけどさ。
コイツって神官達に正面から喧嘩売って大丈夫なのかな。
「アイオロス、しっかりと掴まっていろ」
「へっ?」
って・・・放したら幾ら聖闘士でも落ちたら骨の1つや2つじゃ済まないだろって高さまで跳び上がる。
火時計まで跳べるんだからこれくらい出来てもおかしくないのかも知れないけど、常識外れ過ぎだろ・・・
「どうなってんだよ」
「ん?あぁ、足元に空気の塊を作ってそれを足場にしているだけの事だ」
ふ〜ん。
説明されても全然解らない。
足元に空気の塊ってどうやって作るんだよって話だよな。
これ以上詳しく説明されても意味ないだろうから、これ以上訊かないけどさ。
実際にどれくらい離れているか解らないけど、聖域が見えなくなって暫くするとシンは地上に下りた。
辺りに何もないと思いながら歩いてると小さな村が見えてくる。
「あれが、お前の生まれた村だ」
「あそこが・・・」
村に入って見回しても全然懐かしいと思えない。
それにオレ達を警戒してるのかな。
物音は聞こえるのに、外に誰もいないなんて。
「あの、一体なんのご用でしょうか」
「突然申し訳ない。アイオロスの弟が生まれたと聞いたのだが
」
「アイオロスの・・・では、貴方は聖域の方ですか?アイオロスだけでなく、また私達から子供を奪いに来たのですか?」
「いや、彼を弟に逢わせたく・・・おい、ロス!何しているんだ」
「えっ!あ、何で人が出てこないのかなって」
誰だろう。
シンのところに駆け戻ったら、オレを見て泣きそうになってる女の人がいた。
「あ、あの!この子は!」
「えっと・・・誰?」
あ・・・傷つけたのかな・・・
「この馬鹿が。オレはお前を何処に連れてきた?」
「オレの生まれた村だろ」
「そうだ。そして此処はお前の生まれた家だ」
オレの生まれた家?
じゃあ、この人は・・・
「オレの・・・母さん?」
その人の動きは聖闘士の動きに比べたらとても遅かった。
なのにオレは抱きしめられるまで避ける事が出来なかった。
避けたら駄目なんだって、どうしてか思えたんだ。
「彼を弟に逢わせて頂いても宜しいか?」
「どうぞ、お入りください」
今度は家の中から男が出て来る。
オレを抱きしめてる人が母さんなら、この人がオレの父さんなのかな。
家の中に入ると母さんは奥の方に入って行って、オレとシンは父さんに勧められて椅子に座った。
「聖域の方がアイオロスを連れてきて下さるとは思わず、失礼を致しました」
「いや、あの馬鹿共しか見た事が無いのならそう思われても仕方がない。不躾で悪いが、一つ確認させて貰っても良いか?」
外の人にまで馬鹿って言っちゃうんだ。
けど、シンは家の中の何を見ていたんだろう。
部屋の中をざっと見て、今は真面目な視線を父さんに向けている。
「サンクチュアリからの送金が止まっているのでは?」
送金?
「・・・・・・」
「正直に言ってくれて構わない。オレはその調査も教皇から頼まれている」
来る前に言ってた調べさせてる事って、シオン様に頼まれてたんだ。
「・・・最初の支度金は頂きました。ですが・・・」
「その後は一切届いていないんだな?」
「はい・・・」
「なぁ、送金って?支度金って何の話だよ」
シンに訊いたら父さんはオレを見て、目があった途端に逸らした。
「サンクチュアリは親の居る子供を奪ってくる際に親が騒がない様にとある程度の金を渡すんだ。これで文句を言うな、世界の為になる事だ、ってな。候補生やセイントとして生きている間は勿論だが、訓練で死んだ場合や任務で命を落とした場合は一時金が支払われる。命の代価としてな」
父さんはシンが話している間もオレを見てはくれなかった。
「オレは聖域に売られたのか?」
少し身体を動かしたけど、違うと言ってくれない。
オレはこの家には必要ない子供だったのかな。
「お前は本当に馬鹿だな。オレの話をちゃんと聞いていたのか?子供を奪っていくんだよ、サンクチュアリは。それにどう見ればお前の両親がお前を好き好んで売ったと思えるんだ。本当に金目当てで売ったなら支度金以外の金が届かなかった時点で騒ぎを起こすに決まっている。サンクチュアリの馬鹿共もお前の両親がそういうタイプではないと判断したから、送金する金を自分の懐に入れたんだよ」
「自分の懐!?」
確か候補生の管理は神官達がしてて、シンが馬鹿共って言うのも神官達だ。
アテナに仕える神官が、そんな汚い事をしてるのか・・・?
「候補生探しをしているシルバーセイント達に頼んでおいたんだ。家族が生存している候補生達の生家の様子を見てくるようにとな。案の定、お前の両親の様に金の為では無く、世界の為にと子供を手放した家族で約束を反故にされているところが何件か見つかった。子供の命は金に換えられないってのに、その金すら渡さないなんて最悪だろう?」
「シオン様はなんて言ってんだよ」
「証言さえ取れれば担当官は裁かれる。こう言ったら悪いが、お前という証人も出来た事だしな。ご両親、遅くなって申し訳ないがこれがアイオロスの命を預けて頂いた対価だ。受け取って貰えないだろうか」
シンが荷物の中から結構膨らんだ袋を取り出した。
けど、父さんは袋の中身も確認しないで首を左右に振る。
「二度と会えないと言われていたアイオロスに、こうして会えただけで十分です」
「そうか。ならば、これらは村の薬代にでも回してくれ。この辺りでは・・・疫病が広まりつつあるのでは?」
「疫病?」
「・・・帰ったら観察力をつける訓練が必要だな。村の様子を見れば解るだろう」
見たって解らないって。
普通は余所者を警戒してるのかな、って思う程度だよ・・・オレじゃなくても。
「確かに今、村には資金が必要です。ですが・・・」
「受け取れよ!オレはこの村の事とか、父さん達とかの事は覚えてないけど、これがあれば少しは良くなるんだろ!」
「・・・アイオロス・・・」
「オレの命の代わりにって渡された金で大勢の命が助かるなら良い事じゃないのかよ!」
「アイオロスの言うとおりだ。治療をすれば間に合うモノがまだ大勢いるだろう。子供の命の代わりに得たのだと後ろめたい気持ちは解るが、本人がこう言っているんだ。それにこのまま疫病が流行り続ければ、そこのアイオロスの弟の様な幼い赤ん坊などは命を落としかねない」
シンの視線の先を見たら、母さんが何かを抱きかかえて奥から出て来ていた。
「あなた。有り難く使わせて頂きましょう。アイオロス、この子が貴方の弟のアイオリアよ。抱いてあげて」
母さんの腕の中に居たのは小さな小さな赤ん坊だった。
抱いてって・・・オレが?
「い、いいよ!オレが触ったら・・・」
聖闘士のオレが触ったら、力加減を間違えたら。
そう思ったら触る事なんて出来なかった。
「何を恐れている」
「だってさ」
「だって、じゃない。弟をよく見ろ・・・此処にサンクチュアリの関係者を来させる訳にはいかなくなったな」
聖域のって、まさか。
「小宇宙・・・こんな赤ん坊なのに!?」
「レオが自分の主が生まれたと少し前に騒いでいた。タイミングからして、この子である可能性が高いな」
オレとシンの会話で父さんと母さんの顔から笑顔が消えていた。
サガとカノンは双子だから解るけど、兄弟で聖闘士になる事なんてあるのかよ。
それも12人しかいない黄金聖闘士に。
「あ、あの!この子は・・・この子だけは・・・」
「解っている。オレとて貴女方にこれ以上の無理を強いるつもりは無い。この辺り一帯はオレの息が掛かっているシルバーセイントの探索地域だから心配はいらない。ゴールドセイントが1人欠けた所で、オレが埋めればいいだけの話だ」
他の誰が言っても信じられないけど、アンタが言うなら確かだよな。
笑顔で大丈夫だよって言ったら、父さんも母さんも安心してくれた。
オレが信じてる人なら信じられるって。
その後、父さんと母さんはアイオリアが2歳になった頃に事故で死んでしまった。
1人残されたアイオリアをどうするか。
彼はその判断をオレに委ねてきた。
黄金聖闘士になるべく訓練生として聖域に引き取るか、それともこのままこの村の親類に預け聖闘士と縁の無い生活をさせるか。
オレは・・・父さんと母さんの亡骸の前でオレにしがみ付いてくるアイオリアの手を振り払う事なんて出来なかった。
訓練生の間は一緒に居られないだろうけど聖闘士になればきっと一緒に暮らせるようになるからと、オレは弟に聖闘士になる道を選ばせてしまった。
この事は後悔していない。
後悔しているのは・・・自分の物忘れの激しさ、かな。