〜言の葉の部屋〜

ボツの領域 青銅Ver.02後編



 いつまでも白羊宮と金牛宮の間で突っ立ている訳にもいかず、オレと向こうから来たアテナとセイント達は教皇宮へ向かって歩みを進めていた。
「・・・あのカノンは今13、4くらいか」
「良く解ったな。アイツが6歳の時にオレが此処に来たから、そのくらいだな」
 あの時はまさか12人もの子供の面倒を見る羽目になるとは思ってなかったが。
 当のカノンは他の子供達を呼びに住処へと向かっている。
 今後の事を考えると、子供達抜きで話を進める訳にはいかないだろう。
「なぁ、教皇とあのカノンってヤツさ。そっくりだけど何か関係あるのかよ」
「カノンは・・・」
 応え難いか。
 それも仕方の無い事だろう。
「サガとカノンは双子の兄弟だ」
「双子?!」
「あぁ。双子座・ジェミニのサガとカノン。最年長のゴールドセイントで、サンクチュアリの被害者だ。な?」
 アテナに同意を求めれば、無言で頷く。
 ゴールドセイント   特にシオンの弟子でもあるムウは受け入れ難い様だが、アテナが許している以上、文句も言えずにいた。
 デスマスクとシュラ、アフロディーテがサガ側に付いていたのも、コイツ等なりにサガの異変を感じ取り支えていたのかもしれないな。
「ふ〜ん。それとさ、こっちの十二宮って黄金聖闘士全然居ないけど、良いのかよ」
「・・・セイヤ。こっちのゴールドセイントは一番年上でお前達と同じ位の年齢なんだ。子供にやらせる訳にはいかないだろう」
「でも黄金聖闘士なんだろ?」
「此処では20歳未満のセイントは任務などセイントとしての役目を請け負えない事になっている」
「は?」
 呆れた声がセイヤだけでなく他のブロンズセイントやゴールドセイント達からも聞こえてきた。
「代わりにオレがセイント達が行うべく任の大半を受け持っている」
「黄金聖闘士は自宮で暮らす事になっている筈ですが?」
「・・・ムウはジャミールに居たと思うが」
「何か言いましたか?紫龍」
「いえ・・・何でもありません」
「ムウ、いやムウだけじゃないな。お前達はゴールドセイントが何故、自宮にいる必要性があるか知っているか?」
 問えばお決まりの答えが返ってきた。
 それが古くからの決まりでありゴールドセイントの役目だから、と。
「ゴールドセイントとゴールドクロスはサンクチュアリの結界の要になっている。クロスだけでも維持は可能だが、セイントが共にいればその宮が司る部位の結界は強さを増す。だからこそゴールドセイントが自宮にとどまる必要性があった。が、こっちではオレがクロスの力を抜き出して結界を強化している。定期的に力を補充する必要性はあるが、クロスとセイントが長期間、宮から離れても問題ない状態になっているんだ」
 説明をしてやったが半信半疑と言ったところだな。
 こんな話を受け入れられる筈がない、か。
 アテナに至ってはきょろきょろと周囲を見回している。
 結界の違いをアテナだけでも感じ取っているなら良いが。
「あの・・・今更ですけど僕達が一緒でも大丈夫なんですか?別の次元からなんて話を信じて貰えるとは到底思えないんですが」
「問題無いだろうさ。オレ自身、此処の次元に属するモノじゃない」
 簡単にオレが此処に来た経緯とその後の事情を話せば疑いの眼差しを向けられてしまった・・・何故だ。
 今のお前達も似たような状況だと言うのに。
 十二宮の半ばまで差し掛かった頃になると下の闘技場に子供達の姿が見える。
 何やらカノンとサガの様子が険悪だが・・・何かあったのか?
「すまないが先に行っていて貰えるか」
「私達だけで、ですか?」
「下で少しばかり話を聞いてくるだけだ。直ぐに追いつく」
 まぁ・・・多少、背は高くなっているが万が一見つかっても此処の連中は滅多な事でサガを相手にする様な事はしないのだから大丈夫だろう。
 向こうのアテナ達を置いて子供達の所へと一気に下りれば・・・嘘を吐くな何だと揉めていた。
「どうした」
「サガに向こうで会ったヤツ等の事話したら信じやしねぇんだよ」
「シンだけが行ったならば話は分かるが、お前まで行ける訳がないと言っただけだろう」
「だから!向こうのアテナがオレも巻き込んだんだって言ってんだろ!」
「アテナ嫌いのお前を?アテナが?それこそあり得ないだろうが」
 普段は仲が良いんだがなぁ・・・
 他の子供達も慣れないサガとカノンの喧嘩に如何したら良いものかと戸惑っている。
 アイオロスさえもお手上げ状態だ。
「サガ、カノンが言っている事は事実だ。オレも向こうで驚いたがな」
「ほら見ろ。頭っから疑うなってんだよ」
「・・・すまなかった」
「オレも自分以外のモノが一緒に次元を移動したのは始めての事だったからな。お前が疑うのも無理は無いさ。それにどうせカノンの説明が下手だったんだろうしな」
 訊けばサガ以外の子供達が頷いている。
 つくづく不器用な双子だよ、お前達は。
「・・・その腕は大丈夫なのか?」
「既に傷口は塞いである。心配するな」
 肋に関してはまだ治していないが、言う必要はないだろう。
「向こうのヤツ等には先に教皇宮に向かって貰っている。お前達も出来るだけ早く上って来てくれると助かるんだが・・・久しぶりに測るか」
 12人の顔色がオレの一言で蒼褪める。
 ただ単にこの十二宮の階段を上る速さを測っているだけなんだが・・・
 何時もならば、闘技場から白羊宮に続く階段から測り始めるんだが、既に白羊宮は抜けている。
 まぁ短くなったと言ってもこの程度なら構わないだろう。
「行け」
 短い言葉を合図に12人が一斉に駆け上って行く。
 サンクチュアリでは特定の場所以外での音速・光速での移動を禁じられているが、その最たるがこの十二宮の階段だった。
 この十二宮は侵入者の足を遅らせる為に一定以下の速度でしか走れない上に、一段一段登らなければならないと言う呪が掛けられている。
 上るモノの無意識に働くその呪はアテナが掛けたモノなのだろうが、ゴールドセイントであろうともそれ以上の速度で走ろうとすれば身体に負荷が掛かり、本人達に言わせれば「嫌な感じ」がするそうだ。
 だが、それではいざと言う時に役に立たなくなる。
 なので少しでもその負荷に慣らさせようと始めた事だが・・・うん、サガ達はかなり速くなったな。
 オレはオレでいつも通り、跳躍をして火時計を足場にする。
 見れば子供達と話をしている間にも向こうのアテナ御一行は磨羯宮を抜けていたが、ゆっくり上っていた事もあり、教皇宮に到着する頃にはサガ達のコスモが大分近づいて来ていた。
「か・・・った・・・」
「・・・カノン?」
 教皇宮に入ろうとしたオレ達の脇をカノンが駆け抜け、それに気付いた向こうのサガが名を呼べば、他のヤツ等もカノンに視線を向けていた。
 時間はまぁまぁと言った所か。
 続いて競り合った末に同着でサガとアイオロスが飛び込んでくる。
「うわ・・・ホントに、サガや、チビ達が、いる」
「だから、言っただろ・・・って、如何見ても・・・チビじゃ、ねぇだろ・・・」
 カノンの言う様に、明らかに向こうから来たゴールドセイント達は今のお前達よりも全員背が高いんだが、アイオロスだから仕方ないだろう。
 サガは息を整えながらも無言のまま向こうのサガを睨んでいた。
 嫌悪している訳ではなさそうだが・・・カノンは何処まで説明をしたんだろうな。
 向こうのカノンの死因をカノンは知らない。
 が、アイオロスとシオンの死にサガが関わっている事は知っている。
 もしそれを聞いていたとすれば、サガと共に聞いていたであろうアイオロスのこの反応はおかしいのでそこまでは話していないのだろうが。
「シ・・・シン・・・差は・・・?」
「カノンの到着から48秒だな。頑張った方じゃないか、シュラ」
「ぜぇ・・・ま・・・負けた・・・」
「そう、何、度も・・・負けて・・・は・・・」
「最下位はデスか。デスもディーテも前回よりは速くなったが、シュラとの差はまだ13秒開いている」
「マジ・・・かよ・・・」
 デスマスクの声にしてはいつもより低いなと思えば、言葉を発していたのは向こうのデスマスクだった。
 どうやら、こちらの自分達の姿を見るまで現実を中々受け入れられなかった様だな。
 その声でデスマスク達もまた、育った自分達の姿を目にし驚きを顕わにしていた。
 正常な反応と言えば、正常な反応だろう。
 一方から見れば未来の、もう一方から見れば過去の自分がそこにいるんだからな。
 生憎・・・オレにはあり得ない事だが。
「さて、息も整った所でカノン、サガ、ロス。お前達は下の6人を迎えに行ってやってくれるか?」
 年少6人に限った事ではないが、此処を全速力で走りぬこうとすると例の抵抗もあり、体力を異常に消耗する。
 逆を返せば、体力を消耗せずに上って来たならば全速力では無いと言う事だ。
 6人のコスモが宝瓶宮を抜けた辺りで止まっている事からも、言いつけを守って全速力で走ってきた事が容易に窺える。
 いつもならばオレが迎えに行くんだが、今アイツ等を抱えたりすれば肋の状態がばれるのでそれは避けたい。
「解った。だが」
「話をするのは全員が集まってからにする。だから安心して全速力で連れて来い」
「「「・・・・・・・・・・」」」
 自分達より小さな子供とは言え、セイントなのでそれなりの体格をしている。
 だが、出来ない訳でもない。
 必要な回数だけ往復すればいいだけの話だ。
「此処まで辿り着けないとは・・・情けない」
「こちらの聖闘士は体力が無いのか?」
「下の6人って事は多分オレ達なのだろうが・・・」
「可能性は高いが、仮にも黄金聖闘士ならば登れない距離ではないだろう」
「サガやデスマスク達も息を乱していたな」
「駆け上るだけならば氷河でも息を切らさずに登れるのではないか?」
 随分と好き勝手を言ってくれる。
 アンタ達の駆け上るとコイツ等の駆け上るは全然違うんだがな。
「・・・気が変わった。なら、アンタ達が自分を迎えに行ってやってくれ。先導はカノン達3人にやらせる。良いか、必ず3人と同じ速度で駆け下りて6人を回収したら駆け上がって来い。尤も、カノン達に追いつけたらの話だがな」
 そのくらい簡単だ、嘗めるな、等と言って威勢よく出て行ったが・・・全然追いつけていないぞ、お前等。
 オレは同じ速度でと言った筈なんだがな。
「どう言うことなのか、お聞きしても宜しいですか?」
 その様子を見ていたアテナに問いかけられ、何をやらせているのかを簡単に説明してやれば、教皇宮に残っていた向こうのサガ達はデスマスク達を感心した目で見つめていた。
「沙織さん、オレもやってみて良いかな?」
 話を聞いていたセイヤ達ブロンズセイントは興味津々といった表情をしている。
 オレは構わないんだが、先導させようにもデスマスク達の疲れ具合を見るともう少し休ませてやりたい。
「どうせ後で下りるんだ。その時に試したら良いだろう?」
 それもそうか、と素直に納得してくれる性格で良かった。
 迎えに行ったヤツ等を待っていれば、真っ先にカノン達3人が戻り、暫くおいてから子供達を背負った向こうのゴールドセイント達が何とか帰ってくる。
 疲労している所を見ると、コイツ等なりに懸命に走りはしたと言う事か。
 アテナと4人のブロンズセイント、そして2組のゴールドセイント達を連れて教皇の間に入ればシオンが待ち構えていた。
「ふむ・・・余所の聖域のアテナ様並びに黄金聖闘士と青銅聖闘士とは・・・」
「ご迷惑をお掛け致します」
 念の為、シオンにはコイツ等が別の次元のサンクチュアリから来た事を念話で話してはいる。
 だがこの顔は・・・状況を楽しんでいるな、絶対に。
「お気になされるな。尤も、私としてはお前が怪我をしている方が物珍しいんだが・・・その肋は如何した?」
「・・・此処で言うな、馬鹿が・・・」
 普通、怪我の状態を聞くならば袖が血まみれの腕の方だろうに何故、何も言っていない上にこの距離で肋の状態が解ったんだ。
「簡潔に言えば、自分の蹴りの威力を自分で味わったと言うだけの話だ。以上」
 詳細を話すなと向こうのムウ達を睨み付ければ、開こうとしていた口を閉ざしてくれた。
 が・・・
「ミロ、何をしている」
「え?肋がどうなってんのか気になってさ♪」
 近寄ってきたかと思えば、肋のあった個所を興味津々といった表情で押してくる。
 コイツならやるだろうと思っていたが、此処で遣ればどうなるかを全く考えていないな。
「・・・後ろのサガに気を付けろ」
 振り向いた瞬間に拳骨か。
 お前の行動を見て向こうのお前達が呆気にとられているんだがな。
「オレはあんなだったか?」
「今も遣っている事はそう変わらな   
 向こうのミロと話していたカミュの声が止まった理由も解る。
 何せ   幼い自分が無言のままオレに凍気を纏わりつかせているんだからな。
「心配してくれるのは解るがな、取り敢えずディーテ達の所に戻っていろ」
 氷で覆って固定しようとしてくれたのだろうが、今後はオレでなければ凍傷を負うと言う考えを持たせないとならないな。
「でだな、シオン。コイツ等が戻れるまでの間なんだが・・・流石にこれ以上人目に晒す訳にはいかないだろうからオレの住処で預かろうかと思っている。その間の仕事は全てアンタ1人で遣ってくれ」
「何故そうなる!私1人でとなれば仕事量は倍だろう!」
「本来ならばアンタが全部片付ける筈のモノだろうが。このアテナがコスモの使い方を覚えて向こうへつながる歪みを発生させるまでの間だ」
「ならば私が小宇宙の使い方は教えよう。だからお前の仕事量もそのままだ」
「アンタは此処の最高責任者だろうが・・・」
 多分、向こうのアンタと随分違うんだろうな。
 向こうのゴールドセイント達の呆れた視線に気付け。
「だが・・・戻せるのか?」
「何とかなるかも知れん、としか言えん」
 オレ自身は自然発生する穴を使って次元を行き来しているに過ぎない。
 下手に自分で開けたりすればその次元に何がしかの影響を与えかねないからなんだが、何よりも誰かに呼ばれて移動したり、オレ以外のモノが人為的に発生させた歪みを使ったりしたのは初めての事だ。
 アテナもアテナで無意識の行動だった事から、同じ歪みを必ず発生させられるとは断言できない。
 ・・・向こうに置いてきているゴールドクロス達の為にも、早く戻してやりたいんだが。
「私が未熟なばかりに・・・申し訳ありません・・・」
「お気に召されるな。ですが、アテナよ。貴女はまたも人の子として御生まれになられたのですかな?」
 コイツ等の事だけでなく、向こうの事情も説明しておくべきだったか。
 シオンはアテナがコスモの使い方を知らない事から、予測した事を口にしただけなのだろうが、向こうのサガが完全に固まっている。
 ただでさえ、自分が殺した存在と同じ存在が目の前に居るっていうのにな。
 アテナ自身も此処で   子供達の前で告げて良いものかと悩んでいる様子だった。
「私も聞きたい・・・何故、そちらの私は教皇の法衣を身に纏っている?教皇   シオン様は如何された?カノンとアイオロスは何故居ないんだ」
 お前が睨み付けていたのはそれが原因か。
 だがどれも、向こうのお前には答えにくい事ばかりなんだが・・・
「あ、オレと爺さんとロスは死んだってさ」
 ・・・随分とあっさり言ってくれたな、カノン。
「オレって今でもアテナなんてどうでも良いし、此処嫌いだしな。あのままあの部屋で育ってたら此処の連中の事とか恨みまくって絶対サガと揉めるだろうなって思ったんだよ」
 全く・・・お前は察しが良すぎる。
 向こうのサガは「自分が死なせてしまった」と呟いただけだと言うのに。
 尤も、オレの行動に真っ先に気付いたのもお前だったか。
「だがカノン、お前の言い方だと私がお前を殺した様に聞こえ   
「カノン・・・」
 固い声が室内に響く。
 そのカノンの言葉に向こうのサガが反応した事で、カノンの言葉が真実であるとサガにも解ってしまったが、向こうのサガも何かを決意した様だ。
「そうだ。私がカノンを殺した。教皇もアイオロスも・・・私が殺した」
 サガの言葉を向こうのサガの言葉が遮った。
「教皇シオン様。そしてアイオロス、カノン。私の罪を聞いて貰いたい。力に溺れた聖闘士の末路を、知って欲しい」
 赦しを請いたい訳では無いだろう。
 だが、目の前には自分が死なせてしまったモノ達がいる。
 向こうのサガは感情を交えずに淡々と事実だけを語っていた。
 カノンを殺してしまった経緯。
 シオンを殺す事になった経緯。
 そしてアイオロスを殺させた経緯。
 向こうのゴールドセイント達もショックを受けていたが、こちらの子供達が受けた衝撃の方が問題だ。
 何せ、仲の良い年長3人が仲違いしたって言うんだからな。
「ふむ・・・こうなるとお前に蹴り飛ばされて良かったと言う事だな」
 場の空気にそぐわない、明るい声が聞こえてきたと思えば・・・あぁ、あの時の事か。
「だな。それにカノンを連れ出したのも正解だったと言う事だ。アンタは渋っていたがな」
「仕方なかろう。お前に会うまでは、あれが正しいのだと思っていたのだ」
 これもシオンなりの気遣いだろう。
 自分でも間違う事はあるのだと。
「教皇からしてこうだったんだ。過ぎた事を思い悩むな。今までの失態はこれから取り戻せばいい。向こうのジェミニもアイオロスも、お前を許していたんだからな」
 きっとこの場に居るモノ達から罵声を浴びせられる覚悟をしていたんだろう。
 だが、今のコイツに必要なのはそんなモノじゃない。
 向こうのシオンの想いも、向こうのカノンの想いもオレには解らない。
 それでもこれだけは伝えてやる事が出来る。
 あの時のジェミニの訴えと、サジタリアスに宿っていた向こうのアイオロスの意思とコスモが伝えてきた想いならば。
「苦しんでいるお前を助けて欲しい、と言っていた。向こうのアイオロスは死んで全ての事実を知ったんだろうな。生きている内に気付けなかった事を後悔していた。それにオレも言った筈なんだがな。全ては狂ったサンクチュアリが原因だと。失った命を大切に思うなら、その想いを先へ伝えるのがお前の役割だろう?」
 例え、周りが納得せずともお前は生きなければならない。
 死ぬよりも生きる苦しみを味わい続けながらも、向こうのサンクチュアリを正しい姿に戻すのがお前の役割だとオレには思える。
 そんなお前に対して向こうのゴールドセイントやブロンズセイント達が如何答えを出すのか。
「間違ったら、そこからやり直せば良いんです」
「道を違えない人間は居ない」
 ムウとシャカだけでなく、子供達が向こうのサガを囲んでいた。
 口から出る言葉は皆、これから先も生きろと言う意味が込められた言葉。
「優しい子たちですね」
「アンタがそう感じたなら、アンタのセイントも優しいヤツ等なんだろうさ」
 コイツ等と向こうのヤツ等は厳密に言えば違う存在だが、根本は同じだ。
 直ぐには無理でもきっと、同じ結論に達してくれるだろう。
 向こうのサガはそんな子供達にどう接したら良いのか解らず、戸惑っているがな。


「働かざる者食うべからず、と言いたいところだが事情が事情だ。人目に付かなければアテナ以外は気楽に過ごしてくれて構わない」
 と、言った所で何人が真面に話を聞いているのやら。
 教皇の間での話が終わった後この住処へと戻って来た訳だが、約束通りセイヤ達ブロンズセイントと向こうのサガに対してどう言葉を掛けたらいいのか解らなかった向こうのゴールドセイント数名は子供達の先導で十二宮を駆け下りた。
 子供達にとっては上るよりも下りる方が楽なんだが、負荷に慣れないヤツ等には結構効いたらしい。
 住処の前までは何とか歩かせたが、バテにバテている。
 デカい図体で邪魔なんだがな。
「私以外と言うのは・・・」
「アンタはコスモの扱い方を覚えなければならないだろうが」
 言えばつまらなそうな顔をする。
「あのな・・・アンタが居るって事は向こうの次元は聖戦が起こると言う事だろう。こっちでのんびりしている間に相手が攻めてきたらどうするつもりだ」
 あの時と同じ様にアテナの心理状態を掻き乱してコスモを暴走させる事も考えたが、必ずしも次元の歪みが発生するとは限らない。
 それに歪みを安定させる事さえ出来れば   多少の時間操作は可能だ。
 こっちにどれだけいるのか解らないが、1日2日ならまだしも仮にも1ヶ月経ってしまった場合は確実に戻る時間軸の調整が必要になる。
 何せ、オレとカノンは向こうで2時間程度しか過ごしていないにも関わらず、こっちでは倍の4時間近く経っていたんだからな。
「部屋は如何するんだよ」
「自分の面倒は自分で見ろ、と言えば解るな。セイヤ達はカノンとロスの部屋に1人ずつ、残った2人で空き部屋を使ってくれ。アテナはオレの部屋を使わせる」
「で、アンタは?」
「・・・クロス達の所を使うしかないだろうな」
 あそこの連中は煩いんだが、今の住処は空き部屋は1つしかない。
 各部屋は広めに作ってはいるが、3人だと窮屈に感じるだろう。
 かと言え、リビングなどに雑魚寝をさせる訳にもいかないだろうからな。
 ・・・寝具と食料を買い出しに行かないとならないか。
「サガ、ロス。それと・・・そっちのサガもだ。買い出しに行くから手伝え」
「私も?」
「アンタも、だ。カノン、留守は任せたからな」
「げっ・・・面倒くせぇ・・・」
 面倒くさいと言っているのだから、カノンは意図を読み取ってくれた様だ。
 アイツ等には今、向こうのサガ抜きで考える時間が必要だろう。
 本人が居ると纏まる話も纏まらなくなる。
「・・・あのよ、オレ達もついて行って良いか?」
「荷物持ちが増えてくれるのは助かる。何せ、15人分だからな」
 これは行き先をロドリオ村からアテネに変更しないと駄目か。
 向こうのサガだけなら誤魔化せたかも知れないが、こっちのデスマスク達と向こうのデスマスク達とじゃ余りにも違いすぎる・・・主に身長が。
 サガとアイオロス、そして4人のゴールドセイントを連れてサンクチュアリと外界の境へと向かえば途中で候補生達の合同訓練所が見えてくる。
 この時間帯は使っているモノも居ないので、静かなモノだ。
「私達は自分の意思で貴方について行った。貴方が前教皇に成り代わっている事も・・・知っていた」
 アフロディーテの声はか細かったが、周囲が静かな為にオレにもサガとアイオロスの耳にも届いていた。
「全部知ってて、止めるんじゃなくてアンタと同じ道を行く事を選んだんだ」
「確かにアイオロスを処罰するように命を下したのは貴方だが、実際に手を下したのは俺だ。赤ん坊のアテナが共に居る事に気付いていながらも・・・」
 それでもアテナが育っている所を見ると、向こうのシュラはアテナを見逃したのか・・・サガの罪を軽くする為に。
「・・・すまなかった」
「ぷっ・・・」
「アイオロス!」
 噴出したのはアイオロスだった。
 サガが不謹慎だと諌めているが、笑いは一向におさまる気配を見せない。
 結構深刻な雰囲気だった筈なんだが・・・何がそんなにおかしかったんだか。
「だ、だってさ、サガって大人になってもサガなんだなって思ったら可笑しくて」
「?」
「カノンに謝った時と同じ口調だな〜って思って顔見たら同じ様に眉間にシワ寄せてさ」
 あぁ、そういう事か。
 オレはコスモが同じ為にコイツ等と子供達を重ねてしまっていたが、アイオロスはその仕種でサガと向こうのサガが重なったんだな。
「さっきシンも言ってたけどさ。オレもそっちのオレはサガの事を恨んだりしてないと思うな。サガの話だとそのあと13年間も聖闘士育てたりして教皇として聖域守ってたんだろ?アテナ様も許してるって言うし。うん、もう気にしないで良いんじゃないかな」
「アイオロス・・・」
「それにさ、こっちなんて聖闘士が3日に1度は教皇宮の壁蹴破るし、シオン様を蹴り飛ばすし、アテナ様なんてどうでも良いって言うし、聖域中敵だらけだし、何年経っても腰掛だ!なんて言ってんだからさ」
 ・・・それはもしかしなくてもオレの事か?
「それでも・・・聖衣は離れようとしないんだ。それって女神の聖衣が、聖闘士だって認めてるって事だろ?だから双子座の聖衣がサガから離れないなら、サガも聖闘士として必要とされてるって事だよ」
「私が・・・必要と?」
「うん。ちょっと遠回りしたみたいだけどさ。え〜っと・・・あ、終わりよければすべてよし、ってやつ?」
 アプスの場合はただの寂しがり屋で、向こうの次元に関しては聖戦も近付いておりまだ何も終わってはいないんだが・・・思いは伝わっている様なので良しとしておくか。
 アイオロスが言葉を紡ぐ度に、向こうのサガの心の錘が軽くなっているのが解る。
 だが・・・
「・・・カノンを探そうとはしなかったのか」
 和らいでいた空気をサガの一言が凍りつかせた。
 教皇の間で話を聞いてからというもの、サガの向こうのサガに対する疑心や怒りが強くなっていた一番の原因はやはりカノンだったか。
「探したに決まっている!私は・・・私と同等の小宇宙を持つカノンならばあの岩牢で死ぬ事は無いと考えていた。必ず改心し、神の許しを得て戻って来てくれるのだと思っていた!だが・・・岩牢が開いた形跡すらないと言うのにカノンは消えてしまった・・・何日探してもカノンの痕跡は見つからず・・・教皇の仮面を被った事で外に出る事もままならなくなってしまった・・・あちらに戻れたならば、真っ先に探し見つけ出すつもりだ。例えそれが、骨の欠片になってしまっていたとしても」
「・・・痕跡も・・・遺体も無いのなら、カノンが死んだと決めつけるな!アイツはどんな逆境でも生き抜く強さを持っている。兄である貴様が何処かで生きていると信じてやらずに誰が信じてやるのだ!」
 オレもジェミニから話を聞いた時はクロスがそう言うのだからと死んだモノと思ってしまっていたが・・・遺体が無いならば、確かにその可能性もあるな。
 ただし、クロスですら存在を感じ取れない場所に居る事になるが・・・今此処でそれを言うのは止めておくか。
 それにしても貴重な経験だろう。
 過去の自分に胸倉をつかまれて怒鳴られるなど、普通の人間じゃ経験する事はまずありえない。
 が、完全に同じ存在では無いにせよ、自分の言葉が一番心には響くだろうな。
「カノンが・・・生きて・・・」
「その可能性も0では無いだろう。諦めなければ道は必ずあるのだと、私は8年前に知った。そして道が閉ざされたならば、その壁を壊してでも道を繋げる強さが必要なのだとも学んだ。貴様が私と同じ存在だと言うのなら、そのくらいの事はしてみせろ」
「そうだな・・・兄である私が諦めてしまっては、カノンを探してやれる者は居なくなってしまう・・・同じ探すならば、生存を信じて探した方が良い、か」
 向こうのサガの答えに、サガは頷くと掴んでいた手を離した。
「・・・お前は・・・私の様に道を間違える事は無いのだろうな」
 デスマスク達3人は自分達の役目を取られてしまったが為か少々不満そうだが、そう呟いた向こうのサガの眉間から皺が消えているのを見て安堵している。
 この4人はもう大丈夫だろう。
 後は下の6人との蟠りだが・・・これは時間をかけるしかないだろうからな。

 買い出しでは意外な事にデスマスクがかなり役に立った。
 なんでも向こうのデスマスクは料理が趣味だとか。
 余りの意外性にサガもアイオロスも信じられないモノを見る目で見ていたが。
 その上、空間移動も得意な様で嵩張る荷物を都度サンクチュアリ近郊へと運んでくれもした。
 そんなこんなで買い物を済ませ、住処へと戻ってみれば・・・何故かシュラとシャカに怒られている向こうのアイオリアとミロの姿が目に入る。
 デカい図体した大人が子供に怒られている姿は何とも滑稽に見えるんだが。
「何があった」
 訊くとこっちのミロとアイオリアが手招きをしてきた。
 サガ達に荷物を中にいれるように指示し、招かれるまま裏に回ってみれば   
「なんかさ、悩んでるのは性に合わんから身体を動かしてくる!とか言って何すんのかなって思ったら裏で手合せ始めたんだよ」
「オレ達でも此処じゃ絶対にやらないのに」
 諸事情でオレがサンクチュアリを数日留守にしていた時から、シュラとシャカ、アルデバランを中心に子供達が此処の面倒を見てくれているんだが・・・確かにこれは酷いな。
 菜園が半壊滅状態だ。
 今は同僚の責任を感じてか向こうのムウとアルデバラン、カミュそれにセイヤ達4人がこっちのアフロディーテ、ムウ、カミュの指示の元、原状復帰に勤しんでいる。
 ・・・流石本人同士と言うべきか・・・無言のカミュの指示を向こうのカミュだけは的確に理解していた。
 向こうのシャカは・・・我関せず、か。
「2人ともその辺にしてやれ。説教に時間を費やすなら、復旧に回した方が益がある」
「・・・それもそうだな」
「ミロとリアにはこうも分別の無い大人にはなって欲しくないものだ」
 辛辣だな、シャカ。
 聞いていたミロとアイオリアは「絶対にシャカは怒らせない様にしよう」と決意を新たにしている。
「アンタ達は夕飯が出来上がるまで此処の復旧をしていてくれ。それにしてもカノンとアルはどうしたんだ?」
「あの一角はアルが特に手をかけていた場所だ」
 成程。
 アルデバランは外見のせいで豪快にみられるが、結構繊細だからな・・・カノンはそっちについているって事か。
「なぁ、どうしてこんなに広い畑作ってんだよ?」
「・・・サガとカノンとロスが見事に耕してくれたからな。有効活用しただけだ」
「「「「耕した?」」」」
「今と同じ様な状況だ。3人で手合せをさせていたらこの辺り一帯を更地にしたんだよ、あの3人は。更地になったら緑は戻らないだろう?で、どうせ植えるなら食えるモノにしようと思っただけだ」
 本当にそれだけの、植えているのも家庭菜園レベルだったんだが・・・今は立派な畑と化している。
 元から広さはあったが此処までのモノになるとはオレも思わなかった。
「・・・サガ達はどうしました?」
「あぁ、サガやロスと話して少しは前向きになったようだ。話を聞いた限りじゃムウ、お前は気付いていながら放置した様だし、オレが教えてやるまで他の5人は教皇が変わった事すら気づいて無かったんだ。一概にアイツだけを責めるのは止めておけ」
「君は罪人をただ許せと?」
「許せとは言っていないだろう、シャカ。アイツを責めるならば自分達の力不足も認めろと言っているんだ。アテナが死に瀕していた時に気付かなかったのは何処の誰だ?サンクチュアリの、それも十二宮の間近にいたと言うのにな」
 許す、許さないは結局のところ自分で決めるしかない。
 自分の事も、他人の事も。
 オレがしてやれるのは、考える為の材料を与えてやる事だけだ。
「こちらの、とは言えカノンもシオンもロスもアイツを嫌うどころかアイツだけの責任じゃないんだと伝えていた上に、お前達の方のアテナもアイオロスも許している。アイツが治めている間のサンクチュアリは如何だったのかを思い返してみろ」
 人が人を如何思うか。
 流石にオレもそれを操る様な事はしないと決めている。
 それをしてしまったら・・・オレも向こうのサガの中に入り込んだ闇と変わらなくなってしまうからな・・・



To be continued...?


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